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寄生虫と行く現代ダンジョン  作者: 脳タリン


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157/421

第157話 俺たちなら

「面白いもん見つけたぞ」


 コール・マーサーがタブレットを片手に部屋へ入ると、正面の大型モニターには既に同じ映像が映っていた。


 日本政府が配信した、民間調査員の四級先行認定審査。


 画面の下には自動翻訳された英語字幕が流れ、短槍を持った日本人男性が、同行者の装備を順番に確認している。


 ソファにはエレナ・ルイスが座り、その横でグラント・ヘイルが端末を操作していた。


 正式に四人目となったケイレブ・ロークは、モニター脇の机へ地図とメモ帳を広げている。


 全員、コールより先に見始めていた。


「何分前からだ?」


「二十三分」


 ケイレブが画面から目を離さず答えた。


「俺が見つけたんだぞ」


「世界中で同時に見つけられてるわよ」


 エレナが言った。


「扉を閉めろ。字幕と音声がずれる」


 グラントに促され、コールは不満そうに扉を閉めた。


 ハウンド・スリーにケイレブが加わり、四人になってから三週間が経っている。


 地上での行動確認、低層での戦闘訓練、銃を使わない状態での近接対応。提示した条件をケイレブは一通り終えた。


 四層への再突入には、まだ至っていない。


 前回、壁の亀裂に潜んでいた生物にコールが捕まり、大腿部を深く裂かれた。


 赤い小瓶がなければ、少なくとも同じ足で歩いて帰ることはできなかった。


 次も同じ物が手元にあるとは限らない。


 そのため四人は、装備の更新と低層での連携確認を続けていた。


 コールは冷蔵庫から瓶を取り出し、空いている椅子へ腰を下ろした。


「で、どこまで見た?」


「一層の途中」


 エレナが答えた。


「まだ何も起きてないじゃないか」


「だから見てる」


 グラントの返答に、コールは眉を上げた。


 画面の中では、候補者の深町が分岐のたびに隊列を止め、人数を確認していた。


 前を歩く盾持ち、配信担当者、深町、記録係、審査員、最後尾の槍持ち。


 映像だけを見れば遅い。


 彼らが四層へ向かう時の速度と比べれば、歩幅も確認回数も慎重に寄りすぎているように見える。


「六人で一層だろ。こんなに固まって歩く必要あるか?」


「六人全員が戦闘員じゃない」


 ケイレブが言った。


「カメラ担当、記録係、審査員。候補者が計画上使えるのは、自分を含めて三人だ」


「審査員は動けるだろ」


「動けることと、戦力へ組み込んでいいことは別だ」


「日本人も同じこと言ってたな」


 コールはタブレットを操作し、海外掲示板に出ていた翻訳を表示した。


「審査員を勝手に数へ入れるな、だとさ」


「当然だ」


 グラントが答えた。


「救援役を最初から数に入れたら、救援にならない」


「それ以前に、三人も非戦闘要員を連れてる時点で変な試験だ」


 コールが言った。


「探索班じゃない。三人を守りながら移動する護衛班だ」


「そこは俺も気になってる」


 ケイレブがメモへ線を引いた。


「四級探索者の試験と言いながら、実際に見ているのは、管理された経路で同行者を守って帰せるかどうかだ」


「同じじゃないの?」


 エレナが聞いた。


「違う。未知の場所を先へ進む能力と、既知の場所で同行者を守る能力は別だ」


 ケイレブは画面を指した。


「道が決まってる。確認地点がある。帰還経路も管理側が把握してる。ボスの攻撃まで事前に知らされている」


「実物の敵が出る訓練場だな」


 コールが言った。


「それでも、動きの切り替えは見られる」


「切り替え?」


「予定どおり進めてる間は誰でも形を守れる。敵が予定と違う場所へ出た時に、隊列をどう変えるかだ」


