表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
寄生虫と行く現代ダンジョン  作者: 脳タリン


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

201/427

第201話 封鎖命令

会議室の大型画面には、赤く塗られた地図が映されていた。


中央にあるのは、爆撃で崩壊した異常空間管理施設。


赤い範囲は北側の集落を呑み込み、西側の林へ伸び、南側では軍の予備防衛線手前まで広がっている。その外側には避難区域、さらに外へ軍と武装警察による検問線が引かれていた。


周立言は机へ報告書を叩きつけた。


「読み上げろ」


軍側の責任者が立ち上がる。


手元の資料を開いたが、すぐには口を開かなかった。


「聞こえなかったのか! 被害を読み上げろ!」


「攻略作戦開始から五層到達までの死亡確認十一名。五層で第二梯団三十八名が未帰還」


「地上は!」


「地上流出後の軍、武装警察、消防、救急要員を含め、死亡確認四百七十六名。行方不明二百五十八名。要入院者九百二十八名です」


五層到達までの十一名を加えれば、軍および公的対応部門の死亡者は四百八十七名になる。


会議室がざわめく。


周立言は止めなかった。


「続けろ」


地方政府の担当者が代わる。


「管理施設職員、研究員、民間請負業者について、死亡確認二百五十六名。行方不明四百十八名。要入院者六百十二名」


「周辺住民は」


「死亡確認五百四十一名。所在不明千三百二十二名。要入院者二千百七十四名です」


「合計を言え!」


「死亡確認、一千二百八十四名」


担当者の声が震えた。


「行方不明および所在不明、二千三十六名。要入院者、三千七百十四名。軽傷者は集計途中ですが、五千名を超えています」


誰もすぐには発言しなかった。


画面には数字だけが並ぶ。


死亡確認、一千二百八十四。


行方不明、二千三十六。


要入院、三千七百十四。


軽傷、五千名以上。


五層に残された三十八名は、行方不明者へ含まれている。


行方不明者の中には、自主避難した後に連絡が取れていない者もいる。通信が途絶え、避難所への登録が済んでいない者もいる。


だが、管理施設、周辺集落、放棄された車両や建物の中に残されている者も多い。


政府内部の予測では、死亡確認が進めば、最終的な死者数は二千名を超える可能性があった。


陳国梁が資料を持ち上げる。


「直接モンスターに殺されたと確認できるのは何人だ」


「遺体の状態と映像から確認できたのは四百六十一名です」


「残り八百人以上は何で死んだ!」


地方政府の担当者が別の資料を開く。


「群衆雪崩、転倒、圧迫による死亡が二百三十八名。避難車両の衝突、横転、車両火災が二百十四名。建物の崩壊と爆発による死亡が百四十九名。軍の砲撃、爆風、流れ弾による可能性があるものが九十一名。原因を特定できていないものが百三十一名です」


