第211話 役割が増える
大型の猪型を連れ帰ってから、六層の拠点では森砕きの素材を運ぶ速度が目に見えて上がった。
これまでは、骨や外皮を橇へ載せ、小人が何人も綱を引いていた。地面がぬかるんでいれば途中で止まり、木の根へ引っかかるたびに荷を下ろして動かし直す必要があった。
今は大型の猪型が橇を引いている。
森砕きの骨を何本も積んだ橇が、湿った土の上をゆっくりと進んでいた。小人たちは綱を引く代わりに左右へ付き、根や石へ引っかからないよう橇の向きを変えている。
猪型の肩には、寄生された時にできた白い補修跡が残っていた。
重い荷を引くたび、その部分が筋肉と一緒に収縮する。傷ついた前脚も問題なく動いており、以前なら半日かかっていた距離を何度も往復していた。
俺が運搬を命じ続けているわけではない。
最初に、橇を引いて小人についていくよう意図を伝えただけだ。それからは荷を載せられれば歩き、作業場へ着けば止まり、空になった橇を引いて元の場所へ戻っている。
小人たちも猪型の扱いに慣れたらしい。
正面には立たず、牙へ近づかず、進ませたい方向から少し外れた場所を叩いて知らせている。言葉がなくても、同じ作業を何度か繰り返せば必要な動きは伝わっていた。
小型の猪型二体は、拠点の外周にいた。
一体は狼型と一緒に森の縁を歩き、もう一体は作業場から出る生ごみや素材の切れ端を集めている。食べているわけではなく、決められた場所へ鼻先で押し集めていた。
それも、俺が考えた仕事ではない。
小人の一人が散らばった切れ端を片づけようとしていたところへ猪型が近づき、同じ場所へ押し始めたらしい。それ以降、作業が終わる頃になると、地面に落ちたものをまとめるようになっていた。
「勝手に仕事を覚えてるな」
俺の言葉に返事はない。
寄生体から伝わるものも、細かな考えではなかった。敵がいないこと、進む方向、今している行動を続けられること。その程度の感覚が重なっているだけだ。
それでも、個体ごとの動きは以前より整っている。
狼型は拠点周辺を巡回し、異常を見つければ足を止める。鳥型は上空から森を回り、獲物や危険な個体を見つけると低く飛んで知らせる。蜘蛛型は柵の外へ網を増やし、小型のモンスターが近づく経路を塞いでいた。
誰か一体が全体を指揮している様子はない。
同じ場所で動くうちに、それぞれが自分の身体に合った役割へ分かれている。
俺は拠点を離れ、七層へ続く扉までの道を確認することにした。
巨大ワーム型との戦いへ大量の個体を連れていくなら、六層の拠点から扉までの経路を今より広げておく必要がある。
森砕きが通った跡を使える場所はいい 問題は、その道から外れた先だった。
太い木々の間隔が狭く、大型の猪型が通れば肩や牙が引っかかる。倒木を跨げない個体もいるだろう。小型の個体だけなら問題なくても、群れ全体が一度に動けば途中で詰まる。
俺は大型猪型を一体、蜥蜴人を二体、狼型を三体連れて拠点を出た。
頭上には鳥型がいる。道の途中で、大型猪型の肩が低い枝へぶつかった。
枝が大きく揺れ、後ろを歩いていた狼型が左右へ避ける。猪型は一度止まった後、頭を下げて枝の下を抜けようとしたが、長い牙が蔓へ絡んだ。
そのまま力任せに進めば抜けられる。
ただ、後ろから何十体も来る状況なら、同じ場所で何度も止まることになる。
「ここは切るか」
山刀を抜こうとした時、蜥蜴人の一体が先に動いた。 石刃を枝の根元へ当て、何度も振り下ろす。もう一体は垂れ下がった蔓を掴み、横へ引いた。枝が落ちると、狼型がそれを道の外へ咥えて運ぶ。
大型猪型が通れず、俺が枝を見ていた。それだけで、進路を空ける必要があると判断したらしい。
「そこまで分かるのか」
蜥蜴人は落とした枝を見た後、道の先へ顔を向けた。 返事の代わりになるものはない。俺が先へ進むと、残りの個体も続いた。少し離れた場所では、倒木が道を塞いでいた。
俺一人なら飛び越えられる高さだが、大型猪型には難しい。迂回できる場所もあるものの、地面が柔らかく、何度も通れば深く沈みそうだった。
今度は俺が倒木の細い方へ山刀を入れた。
蜥蜴人が反対側から石刃を打ち込み、狼型は切り落とされた枝を外へ運ぶ。大型猪型も鼻先を幹へ押し当て、俺たちが切った方向へ力を加えた。
幹が地面を擦り、少しずつ道の外へ動いていく。
作業を始めてから、それほど時間はかからなかった。
一体ずつなら大した力ではなくても、必要な場所へ集まれば、俺が全部処理するより早い。
道を進む間にも、同じことが何度か起きた。
低い枝は蜥蜴人が落とし、細い倒木は猪型が押す。狼型は切った枝や蔓を道の外へ運び、鳥型は少し先へ進んで周囲を確認していた。
最初は俺についてきていただけの集団が、扉へ近づく頃には道を広げる作業班のようになっている。