 日本側の試験が簡単だという意味ではない。


 敵は本物であり、判断を誤れば負傷する。


 だが、四層で経験した探索とは前提が違う。


 どこへ進めばいいのか。


 どこまで戻れば安全なのか。


 何が待っているのか。


 その大枠を知っているだけで、判断に使える余裕は大きく変わる。


「斥候を見る試験にはなってないな」


 ケイレブが続けた。


「全員、敵が姿を見せてから動いてる。見える前に止める人間がいない」


「深町が水面や霧を見てる」


「兼任だ。前後の指示、人数確認、進路判断、接敵時の穴埋めまで一人でやってる。負担を集めすぎてる」


「そこも切り替えが遅くなる原因になる」


 コールが画面を見たまま言った。


「一人が全部見てると、その一人が決めるまで他が待つ。最初の一秒は揃うが、深町が止まったら全員止まる」


 グラントがコールを見た。


「珍しく先まで考えたな」


「俺はいつも考えてる」


「言葉になる前に動いてるだけでしょ」


 エレナが言った。


「それで間に合う場面もある」


 画面の中で最初の戦闘が始まった。


 二体の四足型が壁の亀裂から飛び出す。一体は盾持ちへ向かい、もう一体は配信担当者へ進路を変えた。


 深町は迷わず間へ入った。


 短槍の柄で跳びつく方向をずらし、前脚を崩し、頭部を床へ押さえる。


「ここはいい」


 コールが身を乗り出した。


「何が?」


「最初から倒し方を決めてない」


 深町は敵を押さえたまま配信担当者を後退させている。


「敵がカメラへ向かった時点で、攻撃から遮断へ切り替えた。先に人を動かして、倒すのは位置が整ってからだ」


「槍を引いて刺し直さなかった」


 ケイレブが言った。


「引いたら敵の頭が自由になる」


 コールが答えた。


「押さえる、逃がす、止める。三つを同じ動きで済ませてる」


 もう一体も盾持ちによって処理され、隊列は短い確認のあと移動を再開した。


「この程度なら俺たちでも問題ない」


 コールは瓶の蓋を開けた。


「そこは誰も疑ってない」


 グラントが言った。


「なら、何を見る配信なんだ?」


「国が仕事を任せられるかどうかだろう」


 ケイレブが答えた。


「探索能力じゃなく?」


「少なくとも、映像で示している範囲は違う」


 日本政府が、なぜ審査の途中経過まで公開したのか。


 録画して編集し、合格者だけを発表する方が簡単なはずだった。


 候補者が判断を誤れば、制度そのものへの批判が出る。死亡事故になれば、上位等級の開始が止まる可能性すらある。


 それでも生配信にした。


 画面では、天井へ擬態していた虫型が三体落ちてきた。


 深町は自分ですべて処理しようとはせず、前後の二人へ敵を振り分ける。記録係を先へ出し、配信担当者には立ち止まらないよう指示した。


「後ろに落ちた一体へ自分で戻らなかったのもいい」


 コールが言った。


「最後尾に任せたから、中央を空けずに済んでる」


「全部自分で処理しようとはしてないな」


 グラントが答えた。


「ただ、声が届く間しか機能してない」


「通信機を使ってるだろ」


「四層では壁一枚で声も通信も切れるかもしれない。前回みたいに、一人だけ横へ持っていかれることもある」


 コールの表情が僅かに固まった。


「俺は持っていかれてない。足を引かれただけだ」


「結果は同じだ」


 グラントは画面を止めた。


「深町の指示へ全員が即座に反応する。それ自体はいい。だが、深町が見えなくなった時、盾持ちと槍持ちが何を基準に動くのかは出てこない」


「そこは日本側の欠点だ」


 コールが言った。


「指揮が切れた時の次順位がない。少なくとも配信では見せてない」


「お前ならどうする?」


「先頭と最後尾に別々の判断権を持たせる。隊列が切れたら、先頭は三秒だけ待つ。後ろから合図がなければ、次の遮蔽物まで前進して止まる。最後尾は追いつけなければ入口側へ戻る」


