第208話 売却候補
家に戻ってから、俺は現在使っている装備と、保管している回収品を一通り確認した。
管理窓口へ渡す一覧を作るだけなら、持っているものの名前と用途を書き出せば済む。ただ、実際に手放しても困らない装備を選ぼうとすると、候補はほとんど残らなかった。
赤錆の山刀と黒い胸当ては、今の探索で外す理由がない。脚絆も使い続けており、虎型の毛皮から作られた外套は七層の夜間探索に必要だった。短刀はすでに国へ預けているし、ポーションやスクロールも、売却できる余剰装備という扱いにはならないだろう。
「思ったより、ないな」
深い階層まで進んでいるわりに、装備が増えている実感はなかった。宝箱から得たものは現在も使っているか、必要な時まで残しておく消耗品だった。素材ならかなりの量を持ち帰っているが、政府側が今回求めているのは、性能評価や耐久試験に使える完成品に近いものだ。
自分の手元に売却できる装備がないなら、残る候補は六層の拠点に置かれている加工品になる。
森砕きの外皮を使った鞘やベルトの補強、虎型の爪と骨で作られた刃物、毛皮や革を組み合わせた防具類は、異常空間からそのまま持ち帰った装備とは性質が違う。元の素材はモンスター由来でも、それを使える形にしたのは小人たちだった。
俺のために作ってくれた外套や山刀用の装具については、最初から手放す気がない。
ただ、小人たちは新しい素材を手に入れるたびに加工方法を試している。体格や用途が合わなかったもの、試した後で使われなくなったものがあるなら、外へ出してよいか確認してみてもよさそうだった。
国へ売れば金になるし、その金で現実側の道具を買って持ち込むこともできる。
針、糸、布、容器、保存用品、加工道具など、小人たちが使えそうなものはいくらでもある。
問題は、それをどう説明するかだった。
俺は売却候補を入れるための空の袋を用意すると、暗渠へ向かった。
一層を抜け、既存の移動経路を使って六層へ入る。
森の空気は、七層の乾いた冷気とはまるで違っていた。湿り気を含んだ風が木々の間を流れ、枝葉の擦れる音や小動物の気配が周囲に重なっている。
入口側にいた狼型が俺に気づき、伏せていた身体を起こした。少し遅れて、頭上を回っていた鳥型も高度を下げ、近くの枝へ止まる。周囲で騒ぎが起きている様子はなく、拠点までの道にも新しい戦闘の痕跡は見当たらなかった。
拠点へ近づくにつれ、木を打つ音や、何かを削る音が聞こえてきた。
森砕きが通った跡は、以前よりもはっきりした道になっている。倒れた木は運びやすい長さへ切り分けられ、ぬかるみやすい場所には板や枝が敷かれていた。
その道を、小人たちが二人一組で荷を運んでいる。
運ばれているのは、森砕きの骨を削った板状の部材だった。小人の身体より長く、相当な重さがあるはずだが、簡単な橇と綱を使って少しずつ動かしている。
拠点の外周も、前に見た時より広がっていた。
木材と骨を組み合わせた柵が増え、作業場には雨を防ぐ屋根が付いている。肉を燻す場所とは別に、外皮や腱を乾燥させる棚も作られていた。
森砕き一体から取れた素材だけでも、使い切るまで相当な時間がかかりそうだった。
俺に気づいた小人たちが作業を止め、何人かが近づいてくる。
「今日は、相談があるんだけど」
言葉がそのまま通じるわけではない。
俺は持ってきた袋から、現実側の硬貨と紙幣を取り出した。
小人たちはそれを受け取り、表裏を確かめるように眺めた。貨幣としての意味までは伝わっていないらしく、紙幣の絵柄や透かしの方に関心を示している。
次に、以前持ち込んだ金属製の針と小型の鋏を見せると、こちらへの反応は早かった。
一人が針を持ち上げ、先端を光へ向ける。別の小人は鋏を何度か開閉し、近くに置かれていた革の端を切った。
現実側の道具を手に入れるには金が必要であり、小人たちが作ったものを外へ出せば、その金と交換できる。