「群衆雪崩だけで二百三十八人だと?」


「管理施設の南門へ避難者が集中しました」


「誘導計画はあったはずだ!」


「ありました!」


担当者が怒鳴り返した。


「モンスターが計画通りに動かなかっただけです!」


「それを想定するのが計画だろう!」


「地上へ出ないという前提で作られた施設です! 避難口は二つしかない! 東門は避難開始から七分後に車両事故で塞がれました!」


画面が切り替わる。


管理施設東側の道路。


大型バスが横向きになり、その後ろへ輸送車、救急車、民間車両が何重にも折り重なっている。道路脇では燃料輸送車が炎に包まれ、周囲の車両へ火が移っていた。


「先頭車両へ黒い小型種が侵入しました。運転手が急停止し、後続車両が多重衝突。燃料輸送車が横転して出火しました」


「なぜ燃料車が避難車列にいた!」


軍側から声が飛ぶ。


「補給車両の退避経路も同じだったからです!」


「経路を分けていなかったのか!」


「平時は一日数百人しか通らない道路です! 数千人と軍用車両を同時に動かす設計ではありません!」


「なら徒歩で出せばよかった!」


「小型種が上から降っていたんです! 四脚型も来ていた! 車を降りた人間から襲われた!」


地方政府担当者は机を叩いた。


「東門が塞がれた後、全員が南門へ向かった! そこで甲殻型が負傷者搬送所へ入り、逆方向へ逃げる人間と外へ出ようとする人間がぶつかった!」


監視映像が表示される。


狭い門へ押し寄せる人の群れ。


外へ向かう流れの前方で悲鳴が上がり、人々が突然こちらへ戻り始めた。


前へ進む者と戻る者が正面から衝突する。


一人が倒れる。


その上へ次の者が倒れる。


後ろにいる人間には、前方で何が起きているのか見えない。流れは止まらず、倒れた人々の上へ次々と身体が重なっていく。


柵が曲がる。


人間の圧力で門柱の一部が倒れる。


逃げようと柵を越えた者が反対側へ落下し、さらにその上へ後続が降ってくる。


「警備員が門を閉めようとしました」


「なぜ閉めた!」


陳国梁が叫ぶ。


「甲殻型を外へ出さないためです!」


「人間まで閉じ込めたのか!」


「閉じなければ外側の避難車列へモンスターが入る!」


「閉じても死んだだろうが!」


「だから現場は途中で開けた!」


「その判断が遅かった!」


「現場指揮官は死んでいます!」


地方政府担当者の声が裏返った。


「南門前で圧死しました! 今ここへ呼んで責任を取らせますか!」


会議室の各所で怒鳴り声が上がった。


軍は避難誘導の遅れを責める。


地方政府は、軍が管理施設からの撤退情報を十分に共有しなかったと反発する。


消防部門は、砲撃と車両火災が重なり、施設内へ入れなかったと訴える。


医療部門は、負傷者を入口近くへ集めた配置自体が誤りだったと言う。


「負傷者をまとめたから甲殻型が集まったんだ!」


「救護所を分散させれば医師も薬も足りない!」


「血液や使用済みの包帯を放置した!」


「処理する時間がどこにあった!」


「避難車両が道路を塞いだ!」


「軍用車両が逆走したからだ!」


「装甲車が民間車両を押し退けなければ、防衛線が間に合わなかった!」


「押し退けられたバスと乗用車が水路へ落ちて四十三人死んだ!」


「装甲車を止めれば、その場にいた百人以上が四脚型に襲われていた!」


「だから民間人を轢いていいのか!」


