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寄生虫と行く現代ダンジョン  作者: 脳タリン


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第158話 行かない場所

 一層のボス部屋から光る円を通って五層へ移り、奥の扉から六層へ出る。洞窟の湿気が森の風へ切り替わる感覚には、もう驚かなくなった。それでも、身体のどこかがわずかに緩む。

 入口近くの拠点は、前に見た時よりさらに広がっていた。

 虎もどきの骨を組んだ柵の内側に、小さな屋根がいくつも増えている。細い木を編んだ壁には泥が塗られ、火を使う場所と寝床らしい区画も分けられていた。吊るされた肉の下では煙が絶えず流れ、少し離れたところでは小人が獣皮を木枠へ張っている。

 俺が現れると、何人かが手を上げた。作業を止めて集まってくる者もいたが、全員ではない。こちらに気づいても、手元の仕事を続ける者の方が多かった。

 出迎えのために生活を止められるより、その方が安心する。

 小人たちから受け取ったナイフを腰から抜き、傷んでいないことを見せる。一人が近づいてきて刃先を確かめ、満足したらしく小さく頷いた。言葉は通じなくても、作った物が雑に扱われていないかくらいは気になるらしい。


「ちゃんと使ってるよ。切れすぎて怖いくらいだ」


 返事はない。寄生体からも、皮肉を理解したような感触は返ってこなかった。

 ナイフを戻し、拠点の周囲を歩く。

 柵の外には、細い道が何本かできていた。森へ出入りする小人たちの足跡と、荷物を引きずった跡が重なっている。川の方向へ続く道、虎もどきを解体した場所へ向かう道、木の実らしいものを運び込んでいる道。以前より利用範囲が広がっているのは間違いない。

 ただ、一方向だけ何もなかった。

 森はどこも似て見える。それでも、小人たちが使っている側には細かな痕跡が残る。折られた枝、削られた樹皮、目印らしく積まれた石。罠を仕掛けた場所には、人間なら見落としそうな細い縄まで張られていた。

 北東にあたる一帯には、そうした痕跡が見当たらない。

 大きな斜面も、川も、岩壁もない。木々の間隔も他と変わらず、そのまま歩いて入っていける地形だった。

 誰も使っていない理由は、地形以外にある。

 俺は足を止め、近くにいた一人を見た。相手も俺の視線を追い、森の奥へ顔を向ける。

 次に、首を横へ振った。


「行くなってことか」


 もう一度、横へ振る。

 単に道がないという意味かもしれない。何も採れないのか、地面が悪いのか、それとも別の理由があるのか。こちらの質問を細かく分けられない以上、表情や動きから推測するしかなかった。

 俺が一歩そちらへ向かうと、小人は腕を掴んではこなかった。前へ回り込むこともない。ただ、拠点にいた何人かが作業を止めた。

 止め方が妙だった。

 こちらを見て騒ぐのではなく、火のそばにいた者が燻製用の木を抜き、煙の量を落とす。皮を洗っていた者は血の混じった水を土で覆い、子供らしい小さな個体を屋根のある区画へ押し込んだ。

 俺を止めるより先に、自分たちの痕跡を消している。

 寄生体へ意識を向ける。森へ散っている小動物の反応を、一点へ触れた時のように探る。

 明確な地図は出てこない。ただ、活動が続いている方向と、途切れている方向の違いは分かる。

 小人たちが避けている先には、反応が少なかった。

 何かにまとめて食われたような急な消失ではない。あの辺りには最初から寄りつかず、入り込んだ個体も長く留まらない。小さな生き物が、自分の習性の中で避け続けている。

 以前、森の奥から近づいてきた何かを思い出す。

 寄生した小動物の反応を順番に消しながら、こちらへ移動していた。あの時は姿を確認する前に戻った。

 同じものかどうかは分からない。大型の生物が一体だけいるとも限らない。

 小人たちが避けている範囲と、寄生した小動物が近づかない範囲は重なっている。偶然と片づけるには、少し綺麗に揃いすぎていた。

 腰のナイフへ手を触れ、すぐに離す。

 今なら、虎もどき程度を相手に迷うことはない。蜥蜴人の眷属を連れ、魔術も使えば、多少大きな相手でも戦えるとは思う。

 相手の姿も、数も、活動時間も分からない。倒した後に何が変わるのかも分からない。小人たちは、あの場所を避けることで暮らしを成り立たせている。

 俺の好奇心だけで、その均衡を崩す理由はなかった。


「今日は行かない」


 小人たちへ言っても通じないだろうが、口に出しておく。

 こちらを見ていた一人が、止めていた作業へ戻った。他の者もそれに続く。燻製の火へ木が足され、細くなっていた煙がまた屋根の隙間へ流れ始めた。

 俺は森へ背を向け、拠点の外周を回った。

 罠の位置、川までの道、保存されている肉の量。小人たちは、俺が見ていない間にも自分たちで必要なものを増やしている。守らなければ何もできない相手ではなく、ここで暮らす方法を俺より多く知っている。

 彼らが使わない場所には、彼らなりの判断がある。

 しばらくすると、木の上にいた鳥に似た生き物が一斉に飛び立った。

 拠点からかなり離れた場所だった。羽音はここまで届かない。ただ、枝の間から黒い影が次々と空へ上がっていくのが見える。

 遅れて、その下の森が揺れた。

 風ではない。一本の木が傾き、その隣の枝が押し上げられる。何かが真っ直ぐ進んでいるのではなく、木々の間を選びながら移動しているように、揺れが左右へずれていく。

 姿は見えなかった。

 音も、ここまでは届かなかった。

 小人たちは誰も騒がない。道具を置き、煙を抑え、森の動きが遠ざかるまで待っている。

 俺もその場に残った。

 正体を見たい気持ちは消えていない。今は、その欲求よりも先に確かめるべきことがある。

 木々の揺れが止まり、鳥に似た生き物が少しずつ森へ戻り始める。小人たちも作業を再開した。

 あの方向には、まだ行かない。

 何も知らないまま踏み込む場所ではなかった。


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