第209話 必要な数
次に暗渠へ入った時、俺は六層の拠点へ寄らず、そのまま七層へ向かった。
巨大ワーム型と戦う準備を始めるにしても、相手の大きさや動き方が分からないままでは、何をどれだけ揃えればいいのか決められない。
前回は遠くから姿を見ただけだった。
砂丘の向こうへ現れた身体は、それだけでも軍が相手をする規模に見えたが、地上へ出ていた部分が全体のどれほどだったのかは分からない。あれが頭から尾まで露出していたのか、長い身体の一部を見ただけなのかで、必要な戦力は大きく変わる。
扉を抜けると、七層の空は白く焼けていた。
夜の冷え込みが嘘のように熱気が戻り、乾いた風が砂の表面を薄く削っている。遠くに見えるオアシスの水面も、熱で揺れて輪郭が曖昧だった。
俺は外套を脱いで小さくまとめ、荷物へ縛り付けた。
足元の砂がわずかに動く。
先に七層へ入っていたワーム型が、地表近くまで上がってきていた。
完全に姿を出すことはなく、砂の下をゆっくりと回りながら、周囲の振動を拾っている。俺が足を下ろすたび、その位置へ微かな反応が返ってきた。
以前よりも分かりやすい。
正確な形や距離が見えるわけではないが、砂の上を歩くものと、砂中を進むものの違いは区別できる。小さな振動が複数重なっている場所や、一つだけ重く長く続く動きも、近くまで来れば判別できた。
俺は巨大ワーム型を探す前に、入口周辺を一度回った。
砂の下には、平たい虫型が数体潜んでいた。
前回なら近づくまで気づかなかった相手だが、今回はワーム型が先に振動を捉えている。俺が進路を変えると、虫型も砂中で向きを変えた。
距離を取って通り過ぎようとしたところで、一体が地表を破った。
薄い身体が砂を跳ね上げ、先端に並んだ棘状の口がこちらへ伸びてくる。
俺は横へ避け、山刀を振り下ろした。
刃が胴体の中央を断ち、虫型が砂の上へ落ちる。残りも続いて飛び出したが、位置が分かっている以上、不意を突かれることはなかった。
足元から現れた二体目を蹴り上げ、腹側へ山刀を突き込む。
三体目は砂へ戻ろうとしたところを、地中から上がってきたワーム型が巻きついた。細長い身体が虫型の脚を押さえ、そのまま地表へ引き出していく。
俺が頭部を切り落とすと、虫型はしばらく脚を動かした後、止まった。
「やっぱり、こいつらだけでも増やした方がいいな」
砂中を移動できる個体が増えれば、巨大ワーム型を探す範囲も広がる。
地上を進む狼型や蜥蜴人を大量に連れてきても、潜られた相手へは手が出せない。七層では七層に適応した個体が必要だった。
倒した虫型のうち、損傷の少ない二体へ白い糸が伸びる。
裂けた腹部と、山刀が通った傷口から内部へ入り込み、身体の奥へ広がっていった。
すぐに動き出すわけではない。
俺は周囲を警戒しながら、砂丘の陰で待った。
一分ほど経つと、断続的に動いていた脚が完全に止まった。そのままさらに時間が過ぎ、最初の一体が腹側を砂へ擦りながら身体を起こす。
切断された傷の周囲だけが、白い組織で埋められていた。
もう一体も遅れて起き上がる。こちらは片側の脚が二本動かなくなっていたが、付け根から伸びた白い筋が関節を補い、ぎこちないながら歩ける状態まで戻っていた。
元の砂色はほとんど残っている。
遠目に見れば、先ほどまで襲ってきた個体と区別はつかないだろう。近づけば、傷口や脚の継ぎ目に白い部分があると分かる程度だった。
俺は新しく加わった二体を入口周辺へ残し、ワーム型とともに砂漠の奥へ進んだ。
巨大ワーム型を最後に見た方向へ近づくにつれ、周囲の生き物は少なくなっていった。
砂中の小さな振動が途切れ、代わりに、遠くから一定の間隔で重い揺れが伝わってくる。
最初は風で砂丘が崩れているのかと思った。
立ち止まって確かめると、揺れはゆっくりと位置を変えている。一度途切れた後、少し離れた場所から再び始まり、地面の奥を押し広げるように続いていた。
ワーム型も反応している。
俺の足元を回っていた身体が止まり、巨大な振動のある方向から離れようとした。
「いるな」
俺は砂丘の低い場所を選び、姿勢を落として進んだ。
直接近づきすぎるつもりはない。こちらの存在を気づかれずに動きを見るのが目的だった。
いくつか砂丘を越えたところで、地表に長い溝が残っているのを見つけた。
幅は道路一車線では収まらない。
両側の砂が押し上げられ、その間だけ表面が低く削れている。砂の下を通っただけでこれほどの跡が残るなら、身体の太さは森砕きの胴よりはるかに大きい。