「合流しないのか?」


「その場に留まる方が危ない時もある。通路で切れたなら、挟まれた場所へ全員を戻すな」


 ケイレブがメモへ書き加えた。


「状況で前進と後退を分けるのか」


「全員が同じ方向へ動く必要はない。再集合地点だけ先に決める」


 グラントは僅かに頷いた。


「それは訓練に入れる」


「最初から入れろ」


 一層のボス部屋が映った。


 軽自動車ほどの大型甲虫が身体を起こし、大顎を開く。


 コールの表情が変わった。


「ようやく見られるな」


 甲虫型が盾持ちへ突進する。


 正面から止めず、盾の縁を大顎へ当てて進行方向を外す。後方の槍持ちが脚の関節へ入り、深町が反対側へ回る。


「遅い」


 コールが言った。


「俺なら最初の突進で横から撃つ」


「射線上に盾役がいる」


 グラントが返す。


「盾役へ向けて撃つとは言ってない」


 コールは甲虫型の動きに合わせて画面を指した。


「盾が頭を左へ振った直後、右前脚の内側が開いてる。そこへ一発入れる。倒すためじゃない。次の踏み込みを潰す」


「銃で全部終わらせる話じゃないのね」


 エレナが言った。


「銃は一つの動きを省くために使う。槍で二度脚を狙うなら、一度を弾に任せる。盾役が受ける回数も減る」


 グラントが映像を数秒戻した。


 盾で突進をずらした瞬間、甲虫型の脚の付け根が横から見えている。


「射角はある」


「だろ」


「跳弾の確認は必要だ」


「それは部屋へ入る前に決める」


 黒い槍があれば、甲殻を貫けたかもしれない。


 だが日本の三人は、短槍と盾だけで脚を崩し、大顎の動きを止め、首元の甲殻をずらして内部を切った。


 甲虫型が止まる。


 四層で彼らが相手にした甲殻獣と比べれば、体格も動きも読みやすい。


 それでも、誰も位置を余らせなかった。


「この盾持ち、いいな」


 コールが言った。


「甲虫を受けてない。進む先を変えてる」


「真正面から止めれば腕か肩を持っていかれる」


 エレナが盾の表面に残った傷を見た。


「あの程度の損傷で済んだのは、受け流したからね」


「槍の二人も盾を信用してる」


 グラントは一時停止し、甲虫型の頭が落ちた場面まで映像を戻した。


「一人でも遅れれば、大顎の中に入った候補者が挟まれる」


「入る瞬間は間違ってない」


 コールが言った。


 ケイレブが顔を向ける。


「危険を取りすぎじゃないのか?」


「危険だ。だが、脚が二本落ちる前には入ってない」


 コールは順に指した。


「盾が頭を押さえられる。反対側の槍が脚を固定できる。甲虫の向きも変わらない。そこまで揃ってから入った」


「なら問題ない?」


「失敗した時の値段が高すぎる」


 コールは深町の位置を指した。


「この男が指揮役だ。挟まれたら、残り二人が救助へ寄る。後ろの三人が空く」


 グラントが頷いた。


「候補者の戦闘能力は証明した。班長候補としては、自分を使いすぎている」


「入るなら、先に指揮を渡すべきだった」


 コールが言った。


「『俺が入る。以後、盾役が指揮』。一言で済む」


「急な引き継ぎで動けるか?」


「動けるようにしておく。前に出る人間が指揮を持ち続ける方が無理がある」


「お前なら入るのか?」


「同じ条件なら入る」


 即答だった。


「ただし、俺が倒れた後も三人が動ける状態にしてからだ」


 一層を終えた時点で、最初に部屋へ入った時よりコールの関心は向いていた。


 出てくる敵そのものは、彼らが四層で見たものより対処しやすい。


 だが、映像の目的が到達階層の自慢ではないことは分かり始めていた。


 二層へ入ると、景色が霧と浅い水場へ変わった。


 ケイレブが椅子をモニターへ近づける。


「ここからは、少しまともになる」


「何が?」


「見えない場所が増える」


 浅い水。


 岩場。


 霧で切られた視界。


 足元の状態も、敵の接近も読み取りにくい。


 ケイレブは洞窟測量会社で働き、鉱山救助隊に六年所属していた。戦闘経験なら他の三人に及ばないが、見通しの悪い地下で人間がどう迷い、どう戻れなくなるかを知っている。