その関係を身振りだけで伝えるのは難しかった。
俺は地面へ簡単な絵を描いた。
小人たちが作った刃物と防具を描き、それを矢印で紙幣へつなげる。さらに紙幣から、針、鋏、鍋、布へ矢印を伸ばした。
小人たちはしばらく絵を見つめ、互いの顔を見合わせた。
一人が作業場へ走り、しばらくしていくつかの品を持って戻ってくる。
小さな骨製の刃物、革を重ねた腕当て、細い爪を並べて固定した道具、森砕きの外皮を使った幅広の帯だった。
どれも完成品というより、試しに作ったものに見える。
小人はそれらを地面に並べると、紙幣の絵を指差し、その後で針と鋏へ手を向けた。
「そう。それを外で交換して、こういうのを持ってくる」
通じたらしい。
別の小人が作業場の奥から、小さな金属片を持ってきた。以前に俺が持ち込んだ道具の一部だったはずだが、何度も研ぎ直され、元の形がほとんど残っていない。
新しい金属道具を欲しがっていることは分かった。
ただし、何をどれだけ必要としているかまでは決められない。
俺が持ち込めるものにも制限がある。刃物や工具を大量に買えば、現実側で不自然に見られる可能性もあった。
「まずは、少しだけにしよう」
俺は地面に並べられた品のうち、骨製の刃物と腕当てを指差した。
小人たちは反対しなかった。
幅広の帯については、まだ使い道を試している途中なのか、一人がすぐに作業場へ戻した。爪を並べた道具も、何かの加工に使っているらしく、売却候補には入らないようだった。
売ることを決めた二つを袋へ入れる。
これで、国側へ出せる品を用意できた。
ただ、小人たちが作ったことまでは話さない方がいい。
現地の素材を加工した品だと説明するだけでも、研究側は十分に関心を持つはずだ。製作者が誰なのか、どこで作られたのかまで明かせば、次に聞かれることが一気に増える。
今の関係なら、村瀬は答えない範囲を無理に聞かない。
それでも、情報は少ない方が安全だった。
話が終わると、小人たちはすぐに作業へ戻った。
俺も拠点の中を確認して回る。
森砕きの肉は一部が燻製にされ、残りは寄生された個体たちの餌として処理されている。骨は柱や道具の部材に使われ、牙はまだ加工途中だった。
外皮の利用も進んでいる。
俺の山刀用の鞘とベルトを補強した後も相当な量が残っており、小人たちは薄く削いだ外皮を重ね、盾や防具に近いものを作ろうとしていた。
七層から持ち帰った蠍型の甲殻や魚型の骨板も、すでに作業場へ並べられている。
蠍型の甲殻は森砕きの外皮より小さいが、薄いわりに硬い。小人たちは甲殻の継ぎ目へ穴を開け、革紐でつなぐ方法を試していた。
魚型の鱗は防具に使うには小さすぎるものの、何枚かを布へ縫い付けた試作品が作られている。どのような効果を期待しているのかまでは分からなかったが、七層の素材にも使い道はありそうだった。
その様子を見ていると、売却候補を確認するだけで終わる気にはなれなかった。
俺は拠点の外へ出て、七層へ続く方向を見た。
前回の探索では、寄生したワーム型を通して砂地の振動を捉え、巨大な個体が移動する範囲の外側まで近づいた。
ただ、近づいただけだ。
あの巨大ワーム型がどの程度の深さを移動し、どれほどの範囲を縄張りとしているのかは分かっていない。活動時間や休む場所、周囲の生物との関係も調べる必要がある。
森砕きの時と同じように、正面から近づいて戦えば何とかなる相手ではなかった。
砂中へ潜られれば攻撃が届かず、巨大な身体で地面ごと動かされれば、周囲の個体もまとめて潰される。少数の戦力で挑めば、傷をつける前に終わる可能性が高い。
必要なのは、相手が地上へ出た短い時間に、広い範囲から一斉に攻撃できるだけの数だった。
六層には、狼型、鳥型、蜘蛛型、猪型、蜥蜴人がいる。
