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寄生虫と行く現代ダンジョン  作者: 脳タリン


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第177話 開始済み


 戸張が監視カメラを見上げた瞬間、真壁は第一段階が終わったと判断した。

 開始時刻より七分早い。受付の職員は訓練区域へ入るよう案内しただけで、作戦開始を示す言葉も動作も見せていない。それでも戸張は、誰も迎えに来ない理由を考え、短い時間で条件書の一文へ行き着いたらしい。

 訓練区域へ入場した時点で開始。

 気づかずに進めば、最初の拘束具を背後から受ける予定だった。警戒へ移るまでの時間も評価項目に含まれていたが、記録されたのは数十秒だけだった。


「全班、目標が気づいた。予定どおり開始する」


 真壁の指示が各班へ伝わる。

 戸張は監視カメラから目を外すと、正面の建物へ向けて歩き始めた。走らず、身を低くすることもなく、周囲を見渡しながら一定の速度を保っている。

 見えている範囲に人影はない。

 最初に動いたのは、屋根の陰へ伏せていた小型無人機だった。

 四機が別々の方向から浮上し、建物の隙間へ散る。二機は戸張の左右へ回り、残る二機は高度を変えながら正面へ出た。

 戸張が顔を上げる。

 その視線が一機目を追ったところで、左側の建物から音響装置が作動した。

 乾いた破裂音が連続し、狭い通路へ反響する。直後、右側の窓から煙幕弾が転がり出て、白い煙が地面を這うように広がった。

 視界と音を同時に乱す。

 戸張が映像で見せた反応が、聴覚や空気の動きに依存しているなら、情報量を増やすことで判断を遅らせられる。完全に感覚を奪う必要はなく、一秒でも身体を止められれば、別方向から拘束具を届かせられる。