「中央を歩けば早い」


 コールが言った。


「水面の動きが読めない」


「壁沿いなら敵に追い詰められる」


「中央なら全周から来る。壁沿いなら一方向を消せる」


「お前も日本人と同じこと言ってるぞ」


「地形は国籍を見ない」


 水中から蜥蜴型が四体現れた。


 三人は三体を処理し、一体を水中へ逃がす。


「追わないのか」


 コールが言った。


「追う必要がない」


 ケイレブが即答した。


「戻ってくるぞ」


「水中へ追ったら、こちらが戻れなくなる」


「追う必要はない。だが、このまま同じ進路を続けるのも良くない」


 コールが言った。


 映像の深町は、予定していた休憩場所を変更している。


「深町も場所を変えた」


「それだけじゃ足りない。逃げた奴が前へ回る種類か、後ろから追う種類か分からない。五分進むなら、その間に隊列も変える」


「どう変える?」


「最後尾を一人増やす。前は盾と深町で足りる。逃げた一体が水中から戻るなら、同じ横か後ろだ」


 グラントが映像を確認する。


「深町は前のままだな」


「だから兼任が多すぎる。逃がす判断は正しい。その後の配置変更が小さい」


 ケイレブがコールを見た。


「お前は追うと言うと思った」


「見えない水へ入るほど馬鹿じゃない」


「前回は壁へ近づいた」


「近づいたから、次は横から来ると分かる」


 コールの右手が、無意識に大腿部へ触れた。


 傷は残っていない。


 赤い小瓶を飲んだあと、裂けた肉も傷ついた骨も元に戻った。


 医療機関の検査でも、そこに重傷があったことを示すものはほとんど見つからなかった。


 だが、尾の先端に付いた返しが肉へ入った感触まで消えたわけではない。


「同じ失敗を二度する気はない」


 コールは手を離した。


 映像では、審査員が負傷者想定を追加していた。


 後方の槍持ちが右足首を負傷し、歩行は可能だが走れないという条件。


 深町は荷物を分散させ、負傷者の武器は残した。


「ここは甘い」


 エレナが言った。


「日本側が?」


「試験の作り方が」


 画面の負傷者役は、決められたとおり右足を庇っている。


 だが表情は落ち着いている。


 出血もなく、呼吸も乱れていない。痛みもなく、時間が経っても状態は悪化しない。


「歩ける状態が最後まで保証されてるなら、負傷者じゃない。移動速度が遅い荷物が一つ増えただけよ」


「本物なら、五分後に歩けなくなるかもしれない」


 コールが先に言った。


 エレナが彼を見る。


「何だよ」


「続けて」


「腫れる。痛みで足を置けなくなる。支えれば歩けても、敵が出た瞬間に自力じゃ移動できない」


 コールは負傷者役が短槍を構える場面を見た。


「武器を残したのはいい。だが、自分で歩けなくなった時点で、その武器は誰かの手を塞ぐ」


「分かってるじゃない」


「実際にやったからな」


「その時は武器を離さなかったでしょ」


「離したら、引っ張ってきた奴を撃てない」


「撃った?」


「撃とうとはした」


「エレナが先に止血した」


 グラントが言った。


「細かいことはいい」


「本物の負傷は、そういう細かいことが増えるのよ」


 エレナは腕を組んだ。


「本人が大丈夫だと言っても、止める人間が必要になる。固定、止血、投薬、搬送。日本の試験では何も見てない」


「負傷者を連れて帰ったんじゃない」


 コールが画面を見たまま言った。


「負傷していることにした人間を、隊列へ入れて歩かせただけだ」


 エレナが頷いた。


「そういうこと」


 画面の深町が手を上げた。


 霧の向こうで水面が動いている。


 前方に三体以上。


 後方にも未確認の音。


 目標の標識は、およそ三十メートル先。


「ここだ」


 グラントが音量を上げた。


 深町は数秒も迷わず、撤退を指示した。


「早いな」


 コールが言った。


「まだ敵の姿も全部見えてない」


「見えてないから戻った」


 ケイレブの目は画面から動かなかった。