溝は砂丘を横切り、遠くの岩場まで続いていた。
俺はその跡に沿って進み、風下側の岩陰へ移動した。
しばらく待っていると、遠くの砂丘が崩れた。
最初に見えたのは、砂を押し上げる大きな盛り上がりだった。
地面の中を何かが進み、その上を砂が波のように流れていく。盛り上がりは一直線ではなく、長い身体を左右へ曲げながら、ゆっくりと岩場へ近づいていた。
やがて先端が地上へ出る。
砂色の外皮が割れた地面を押し広げ、太い身体が斜めに立ち上がった。
口に見える部分が開く。
円形に並んだ硬い歯の奥は暗く、周囲の砂や小石をまとめて吸い込んでいた。
岩場の近くにいた蠍型が逃げようとする。
甲殻を持ち上げ、八本の脚で横へ走ったが、巨大ワーム型は身体を倒すだけで距離を詰めた。
口が蠍型を覆う。
硬い甲殻が砕ける音が、離れた場所にいる俺のところまで届いた。
巨大ワーム型は蠍型を飲み込んだ後も、地上へ出続けた。
一つ目の節。
二つ目。
太さのほとんど変わらない身体が、砂の下から次々と持ち上がる。
以前に見た時よりも長い。
それでも、全体はまだ出ていなかった。
岩場へ乗り上げた部分だけで森砕きの全長を越えているように見えるのに、身体の後ろは砂中へ続いたままだった。
「……あれ、一体でどれだけあるんだ」
比較する対象がない。
森砕きは大きかったが、頭から脚まで全体を見ることができた。目の前の個体は、地上に出た部分だけを見ても終わりが分からない。
巨大ワーム型は岩場へ身体を擦りつけ、表面の外皮を削った。
岩が崩れ、大きな塊が斜面を転がり落ちる。
それを気にした様子もなく、再び頭部が砂へ沈んだ。後ろの身体も引き込まれ、しばらくすると地表には大きな溝だけが残った。
重い振動が遠ざかっていく。
俺は完全に感じ取れなくなるまで、その場を動かなかった。
攻撃を仕掛ける気にはならない。
近くまで寄っただけでも、森砕きとは違う難しさが分かった。
外皮がどれほど硬いかはまだ不明だが、身体を岩へ擦りつけても傷らしいものは残っていない。地上へ出ている時間も短く、その間に致命傷を与えられなければ、砂中へ逃げられる。
こちらが少数なら、追うことすらできない。
砂中の進路を塞ぎ、地上へ出た場所へ複数方向から攻撃を集中させ、潜ろうとする身体へ食らいつけるだけの数が必要だった。
しかも、七層の個体だけを増やせばいいわけではない。
砂の中を追う役目にはワーム型や虫型が使える。地上へ出た後に外皮を傷つけるなら、六層の猪型や蜥蜴人、大型の狼型も必要になる。鳥型がいれば、離れた位置から砂丘の動きを追える。
蜘蛛型の糸だけで拘束できる相手には見えないが、地上へ出た身体へ絡ませ、動きを少しでも鈍らせることはできるかもしれない。
森砕きの時は、手元にいる個体を集めて戦った。
今度は先に、相手へ合わせた戦力を作る。
俺は帰り道で、先ほどより広い範囲を回った。
砂中の動きをワーム型に探らせ、入口周辺へ近づく危険な個体だけを狙う。使えそうなものは傷をつけた後で寄生させ、損傷が大きすぎるものは素材として持ち帰った。
一日で増やせる数には限りがある。
それでも、繰り返せばいい。
七層だけではない。六層でも、拠点周辺の安全を確保しながら戦力を増やせる。
入口へ戻る頃には、砂中を進むワーム型が二体、平たい虫型が四体増えていた。どれも身体の一部に白い補修跡があるが、全身の色までは変わっていない。
扉を通って六層へ戻る。
湿った土を踏んだ瞬間、七層の乾燥で強張っていた喉が少し楽になった。
拠点へ向かう途中、狼型が二体、森の奥から姿を現す。
枝の上には鳥型が止まり、離れた場所から猪型がこちらを見ていた。
森砕きと戦った頃よりは増えた。
ただ、今見てきたものと比べると、足りない。
個体数だけの問題ではなかった。
狼型を何十体増やしても、あの巨大な身体一つ分の重さには届かない。七層の小型個体を集めるだけでも同じだ。
中型、大型を含め、群体全体の質量を増やす必要がある。
巨大ワーム型が一度に押し潰せる量より多く、飲み込まれても攻撃を続けられる程度に厚くする。
相手の身体へ取りつく個体が減っても、次が来る状態を作る。
俺は拠点の外で足を止め、周囲にいる個体を見渡した。
「まずは、あれより重くするか」
正確な重さは分からない。
だから、見て分かるところまで増やす。
六層の森と七層の砂漠、その両方から戦力を集め、巨大ワーム型一体を上回る群れを作る。
準備にどれほど時間がかかるかは分からなかった。
それでも、今の数で挑むよりはずっとましだった。