扉の前には、七層で寄生させたワーム型と平たい虫型が残っていた。
平たい虫型は扉の周囲の砂や土へ身体を半分埋め、動かずに潜んでいる。近づくものがいなければ、こちらから指示を出すまでほとんど位置を変えない。
六層の個体とは動き方が違う。
狼型が虫型の近くへ寄り、臭いを確かめるように鼻先を向けた。虫型は反応したが、飛びかかることはない。
少しの間向かい合った後、狼型は扉の周囲を一周し、森側へ戻った。
敵味方の区別はついている。
同じ種類で固まる必要もなく、互いの邪魔にならない位置を選んでいるようだった。
俺は扉を開き、七層側も確認した。
熱気が流れ込み、六層の湿った空気と混じる。
砂の上には、前回増やしたワーム型が残した細い移動跡がいくつも伸びていた。入口周辺の平たい虫型も、それぞれ違う場所へ潜っている。
外へ散っているように見えるが、扉から離れすぎてはいない。
俺が七層へ足を踏み入れると、近くの砂が数か所で動いた。
寄生した個体が集まってくる。
群れとして並ぶわけではなく、砂中、地表、岩陰と、それぞれの場所を保ったままこちらへ反応していた。
巨大ワーム型を探す時も、この形でいい。
全個体を一か所へ固めれば、地面ごと飲み込まれる。広い範囲へ散らし、振動を拾った個体から周囲が動けば、相手の進路を複数方向から追える。
六層の個体には六層の役割があり、七層の個体には七層でしかできない動きがある。
数を増やすだけでは足りないと思っていたが、集めた後に一体ずつ配置を決める必要もなさそうだった。
簡単な方向だけ伝えれば、あとは周囲に合わせて動く。
俺は七層へ残る個体へ、入口周辺へ近づくものを警戒し、巨大な振動へは近づきすぎないよう意図を伝えた。
正確な距離や条件を言葉で指定できるわけではない。
それでも、巨大ワーム型を避けようとしたワーム型の反応は残っている。危険な振動へ無理に接近しない程度なら、自分たちで判断できるだろう。
六層へ戻り、扉を閉じる。
帰り道では、行きに広げた場所を大型猪型が止まらずに通った。
枝へ牙を引っかけることもなく、倒木があった場所もそのまま抜けられる。後ろの蜥蜴人と狼型も間隔を空けながら続いていた。
これなら、さらに数が増えても少しずつ道を広げられる。 拠点へ戻る途中、鳥型が急に高度を下げた。 進路の左側へ入り、一本の木の周囲を回る。 その下では、蜘蛛型が新しい網を張っていた。
網の端には、小型の鳥に似たモンスターが絡まっている。まだ生きており、翼を動かすたびに糸が身体へ食い込んでいた。
俺が近づくより先に、狼型の一体が獲物の前へ立つ。 噛み殺すことはせず、逃げないよう押さえた 蜘蛛型が糸を追加し、傷ついた翼の付け根へ白い糸が伸びていく。
誰も俺を待っていない。
寄生させてよい相手かどうかを、俺がその場で判断する前に処理が始まっていた。
一瞬だけ止めるか迷った。
だが、相手は拠点近くの網へかかり、逃れようとしている。放せば再び襲ってくる可能性もある。損傷も翼だけで、飛行能力を残せる程度に見えた。
俺は止めなかった。 しばらくして鳥型の動きが止まる。 俺たちはその場で待たず、拠点へ戻った 後から起き上がれば、既存の鳥型が連れてくるだろう。
実際、作業場へ着いて少し経った頃、頭上から羽音が聞こえてきた。
既存の鳥型二体の間を、先ほど網へかかっていた個体が飛んでいる。
片翼の付け根だけが白くなり、元の茶色い羽毛はほとんど残っていた。飛び方は少し傾いているが、枝へ止まる程度なら問題ない。
三体は近くの木へ並んで止まった後、別々の方向へ飛び立った。
新しく加わった個体へ俺が命令を与える前に、見回りへ組み込まれている。
俺は拠点の中へ目を向けた。
大型猪型は橇を引き、小型猪型は外周を歩く。狼型は森へ入り、鳥型は上空へ散り、蜘蛛型は網を広げている。蜥蜴人は道を塞ぐ枝を切り、小人たちは運ばれた素材を加工していた。
最初は、俺が連れてきた個体が増えているだけだった。
今は、増えた個体が作業を分け、次の戦力を捕らえ、さらに活動範囲を広げている。
俺が一体ずつ動かしているわけではない。
必要な時に大まかな方向を示し、してはいけないことを止める。それだけで、後はそれぞれが動いていた。
「これなら、数が増えても何とかなるか」
巨大ワーム型を上回るまで集めたとしても、全個体へ細かな指示を出す必要はない。
七層へ向かう。 巨大ワーム型を敵とする。人間と小人は襲わない。 必要になれば戻る。その程度の意図を揃えれば、戦場では各個体が自分の役割を選ぶはずだった。
問題は、命令できる数ではなくなった。
次に必要なのは、役割を持てる個体をどれだけ集められるかだった。