 鎌のような前脚と、尾の先に棘を持つ敵が霧から現れる。


 一体、二体、さらに奥にも影がある。


 深町たちは一体も倒さず、距離を作りながら後退を始めた。


「三体なら処理できる」


 コールが言った。


「見えてるのはな」


 グラントが返す。


「標識まで三十メートルだぞ」


「その三十メートルの間に何体いる?」


「少なくとも三体」


「後ろは?」


「音だけ」


 コールは数秒、映像を見た。


「この六人なら戻る」


 ケイレブが顔を向けた。


「さっきまで行くと言ってなかったか?」


「俺たちなら行く。こいつらは違う」


 コールは画面の隊列を指した。


「戦える三人のうち一人は負傷役。残り三人は守る側じゃない。前の三体を倒してる間に後ろから来たら、隊列を反転できない」


「標識は見えてる」


 エレナが試すように言った。


「見えてるだけだ。触って帰るには、三十メートル進んで、同じ三十メートルを戻る。実際は六十だ」


「敵を倒せばいい」


「前の三体だけならな」


 コールは深町たちが後退する映像を見た。


「戻ったことは正しい。気に入らないのは、その前だ」


「何が?」


「負傷者が出た時点で、撤退条件を決め直してない」


 グラントが眉を寄せる。


「隊列は変えた」


「並びだけだ。『前方に二体以上、後方に音が出たら撤退』みたいな切る条件を共有してない」


「深町の中にはあったかもしれない」


「一人の頭の中にあるだけじゃ遅い。だから指示が出るまで他が待った」


 映像では、深町の指示と同時に全員が反転している。


「今回は間に合った」


 コールが言った。


「四層では、一秒待っただけで壁から何か出る」


 画面の字幕に、深町の帰還後の説明が流れる。


『確認できていない数を、戦力へ含められない』


「答えは正しい」


 コールが言った。


「ただ、答えを出せるのが深町だけなのが弱い」


 映像では、前方の敵を押し返しながら負傷者役と非戦闘要員を先に戻している。


 深町は最後尾に残り、一体を霧の中へ蹴り返した。岩場へ入り、さらに留まらず、狭い退路から二層入口まで戻る。


 目標は達成していない。


 全員、負傷なし。


「撤退の途中も悪くない」


 コールが続けた。


「最初は広場で距離を作る。岩場に入ったら守る方向を減らす。狭い通路では一体ずつに絞る。場所が変わるたびに戦い方も変えてる」


「お前が一番評価してるじゃないか」


 グラントが言った。


「使える動きは評価する。試験全体が足りない話とは別だ」


 ケイレブが机に置いた四層の手書き地図を引き寄せた。


「撤退試験としても条件は良い。帰り道がある」


「当たり前だろ」


「管理側が入口と階段を把握してる。往路の標識も残ってる。途中の敵も一度処理してる」


「それでも敵は出る」


「出る。だが、道そのものが消える可能性は考えてない」


「帰路が塞がれた時の切り替えがない」


 コールが言った。


「往路を戻れないなら、そこで初めて探索になる」


 ケイレブが頷く。


「俺たちが次に入る場所では、往路と復路が同じ状態とは限らない。敵が戻る。通路が塞がる。壁の亀裂から別のものが出る。安全だった部屋が安全でなくなる」


「持久力も見ていない」


 グラントが続いた。


「一層と二層で十分動いてたぞ」


「休憩あり。食料あり。装備交換あり。睡眠も取ってる」


「普通だろ」


「四層から戻る時には普通じゃなくなる」


 グラントはモニターに映る深町の動きを見た。


「八時間後も同じ判断ができるか。装備が壊れた後も人数を数えられるか。一人を本当に運びながら後ろを見られるか。そこは分からない」


「未知の回収品への対応もない」


 エレナが言った。


「試験で拾わせるのか?」


「拾わない判断でもいい。触るか、持ち帰るか、負傷者へ使うか。私たちは赤い小瓶をコールへ使った。あの判断が間違っていた可能性もあった」


「使わなければ死んでた」


「今だから言えるのよ」


 黒い槍。


 赤い小瓶。


 既存の装備や医薬品とは違う、異常空間由来の物品。


