第169話 残すもの
森砕きの死体をその場へ残し、俺たちは先に拠点へ戻った。
背中を打った猪型が二匹、翼を痛めた鳥型が一羽。蜥蜴人たちにも打撲や切り傷はあったが、寄生体が傷ついた場所へ集まり、内側から補修を始めている。
折れたものをつなぎ、裂けた筋肉や皮膚を埋め、流れた血を補う。戦える状態へ戻るには少し時間が要るが、命に関わる傷はなかった。負傷した猪型も自分の脚で歩き、鳥型も低い枝を移りながらついてくる。
俺自身も全身が痛んでいた。寄生体が骨や筋肉をつなぎ直しても、使った力や消耗までは戻らない。右腕には鈍い痛みが残り、森砕きの首へ突っ込んだ左腕も、指を曲げるたびに皮膚の奥が引きつった。
それでも、帰る数は減っていない。
誰も欠けなかったという事実だけで、今は十分だった。
拠点が近づくと、見張りに立っていた小人がこちらへ気づいた。最初に空へ顔を向け、戻ってきた鳥型の数を確かめる。次に狼、蜥蜴人、猪型と視線を動かし、最後に俺を見た。
すぐに集落の中へ駆け込んでいく。
しばらくすると、何人もの小人が布や水、道具を抱えて出てきた。森砕きを倒したかどうかを確かめるより先に、傷のある者たちへ向かっている。
猪型の背中から裂けた牽引用具を外し、傷口へ水を流す。すでに出血は止まり、裂けていた皮膚も内側から寄せられ始めていた。
翼を痛めた鳥型も、骨そのものはつながっている。羽根の乱れと腫れは残っているため、今日は飛ばせない方がよさそうだった。
蜥蜴人たちも座り込み、小人へ傷や壊れた装備を見せている。寄生体が身体を直せても、裂けた服や折れた槍までは戻らない。
俺のところにも一人が来た。
破れた服と血に濡れた腕を見上げ、葉を潰して練ったものを差し出してくる。青臭い匂いがした。
傷へ使えということだろう。
寄生体がいるため必要ないと言っても通じない。受け取ると、小人は満足したように猪型の牽引用具を直しに戻っていった。
森砕きのことを伝える方法を考えていると、狼の一匹が来た道へ顔を向けた。鼻先を上げ、森の奥の臭いを確かめる。
俺もそちらを指差し、地面へ倒れるように手を動かした。
何人かの小人が動きを止める。
もう一度、森砕きがいた方向を示し、両腕を広げて大きさを表した。そのまま拳を握り、地面へ倒す。
すぐには反応が返ってこなかった。
互いの顔を見比べたあと、年嵩に見える一人が俺へ近づき、来た道の先を指差した。確認しに行くということらしい。
狼を二匹つける。
小人たちは五人で森へ入り、残る者たちは傷の確認と装備の修理を続けた。
戻ってきたのは、それほど時間が経ってからではなかった。
森砕きの死体を確認した小人たちは、走って帰ってきたにもかかわらず声を上げなかった。ただ、集落の中央へ集まった者たちへ激しく手を動かし、何度も森の奥を指差している。
次に起きたのは、歓声でも、俺を取り囲んで頭を下げることでもなかった。
小人たちは道具を集め始めた。
刃物、縄、籠、木製の橇。猪型へ使っていたものより大型の牽引用具まで運び出し、森砕きのいる方向へ次々と並べていく。
長く恐れていた相手が死んだとしても、二十メートルの死体が勝手に食料や資材へ変わるわけではない。腐る前に解体し、運べる形へ変えなければならなかった。
驚いている時間より、やることの方が多いらしい。
俺も少し休み、寄生体による補修が進んだのを確かめてから、再び森砕きのところへ向かった。
傷の浅い猪型二匹が橇を引き、小人たちがその周囲を歩く。狼と蜥蜴人も同行したが、補修が終わっていない者は拠点へ残した。鳥型は五羽が上空からついてきて、翼を痛めた一羽だけが低い枝の上で見送っていた。
森砕きの死体は、倒れた時と同じ場所に横たわっている。
森を押し潰した巨体の周囲では、折れた木と掘り返された土が広い空間を作っていた。黒い血の臭いが残り、小動物の気配はまだ戻っていない。
小人たちは近づく直前で足を止めた。
遠くから死体を確認した者たちでさえ、間近で見る大きさは違ったのだろう。盾のような額、木の幹ほどある脚、土と枯れ葉を溜め込んだ背中の隆起を見上げたまま、しばらく誰も動かなかった。
最初に近づいたのは、俺のナイフを作った小人だった。
森砕きの前脚へ触れ、指で皮膚の硬さを確かめる。そのあと傷口を覗き込み、近くにいた者へ短く何かを告げた。
そこからは早かった。
槍で傷つけた右前脚と、俺が開いた首の傷へ刃物を入れ、硬い外皮を剥がし始める。無傷の部分へ刃を立てても通らないため、すでに開いている場所から皮膚と肉の境目を探していた。
外皮を一枚剥がすだけでも、何人もの小人が縄を使って引かなければならない。
剥がされた皮膚は地面へ落ちると鈍い音を立てた。厚さは場所によって違うが、背中に近い部分では小人の腕ほどもある。
肉を切り分ける者、外皮を運ぶ者、骨や牙の使い道を確かめる者に分かれ、巨大な死体の周囲へ作業場ができていく。
寄生体の反応は、その間も続いていた。
空腹というより、身体の奥にある何かを探している感覚だった。森砕きの肉や血へ一様に反応しているわけではなく、胸の奥に近づくほど欲求が強くなる。