「轢いたのではない! 通路を作ったんだ!」


「その通路に人間がいたんだぞ!」


声が重なり、誰が何を言っているのか分からなくなる。


周立言が机を叩いた。


一度。


二度。


三度目に、卓上の水差しが倒れた。


「黙れ!」


ようやく会議室が静まる。


周立言は大型画面を指した。


「一千二百八十四人だ」


誰も視線を上げない。


「確認できただけで一千二百八十四人が死んだ。二千三十六人が見つかっていない。三千七百人以上が病院へ運ばれた!」


軍側の責任者が低い声で言う。


「所在不明者全員が死亡しているわけではありません」


「分かっている!」


周立言が睨みつける。


「では何人が生きている。何人が赤い区域の中にいる。何人が家や車両の中で助けを待っている!」


「確認中です」


「いつ確認できる!」


「無人機と遠隔車両を投入しています」


「屋内は見えないだろう!」


「有人部隊は入れられません!」


「助けを求める通信は」


情報担当者が答える。


「占拠区域内から携帯電話による発信を四百八十七件確認。うち位置を特定できたものは百九十六件です」


地方政府担当者が身を乗り出す。


「生存者がいる!」


「発信時刻は」


「多くは数時間前です。直近一時間以内のものは二十七件」


「救助部隊を出せ!」


軍側責任者が首を振る。


「出せません」


「二十七件あるんだぞ!」


「一件ごとに部隊を入れれば、そのたびにモンスターが集まる!」


「市民を見殺しにするのか!」


「救助隊まで死なせろと言うのか!」


「軍は何のためにいる!」


軍側責任者が机を拳で叩いた。


「もう五百人近く死んでいる!」


会議室の空気が止まった。


「兵士も警察官も消防士も救急隊員も人間だ!」


軍側責任者は立ち上がっていた。


「入れば助けられるというなら入れる! だが入った部隊が途中で襲われ、負傷者を増やし、回収できない遺体を増やしたらどうする!」


「だから放置するのか!」


「放置ではない! 入れないと言っている!」


「同じだ!」


「違う!」


怒鳴り合いが再び始まる。


梁雪梅が画面を切り替えた。


入口跡を中心に留まる深層個体。


集落の道路を歩く四脚獣。


放棄された医療所へ集まる甲殻型。


屋根や林へ広がった黒い小型種。


「現地のモンスターは、地上へ出た後も人間の遺体と血液へ集まっています」


彼女の説明を聞く者は少なかった。


「静かにしてください!」


声は怒鳴り合いに埋もれた。


梁雪梅が端末を机へ叩きつけた。


「黙れと言っている!」


全員が彼女を見る。


「今も増えている可能性があります!」


画面に甲殻型の映像が映る。


人間の遺体へ黒い器官を伸ばしている。


その横では、成体より小さな個体が何体も動いていた。


「五層で確認されたのと同じです。人間を摂取した甲殻型が小型個体を生み出している。区域内に残された人間が、敵の個体数と活動を維持している可能性が高い」


地方政府担当者が言う。


「だから遺体を回収しなければならない」


「回収できるなら、すでにしています!」


梁雪梅は言い返す。


「回収班を一隊入れれば、血の臭いと人間の動きでモンスターが集まる。護衛を増やせば、さらに大きな集団になる。負傷者が出れば救護班も必要になる。その全員が餌になる可能性がある!」