七層には、砂中を進むワーム型、硬い甲殻を持つ蠍型、群れで潜む虫型、そのほかにもまだ詳しく調べていない生物がいる。
今いる個体だけで戦う必要はない。
危険な個体を倒し、その中から使えるものを増やしていけばいい。六層と七層の両方で戦力を集め、巨大ワーム型を上回るだけの重さを揃える。
そこまで準備して、ようやく戦うかどうかを考えられる。
「時間はかかりそうだな」
急ぐ理由はなかった。
巨大ワーム型がこちらへ向かってくる様子はなく、七層の入口や六層拠点が危険にさらされているわけでもない。無理に攻略を進めず、少しずつ観測と準備を重ねればいい。
俺は拠点周辺にいた狼型と鳥型へ、警戒を続けるよう意図を伝えた。
近くにいた個体たちが、それぞれの持ち場へ戻っていく。
まだ数は多くない。
それでも、森砕きと戦った頃よりは確実に増えている。
七層の巨大な影を思い浮かべ、その周囲へどれだけの戦力を集めればよいか考える。
個体数を正確に決める気はなかった。
相手より軽いまま挑むつもりがないだけだった。
作業場へ戻ると、小人の一人が、先ほど見せた鋏を使って森砕きの外皮を細長く切ろうとしていた。
両手で何度か柄を動かしたところで、鋏の刃が途中から進まなくなる。
小人が刃を開いて確かめると、片側の先端がわずかに欠けていた。切っていた外皮にも浅い筋が残っただけで、まだ半分も通っていない。
現実では革や布を切るのに困らない道具でも、ダンジョン産の素材を相手にすると長くは持たないらしい。
近くにまとめられていた金属製の針も、先端が潰れたものや、途中から曲がったものばかりだった。森砕きの外皮や蠍型の甲殻を加工するうちに、持ち込んだ道具の多くが短期間で使えなくなっている。
「これも、すぐ駄目になるか」
壊れるたびに買い足していては、いくらあっても足りない。
そう考えていると、小人は欠けた鋏をしばらく眺めた後、作業場の奥から別の道具を持ってきた。
二枚の薄い爪を重ね、根元を骨の軸で留めたものだった。
形は不格好で、持ち手も現実の鋏ほど整っていない。ただ、二枚の刃を開閉させ、一点へ力を集める構造は同じだった。
地面に並べられていた、細い爪を固定した道具だったらしい。
小人がそれを森砕きの外皮へ当て、両手で持ち手を押し込む。
重なった爪が外皮へ食い込み、先ほどの鋏よりも深い切れ目が入った。何度か位置をずらして動かすうちに、細長い一片が切り離される。
「もう作ってたのか」
小人は元の鋏と自分たちの道具を並べ、骨の軸を指先で動かしてみせた。
現実の道具は長く使えなかった。
それでも、刃を二枚重ねることや、支点を作って手の力を先端へ伝える仕組みは残る。小人たちは実際に使い、壊れるところまで確かめたうえで、その構造をダンジョン産の爪や骨へ置き換えていた。
同じようなものは、作業場の中にいくつも増えている。
魚型の骨から削った細い針、牙を組み合わせた挟み具、骨の滑車へ腱を通した巻き上げ具。現実側から持ち込んだ道具をそのまま再現したものではなかったが、素材の硬さや自分たちの身体に合わせて作り直されている。
必要なのは、完成した道具を大量に買い続けることではないのかもしれない。
見本になるものを一つ持ち込み、小人たちが使い方と構造を理解すれば、あとは手元にある素材へ置き換えられる。
現実の工具そのものは、ダンジョン産の素材を相手にすればすぐに壊れる。
それでも、その道具が持っていた仕組みまでは失われない。
俺は売却候補として受け取った骨製の刃物と腕当てを確認し、袋の口を閉じた。
これを売った金で、次は今まで持ち込んでいない道具を探してみる。どれも長持ちはしないだろうが、小人たちが構造を持ち帰れるなら、一度壊れるだけでも無駄にはならない。
六層と七層の戦力を増やしながら、巨大ワーム型との戦いに必要なものを揃える。
その準備は、俺が考えていたよりも早く進むかもしれなかった。