死体の横を歩き、反応が最も強くなる場所を探す。
前脚の後ろ、分厚い胸部の中央。
心臓があった辺りだ。
そこを指差すと、小人たちは俺と森砕きの胸を交互に見た。何かあると察したのか、首を解体していた者の一部が道具を持って移動してくる。
胸の外皮には、戦闘中の傷がほとんどない。
小人の刃では表面を削ることしかできず、槍を突き立てても浅く弾かれた。俺は白い外殻を右手へ集め、拳から手刀にかけて厚くする。
森砕きを倒した時と同じ形ではない。
手の外側へ伸ばすことを意識すると、白い殻の先端がわずかに前へ出た。刃と呼ぶには厚く、形も不揃いだが、丸い拳のままより皮膚へ力を集中できる。
外皮の継ぎ目へ差し込み、体重をかける。
一度では通らなかった。
何度か同じ場所を削り、風を加えることで、ようやく細い裂け目ができる。そこへ小人たちが楔を打ち込み、縄をかけて左右へ引いた。
裂け目が広がり、胸部の外皮が少しずつ持ち上がる。
その下にある筋肉も厚かった。小人たちは切り開いた場所へ入り込むようにして肉を削り、胸骨の一部を露出させる。
骨まで森砕きらしく太い。
俺が風で亀裂を入れ、猪型二匹に縄を引かせると、ようやく胸骨の一部が外れた。
寄生体の反応が一気に強くなる。
心臓の近くに、周囲とは違うものがあった。
血に濡れた組織の奥へ手を入れ、硬い感触を掴む。周囲の肉から引き剥がすと、拳より少し大きな塊が出てきた。
色は灰白色。
石のように硬いが、表面には血管に似た黒い線が残っている。
リッチが残した黒い核とは形も色も違う。それでも、力の中心が凝縮されていることは寄生体の反応だけで分かった。
森砕きの巨体すべてを吸収させる必要はない。
小人たちにとって、外皮も肉も骨も簡単には得られない資材になる。俺たちが倒したからといって、すべてを消してしまう理由はなかった。
灰白色の核へ指を触れさせる。
寄生体が待ちきれないように動き、白い線が掌から伸びた。核の表面へ細く入り込み、黒い筋を伝って内部へ広がっていく。
硬かった塊が少しずつ崩れ、白い線へ取り込まれる。
リッチの核を吸収した時のような、魔術が一度に流れ込んでくる感覚はなかった。
代わりに伝わってきたのは、重さだった。
大きな身体を支え続ける骨と筋肉。自分の重量や木へ衝突した反動を一か所へ集めず、全身へ逃がす構造。硬い外皮を重ねながら、関節や首の動きを妨げない配置。
森砕きが持っていた身体の使い方を、寄生体が細かく解体している。
核が完全に消えると、掌から伸びていた白い線も皮膚の下へ戻った。
すぐに何かが変わったようには見えない。
俺は右腕へ外殻を出した。
白い線が肩から前腕へ走り、その上へ殻が重なる。厚みは以前と変わらないが、表面には森砕きの背中を思わせる緩やかな隆起が並んでいた。
近くに落ちていた太い枝を拾い、外殻の上へ打ちつける。
衝撃は腕だけに残らず、肩から背中へ薄く広がった。痛みはあるが、一点へ受けた力が骨へ直接届く感覚は明らかに弱い。
次に、手の甲から先へ殻を伸ばす。
白い表面が盛り上がり、短い刃のような形へ固まった。
長さは手のひらより少し長い程度。小人の作ったナイフほど薄くはできず、刃先もまだ鈍い。身体を覆うために使っていた外殻が、意識した方向へ形を変えている。
腕を振ると、刃も遅れずについてくる。
道具を握っている感覚とは違う。
自分の手が、そのまま伸びたようだった。
形を崩し、今度は指先へ集める。
三本の指から短い鉤爪が伸びた。近くの外皮へ引っかけると、表面の隆起へ食い込み、腕だけで身体を支えられる。
鉤爪を戻し、人差し指の先だけを細くする。
白い殻は針に近い形へ伸びたが、細くするほど不安定になり、少し力を加えただけで先端が欠けた。
作れる形には限界がある。
短く、厚く、身体の動きに沿った形ほど維持しやすい。細いものや長いものは、形を保つだけでも負担が大きかった。
外殻を胸と肩へ広げ、同時に右腕へ短い刃を作る。
両方とも形にはなった。
寄生体に残る余力そのものは増えていない。身体を広く覆い、厚くし、壊れた場所を直し、そのうえ武器まで作れば、使える分は確実に減っていく。
今は余裕がある。
戦闘が長引き、補修を繰り返したあとでは、同じ形を維持するのも難しくなるだろう。
どこを守り、どの形へ回すか。その配分を考える必要がある。
森砕きの核から得たのは、限られた外殻を壊れにくく組み、受けた力を逃がし、必要な場所へ別の形として振り分ける方法だった。
白い刃を腕へ戻すと、外殻は線になって皮膚の下へ沈んでいく。
小人たちは作業を止め、俺の腕を見ていた。
白い殻が刃や鉤爪へ変わったことに驚いているのか、解体を手伝えるなら早く使えと思っているのかは分からない。
ナイフを作った小人が、森砕きの外皮と俺の右腕を交互に指差した。それから、外皮を切る動きをする。
どうやら後者だったらしい。
俺はもう一度、手の甲から短い刃を伸ばした。
森を砕いていたものの身体は、小人たちの食料や道具として残る。
その核にあった力だけが、今度は俺の身体を守る側へ回っていた。