軍側の将官が立ち上がる。


「なら火力で排除しながら進めばいい!」


「入口方向への攻撃は禁止です」


「地上個体だけを撃つ!」


「戦車砲を何発使うつもりですか」


「必要なだけだ!」


「深層個体が反応したらどうする!」


「反応するという証拠はない!」


「入口を爆撃した直後に、深層個体が出てきたでしょう!」


「偶然だ!」


「もう一度試すのですか!」


将官が梁雪梅を指さす。


「仮説だけで領土を明け渡せと言っているのか!」


「違います!」


梁雪梅も立ち上がる。


「すでに奪われた領土へ、兵士を追加で送り込むなと言っている!」


「奪われていない!」


「では今、管理施設へ行ってください!」


「何だと」


「歩いて行って、旗を立てて戻ってきてください! それができるなら、まだ支配していると言えばいい!」


将官の顔が赤くなる。


「研究者が軍を侮辱するのか!」


「死者を数字でしか見ない人間よりは、現場を見ています!」


「我々の部隊が死んだんだぞ!」


「その部隊をまた死なせようとしているのは誰ですか!」


将官が机を回り込もうとする。


周囲の人間が立ち上がった。


周立言が怒鳴る。


「座れ!」


将官は動きを止めた。


「全員座れ!」


椅子が鳴る。


周立言は荒い息を整えた。


「現時点で、占拠地域を奪還できる案はあるのか」


誰も答えない。


「砲撃以外で」


沈黙。


「入口と内部構造を刺激せず、兵士を失わず、残存市民を巻き込まず、地上個体を全滅させる方法があるのか!」


軍側責任者が答える。


「ありません」


「なら放置だ」


地方政府担当者が立ち上がる。


「それを政府の決定にするのですか!」


「正確には封鎖だ」


「中に人がいます!」


「分かっている!」


「家族へどう説明する!」


「説明できる言葉などない!」


周立言の怒声が響く。


「だが、助けられない人間を助けられると言って、さらに千人、二千人を中へ入れることはできない!」


地方政府担当者は唇を噛んだ。


「無人機、遠隔車両、固定カメラを使って捜索を続ける。影響圏の外縁近くで生存者を確認し、安全な経路が作れる場合のみ救助を検討する」


「中心部は」


「入らない」


「遺体は」


「回収しない」


「いつまでです」


「方法が見つかるまでだ」


軍側の将官が低く言う。


「事実上の永久放棄です」


「そうなる可能性はある」


会議室の誰も、すぐには反論しなかった。


周立言は次の資料を開く。


「情報統制について決める」


宣伝部門の責任者が姿勢を正した。


「国内の動画投稿サイト、通信アプリ、検索サイトでは、関連映像の削除を進めています。『管理施設における爆発および有害物質流出』という説明で統一できます」


陳国梁が顔を上げる。


「千人以上が死に、戦車が市街地で砲撃し、集落一つが消えかけているのに、有害物質で通すつもりか」


「混乱を防ぐためです」


「モンスターの映像は何百本出ている」


「国内から確認できるものは大半を削除しました」


「国外へ送られた映像は」


「削除できません」


「外国の衛星は」


「制御できません」


「現地にいた外国企業の職員は」


「すでに複数名が国外関係者へ連絡した可能性があります」


陳国梁が机を叩いた。


「なら隠せていないだろうが!」


宣伝部門の責任者も声を上げる。


「国内の混乱を抑えることには意味があります!」


「国外で怪物の映像を見た国民へ、国内だけ爆発事故だと言い続けるのか!」


「情報の流入も制限します!」


「全員の目と耳を塞げると思っているのか!」


「何も管理しなければ、全国の異常空間で避難騒ぎが起きる!」


「起きるべきだ!」


梁雪梅が割り込んだ。


宣伝部門の責任者が睨む。


「何だと」


「危険を知らせるべきです。深層攻略を止め、異常な個体移動が起きた場合は、入口から退避しなければならない」


「全国へ発表すれば、全管理施設で作業員が逃げ出す!」


「逃げなければ死ぬかもしれない!」


「まだ一件しか起きていない!」


「一件で一千二百八十四人死んだんです!」


梁雪梅が画面の数字を指す。


「行方不明者を含めれば、最終的な死者が何人になるかも分からない! 次も同じ人数で済む保証すらない!」


「保証、保証と! 政府は不確かな情報を発表できない!」


「不確かだから黙っていていいのですか!」


「社会の安定も人命だ!」


「知らされずに入口近くで働く人間の命は違うのですか!」


宣伝部門の責任者が立ち上がる。


「国民全員へ怪物が街へ出たと知らせれば、買い占め、交通混乱、虚偽通報、集団避難が起きる! 今回の群衆雪崩を全国で再現したいのか!」


梁雪梅の表情が止まる。


それは否定できなかった。


恐慌そのものが人を殺すことは、今回の集計が示している。


陳国梁が言う。


「完全隠蔽も、全面公開も無理だ」


「では何を出します」


「複数の危険生物が異常空間から地上へ流出した。軍が封鎖し、周辺住民の避難を実施している。これだけは認める」


宣伝部門の責任者が反発する。


「死者数は」


「確認済みを発表する」


「一千二百八十四名をそのまま?」


「初報では軍、警察、民間を合算せず、確認作業中とする」


「隠すのと何が違う!」


地方政府担当者が叫ぶ。


「確定していない数字を確定として出さないだけだ!」


「確定している一千二百八十四名も出さないのでしょう!」


「発表直後に数字が増えれば、さらに混乱する!」


「遺族にはもう連絡が始まっている!」


「だから一日も持たない!」


「では今すぐ出せ!」


再び怒鳴り声が広がる。


周立言は額を押さえた。


「決定する」


声が止まらない。


「黙れ! 決定すると言っている!」


会議室が静まる。


「第一。占拠区域への有人進入を禁止する。軍、警察、消防、医療、遺体回収を含む。無人機と遠隔車両による捜索は継続する」


地方政府担当者が目を閉じた。


「第二。入口、通路、階層、内部構造への砲撃、爆破、焼夷攻撃を全面禁止する。地上個体への攻撃も、入口方向へ爆圧や着弾が及ぶ場合は認めない」


軍側の将官が口を開く。


「深層個体は」


「影響圏内に留まる限り監視する」


「殺さないのですか」


「殺せない可能性が高い。殺そうとして、さらに強い個体を出す危険もある」


「中国の領土に居座らせるのか!」


「もう居座っている!」


周立言が怒鳴った。


「現実を言い換えても、管理施設は戻ってこない!」


将官は口を閉じた。


「第三。国内全ての異常空間で深層攻略を凍結する。内部部隊は、個体移動を確認しながら段階的に撤退。階層を越えた移動、縄張り争いの停止、入口方向への集中、再出現間隔の短縮が確認された場合、全員を地上へ戻す」