 煙の中へ入る直前、戸張が後ろへ下がった。

 二階から発射された拘束用ネットが、半歩前の地面へ落ちる。

 位置を見てから避けた動きではなかった。

 発射音が音響装置へ紛れるよう調整されていたにもかかわらず、ネットが開く前に範囲から外れている。


『第一投射、失敗』


「予定どおり続けろ。避けた方向へ誘導する」


 戸張が後退した先には、第二班が待っていた。

 倉庫の扉が内側から開き、盾を持った三人が横一列で出る。盾の隙間から二人が訓練用の塗料弾を撃ち、戸張の足元と左右の壁へ着弾させた。

 最初から身体の中心を狙ってはいない。

 避ける方向を限定するための射撃だった。

 戸張は一発目を身体をひねって避け、二発目を腕の外側へ受けた。

 服の袖に青い塗料が広がる。


『命中一』


 監視室の記録員が告げた。

 戸張は袖へ目を落とさず、盾班の動きを見ている。

 塗料弾を受けても訓練上の失格にはならない。命中部位と反応を記録するための装備であり、戸張へも事前に説明されている。

 それでも、映像の中で大型生物の攻撃を避け続けた相手へ最初の命中を取れたことは、配置と射線が機能した証拠だった。

 盾班は足を止めず、三枚の盾で通路を塞ぎながら前へ出る。左右の建物からも射撃が続き、戸張が使える空間を少しずつ狭めていった。

 戸張が右手を前へ向けた。

 真壁は無線へ声を入れる。


「風に備えろ」


 盾を持つ隊員が姿勢を低くし、後方の二人が背面の取っ手へ手をかけた。

 次の瞬間、通路を正面から強い風が抜けた。

 煙が押し返され、盾の表面へ砂と小石が叩きつけられる。三人の身体が一度止まり、中央の盾が数センチ後ろへ滑った。

 映像で見た風より弱い。

 人間へ直接使うため、明らかに出力を抑えている。

 それでも一般の人間が正面から受ければ、立った姿勢を保つだけで精いっぱいになる強さだった。

 後方の支えがなければ隊列は崩れていた。

 戸張は風で作った隙間へ走り込まず、左側の壁へ向かった。

 地面を二歩蹴り、窓枠へ手をかける。そのまま身体を引き上げ、二階部分へ入ろうとする。

 正面の盾を崩すより、高所を使って射線から外れることを選んだ。

 そこも予定に入っている。

 二階へ待機していた第三班が、戸張の手が窓枠へかかった時点で動いた。

 窓の内側から長い警棒型の模擬武器が突き出され、腕ではなく肩を押す。同時に、屋上から二本のワイヤー式捕縛具が発射された。

 戸張は片手を離して模擬武器を掴み、身体を横へ振った。

 一方のワイヤーが空を切り、もう一方が左脚へ巻きつく。

 先端の輪が閉じ、足首の上へ固定された。


『捕縛一、接続』


 第三班の隊員二人が、建物の内側からワイヤーを引く。

 戸張の身体が窓の外へ引き戻され、地面へ向かって落ちた。

 通常の相手なら、その時点で着地姿勢を崩し、盾班と拘束班に囲まれる。

 戸張は空中で身体をひねると、窓枠から奪った模擬武器を壁へ押し当てた。反発を使って足から着地し、ワイヤーを引く方向へ自分から走り出す。

 建物内の二人が予想していたのとは逆の力が加わり、身体を前へ持っていかれた。


『第三班、引かれる!』


「固定を外せ。無理に耐えるな」


 真壁の指示より早く、一人がワイヤーを解放した。もう一人は一瞬遅れ、窓枠へ肩をぶつける。

 戸張は足首へ残った輪を確認したが、外そうとはしなかった。そのまま垂れたワイヤーを掴み、盾班へ向かって投げる。

 金属の先端が盾へ当たり、音を立てて地面へ落ちた。

 攻撃としての威力はない。

 注意を逸らすための動きだった。

 中央の隊員が反射的に盾を上げた瞬間、戸張は隊列の左端へ移動した。

 低い姿勢から肩を入れ、盾そのものではなく、端を持つ隊員の足元へ風を当てる。

 浮き上がるほどの力はないが、踏ん張っていた靴が横へ滑った。隣との間にわずかな隙間が生まれ、戸張の身体がそこへ入る。

 盾班の後方にいた二人が、左右から模擬警棒を振った。

 戸張は一本を腕で受け、もう一本を掴む。受けた腕の判定装置が赤く点灯し、有効打が記録された。

 同時に、掴まれた隊員の胸部判定装置へ戸張の指先が触れた。

 短い電子音が鳴る。


『第二班、一名被撃判定』


 戸張は隊員を投げず、関節を決めることもなく、触れた時点で手を離した。

 人間相手の加減はできている。

 その確認は取れたが、盾班の内側へ入られた事実は変わらない。

 残る隊員が距離を取り、隊列を組み直そうとする。戸張は追撃せず、開いた通路から中央区画へ走った。

 無人機が上空から位置を追う。

 真壁は画面を切り替え、次の班へ指示を出した。