 戦闘後に何を持ち帰り、何を放棄し、誰に使うのか。


 高層では、その判断が戦闘そのものより重くなる場合がある。


「日本側の試験には、戦利品がない」


 エレナが言った。


「何も持ち帰らないなら、装備重量も変わらない。誘惑もない。誰かが勝手に触ることもない」


「だから管理活動の試験だ」


 コールが言った。


「未知を切り開く試験じゃない」


 グラントが映像を最初まで戻した。


 出発前の装備確認。


 役割の割り振り。


 人数確認。


 一層の戦闘。


 二層での負傷者想定。


 三十メートル手前での撤退。


「日本は四級という名前を売ろうとしてる」


 グラントが言った。


「売る?」


「四級なら何を任せられるか。どこまで自分で判断できるか。それを映像付きで見せれば、他国が制度を作る時に比較せざるを得ない」


「一層と二層で?」


「基礎手順の共通規格なら、低層でいい」


 ケイレブが答えた。


「高層まで行って試す必要はない」


「だが、この男が四層へ行けるかは分からない」


「分からない」


「未知の入口を見つけられるかも?」


「分からない」


「俺たちの代わりにはならない」


「ならない」


 コールは僅かに笑った。


「そこは認めるんだな」


「俺たちの方が先へ行ってる。それは事実だ」


 ケイレブは日本の配信画面を見た。


「敵も、地形も、回収品も、映像の先を知っている」


「だったら、あいつらより上だ」


「探索実績ではな」


「他に何がある」


 グラントが答えた。


「仕事を任せられるかどうか」


 コールの笑みが消えた。


「俺たちの方が危険な敵と戦った」


「そうだ」


「四層へ行って、戦利品も持ち帰った」


「そうだ」


「状況が変わった時に、その場で戦い方を変えたのも俺たちだ」


「それもそうだ」


 グラントは否定しなかった。


「特にお前は、戦闘中の切り替えが速い。予定した攻撃が通らなければ、撃つ、引く、囮になるをすぐ変える」


「なら何が足りない?」


「その判断を、他の三人が先に使えない」


 コールは黙った。


「お前が見て、お前が動いて、その後で俺たちが合わせている」


 グラントが言った。


「深町班は逆だ。個々の上限は低くても、最初から全員が同じ基準で動いてる」


「俺の動きを決まりにしろってことか」


「全部は無理だ。お前自身も、動くまで何をするか決めていない時がある」


「見てから決める方が早い場面もある」


「だから、切り替える条件だけ共有する」


 ケイレブが言った。


「コールが前へ出たら、グラントは射線を作る。コールが敵を横へ流したら、俺は反対側を確認する。エレナは退路を確保する。動きそのものではなく、次の役割を決めておく」


 コールは少し考えた。


「それなら使える」


「お前が進もうとするから、俺たちは止める条件を考える」


 グラントが言った。


「全員がケイレブなら、入口の地図を作って一日が終わる」


「全員がコールなら、地図を持たずに四層へ行く」


 ケイレブが返した。


「全員がグラントなら、作戦会議だけで夜になる」


 コールが言う。


「全員がエレナなら?」


「負傷者が出る前に全員帰らされるわ」


 エレナが答えた。


 四人とも笑った。


「合格すると思うか?」


 コールが画面の深町を指した。


「する」


 ケイレブが答えた。


「俺もだ」


 グラントが続いた。


 エレナは少し考えた。


「合格させるべきだと思う。課程未完了を理由に落としたら、次の候補者は標識へ行く。負傷者がいても、後ろに何かいてもね」


「俺も合格だと思う」


 コールが言った。


 三人が彼を見る。


「何だよ」


「未完了だぞ」


 グラントが聞く。


「この試験は、先へ行けるかじゃなく、国がどこで止まれと言うかを決める試験だ。なら戻った方を通す」


「欠点だらけの試験でも?」


「欠点を直すのは次だ。最初の答えまで曖昧にしたら、次の奴が無理をする」


 グラントは配信を停止し、机に置いてあった訓練予定表を引き寄せた。