「全入口へ理由を知らせますか」


「現場責任者には知らせる。一般作業員へは退避命令に必要な範囲だけ共有する」


「漏れます」


宣伝部門の責任者が言う。


「漏らさずに死なせるよりましだ」


「国内向け発表は」


「異常空間から危険生物が流出した事実を認める。周辺十キロの避難、軍事封鎖、接近禁止を発表する。死者数は、確認作業中として段階的に公開する」


地方政府担当者が言う。


「爆撃は」


「公表しない」


「軍の砲撃による死者は」


「調査中とする」


「それは情報封鎖です」


「全部は出せない」


「遺族には」


「個別に説明する」


「国外へ映像が出たら」


「否定しない。現場の全容を調査中とする」


宣伝部門の責任者が不満そうに言う。


「中途半端です」


「完全に隠せないものを完全に隠そうとする方が愚かだ」


周立言は画面を見た。


「ただし、五層での大量死、甲殻型による人間の摂取、入口爆撃後の深層個体出現については、機密指定する」


梁雪梅が尋ねる。


「他国へも知らせないのですか」


「入口攻撃の危険は知らせる」


軍側責任者が顔を上げる。


「我々だけが得た情報です」


「得たのではない。一千人以上を失って知ったんだ」


「他国が同じ失敗をすれば、中国だけが不利になることはありません」


陳国梁が椅子を蹴るように立ち上がった。


「他国でも千人死ねば公平だと言うのか!」


「国家間の優位を考えるのが我々の仕事です!」


「限度がある!」


「中国だけが占拠地域を抱えれば、国際的な圧力を受けます!」


「だから他国にも占拠地域を作らせるのか!」


「そうは言っていない!」


「同じことだ!」


周立言が二人の間へ声を割り込ませる。


「入口構造への大規模攻撃を避けるよう、各国政府へ非公開で警告する。詳細な被害数と五層での経緯は伏せる」


梁雪梅はしばらく黙った後、頷いた。


「人間を摂取した後の増殖については」


「仮説として共有する」


「五層での三十八名が原因になった可能性も」


「確定していない」


「確定を待って、次が起きたら」


周立言は机へ両手を置いた。


「仮説として共有すると言った」


梁雪梅はそれ以上言わなかった。


会議終了後に発表される政府声明には、死亡者一千二百八十四名という数字は記載されなかった。


軍と警察に多数の犠牲者が発生したこと。


民間人にも多くの死傷者がいること。


被害規模は調査中であること。


異常空間から複数の危険生物が流出し、軍が周辺地域を封鎖していること。


住民は政府の避難指示に従い、未確認情報を拡散しないこと。


それだけだった。


会議室の画面には、無人機が撮影した占拠区域が残っている。


放棄された管理施設。


焼けた車両。


道路へ折り重なったまま回収できない人間。


無人の住宅街を歩く四脚獣。


建物の屋根を覆う黒い小型種。


入口跡の近くに留まる、深層の大型個体。


「占拠区域は、今後どうしますか」


軍側責任者が尋ねた。


周立言は赤く塗られた地図を見る。


「包囲を維持する」


「奪還作戦は」


「行わない」


「いつまでです」


「状況が変わるまでだ」


「変わらなければ」


周立言はしばらく答えなかった。


外側から攻めれば、深層個体が出る。


内側へ入れば、人間が餌になる。


遺体を回収できず、地上個体を完全に排除する方法もない。


軍事力を追加するほど、失う人間と装備が増える可能性がある。


「放置する」


会議室の何人かが顔を上げた。


「言い換える必要はない。封鎖し、監視し、外へ出た個体だけを殺す。中には入らない」


「中国の領土です」


「分かっている」


「そこに住民がいました」


「分かっている!」


周立言の声が再び荒くなる。


「全部分かっている! その上で、今は何もできないと言っている!」


無人機映像の中で、甲殻型が道路上の遺体へ集まっていた。


小さな個体が一体、その脇から這い出す。


続いて、もう一体。


中国政府が世界初のスタンピードに対して下した最初の正式な対応は、奪還でも殲滅でもなかった。


近づくな。


内部を攻撃するな。


人間を入れるな。


情報を管理しろ。


そして、占拠された土地を外側から囲み続けろ。


世界で最初の異常生物占拠地域は、数時間の戦闘で生まれた。


死亡確認、一千二百八十四名。


行方不明、二千三十六名。


その数字がどこまで増えるのか、中国政府にも分からなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ジャップ政府はあんなに有能じゃないし 中国は人民1万人ぐらいは誤差ですませるネ〜❤
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