「第四班、進路を閉じろ。第三班は負傷確認後に復帰。第一班は上から追え」


 中央区画へ続く道には、車両を模した障害物が並んでいる。

 戸張の目標地点はその先だが、直線で進めるようには作られていない。二つの建物の間に細い通路があり、そこを抜ければ目標地点まで最短になる。

 当然、その経路には最も多くの拘束装備が集められていた。

 戸張が障害物の角へ近づいたところで、上空の無人機が一機だけ急降下した。

 機体に攻撃能力はない。

 顔の近くまで接近し、視界を一瞬奪うための囮だった。

 戸張は手で払わず、頭を下げて避ける。

 同時に、車両の下から煙幕が噴き出し、左右の建物から塗料弾が撃ち込まれた。

 一発が背中へ当たり、二発目が右脚へ命中する。

 戸張の身体がわずかに止まった。

 その瞬間を狙い、地面へ伏せていた拘束班が動く。

 車両の陰から二人が飛び出し、長い捕縛棒を左右の腕へかけた。後方からは別の二人がネットを広げ、戸張の上半身へ被せる。

 四方向から力が加わった。

 戸張の両腕が開かれ、ネットが肩と頭を覆う。

 足首には先ほどの捕縛具が残っており、地面近くを引きずるワイヤーを第五班が踏みつけて固定した。

 監視室の記録員が声を上げる。


『上半身捕縛、右腕固定。左腕も入ります』


 真壁は画面から目を離さなかった。

 ここまでの配置に偶然はない。

 塗料弾を当てること自体が目的ではなく、避けた先へ拘束班を置き、視界を奪った瞬間に複数人で身体を固定する。戸張がどれだけ速くても、一つの動作で対処できる方向には限界がある。

 映像で確認した能力を前提に、人間側が人数と準備で作った形だった。

 ネットの内側で戸張が動きを止める。

 右腕には捕縛棒がかかり、左腕も二人が押さえている。足首のワイヤーまで含めれば、五人が別々の方向から力を加えていた。

 拘束具を規定位置まで装着できれば、選抜班側の勝利になる。

 腰を担当する隊員が後ろから近づき、幅広の拘束帯を広げた。

 戸張の顔はネットに隠れて見えない。

 真壁は違和感を覚えた。

 力比べをしていない。

 猿の打撃を受けても動いた戸張が、五人に押さえられただけで静かになっている。

 諦めたのではない。

 何かを待っている。

 真壁が警告を出そうとした時、ネットの内側から戸張の声が聞こえた。


「ここまで近づいて、大丈夫なんですか」


 拘束班の動きが一瞬止まった。

 戸張の身体に触れていた捕縛棒から、青白い光が走る。

 直接人体へ向けられたものではない。金属部分と拘束具の機構だけを狙った、ごく短い放電だった。

 捕縛棒の判定装置が同時に停止し、電動で締まるはずだった拘束帯が動かなくなる。

 驚いた隊員が手を緩めた瞬間、戸張は腕を内側へ引いた。

 力で全員を振り飛ばすのではなく、捕縛棒の角度が崩れた側へ身体を回す。ネットごと一人の足元へ潜り込み、押さえる側の隊員同士を重ねた。

 二人が地面へ倒れ、残る隊員も巻き込まれて姿勢を崩す。

 戸張はネットの下から抜け、立ち上がった。

 足首のワイヤーを固定していた隊員が踏ん張る。

 戸張はワイヤーを強く引かなかった。逆に相手へ向かって走り、距離を一気に詰める。

 隊員が捕縛具を手放すより早く、胸部判定装置へ戸張の手が触れた。

 電子音が鳴る。

 続けて、地面へ倒れた二人の装置にも順番に触れていった。


『第四班、三名被撃判定。捕縛解除』


 監視室に沈黙が落ちた。

 戸張は止まっていたのではない。

 拘束班全員が、自分の周囲へ集まるのを待っていた。

 真壁は通信機を握り直す。

 想定していた以上に、人間側の勝利条件を理解するのが早い。

 戸張は規則を守りながら、こちらが拘束完了を急ぐ瞬間を逆に利用している。

 これ以上、隠れた班から順番に投入すれば、同じように位置を特定され、個別に処理される。

 第一段階で得るべき情報は十分に集まった。

 次は、真壁自身が入る段階だった。


「残存班、中央区画へ集結。個別の接触は禁止する。盾を再編し、目標地点の前で待つ」


『了解』


 三宅が隣で真壁を見る。


「出るのか」


「はい。このまま小分けにすれば、こちらの人数を教えるだけです」


 真壁はヘルメットを被り、監視室の出口へ向かった。

 画面の中では、戸張が足首に残っていた捕縛具を外し、使えなくなったネットを地面へ置いている。

 その動作を終えると、今度は監視カメラではなく、真壁が向かう扉の方へ顔を向けた。

 こちらが配置を変えたことまで、すでに察しているようだった。


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