「明日の内容を変える」


「日本の真似か?」


「修正して使う」


「一人を脚部負傷扱いにする。地図上の確認地点まで進み、途中で接敵条件を追加する」


「それだけじゃ足りない」


 コールが瓶を机へ置いた。


「途中で歩けなくしろ」


 エレナが眉を上げる。


「本当に?」


「歩ける負傷者だけじゃ、隊列はほとんど変わらない。自力歩行不能になれば、支える奴か運ぶ奴が必要になる。そこで武器が一つ減る」


「状態を変える判断は私がするわよ」


「そのために言ってる」


「搬送中の接敵は?」


「前だけじゃ駄目だ。横から入れろ」


 コールは四層の地図を引き寄せた。


「前を見てれば対応できる訓練なら、また壁から足を取られる」


「引っ張られただけじゃなかったのか?」


 グラントが聞いた。


「同じ失敗を二度しないなら、呼び方は何でもいい」


 コールは地図上の狭い通路を指した。


「ここに似た場所を使う。負傷者を運び始めた後で横から接敵。先頭は前へ抜けるか、戻って援護するかをその場で選ぶ」


「隊列が分かれる」


「分かれても動けるかを見る。日本側に足りなかった試験だ」


 ケイレブが別の場所へ印をつけた。


「通信断も入れたい」


「いい。ただし全部切るな」


 コールが答えた。


「最初に一度切って、手信号へ変えさせる。その後、後ろだけ回復させろ。情報が片側にしかない状態で判断させる」


 グラントが予定表へ書き込む。


「長時間行動は低層で六時間。後半に負傷想定」


「模擬回収品も置く」


 エレナが言った。


「重量は?」


「持ち帰れば一人分の装備と同じくらい」


「負傷者が出たら捨てる可能性が高いな」


「捨てるかはその場で決める」


 コールは地図を見た。


「帰路も途中で変えろ。往路を戻れると分かってると、撤退の判断が軽くなる」


「日本側の試験で足りなかった部分だな」


 ケイレブが言った。


「誰が負傷者役にする?」


 グラントが尋ねる。


 三人がコールを見るより先に、コールが瓶を置いた。


「俺がやる」


 エレナが少し驚いた。


「いいの?」


「本当に脚をやった時、何ができなくなるか知ってるのは俺だ。適当に足を引きずるよりましだろ」


「途中で立てない状態に変えるわよ」


「やれ」


「武器も使えないと判断するかもしれない」


「その時はグラントに渡す」


「俺に?」


「黒い槍じゃない方だ。俺が動けない時に、お前が近接へ切り替えられるかも見る」


 グラントは予定表へ新たな項目を書き加えた。


「お前が訓練内容を増やす側になるとはな」


「戦い方を変えるのは得意なんだよ」


 コールは大型モニターを見た。


 停止した画面には、霧の向こうに小さな反射光が浮かんでいる。


 三十メートル。


 届かなかった距離ではない。


 届く前に戻ると決めた距離。


「明日は触ってから帰る」


「状況を見て決めろ」


 グラントが予定表から顔を上げた。


「もう決めてる」


「何を?」


「俺が歩けて、前が三体だけで、後ろに何もいなければ触る」


 コールは指を一つずつ折った。


「どれかが外れたら捨てる。これでいいだろ」


 グラントはしばらくコールを見たあと、頷いた。


「それでいい」


 コールは四層の地図を机の中央へ戻した。


「日本の試験は、あいつらに必要な基準を作っている」


 続けて、自分たちが歩いた経路を指でなぞる。


「俺たちは、俺たちが帰るための基準を作る。止まる条件だけじゃない。進める条件もだ」


「四人になった意味を確認する」


 グラントが言った。


「到達記録を増やすのは、その後だ」


 コールは反論しなかった。


 前回四層で、自分の脚へ食い込んだ尾の感触を思い出す。


 赤い小瓶は、もうない。


 次も助かるという用意された答えは、どこにも残っていない。


 だから次は、用意された答えがなくても切り替えられる四人で入る。

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