第152話 先達がいない
会議室の正面に映されているのは、四級先行認定の候補者一覧だった。
正式五級千九百人の活動記録から、活動回数、帰還報告、違反歴、負傷歴、集団行動の実績などを基に抽出された五十二人。その中から、制度側の事前確認を通過した十五人が第一陣の候補として残っている。
氏名の横には年齢や職歴だけでなく、活動区域、使用装備、同行者からの評価、撤退判断を行った回数まで並んでいた。
村瀬は一番上に表示された名前へ目を向けた。
深町浩一。元陸上自衛官、元二等陸曹。正式五級。
「深町氏を第一候補とすることに、異論はありますか」
すぐに反対する者はいなかった。
深町は討伐数が最も多いわけではない。身体能力の測定値でも、彼を上回る正式五級は複数いる。
それでも、活動記録には大きな偏りがなかった。
単独、複数人、自衛隊との同行、研究用の測定協力。どの条件でも無理に結果を出そうとせず、異常があれば記録し、自分の身体に起きた変化まで申告している。
「戦闘能力だけなら、候補八番の方が上です」
自衛隊側の連絡官が資料を開いた。
「ただし、八番は活動中の進路変更をほとんど行っていません。接敵した場合、処理してから進む傾向が強い。これまで失敗していないだけで、判断の幅は狭いと言えます」
「候補十一番は逆です」
別の担当者が続ける。
「討伐数は候補内で最少ですが、同行中の負傷者はゼロ。後方警戒と経路確認の評価が高く、撤退時に隊列が崩れた記録もありません」
「同じ四級にして、同じ仕事を任せられる人材ではないということですね」
「現行の等級では、そこまで表せません」
資料上では、全員が同じ正式五級だった。
正面戦闘に強い者も、敵を避けることに長けた者も、救護を優先してきた者も、登録証に記載される区分は変わらない。
五級制度を始めた段階では、それでも足りていた。まずは勝手に異常空間へ入る人間を管理下に置き、最低限の安全講習と活動記録を確保する必要があったためだ。
しかし、正式五級が千九百人まで増え、活動内容にも差が出始めている。
「先に四級の定義を確認します」
村瀬が資料を切り替えた。
「四級は、管理済み区域のうち五級に開放されていない区画で、少人数班の中核として活動できる者。単独での戦闘能力ではなく、継続的な判断、帰還能力、制度遵守を含めて認定する。現時点の案はこれです」
「班長資格とは分けるのですか」
「分けます。四級になっただけで、他者への指揮権を認めるわけではありません。班を率いるには、別途実地評価を受けてもらいます」
「妥当でしょう。戦えることと、人を動かせることは別です」
警察側の出席者が答えた。
その言葉に反対は出なかった。
問題は、その先だった。
「認定方法ですが、当面、二級までは筆記試験を設けない方針が提示されています」
空気が少し変わった。
「二級までですか」
医療部門の担当者が聞き返す。
「四級だけでなく、三級、二級も?」
「はい。ただし、無条件で昇級させるという意味ではありません」
村瀬は次の資料を表示した。
活動記録、複数回の実地評価、面談、健康確認、規則遵守歴、同行者評価。上位等級ほど審査期間を長くし、複数機関が判断に加わる。
「それを試験として扱います」
「法令や救護知識を確認せず、二級まで上げるのは危険ではありませんか」
「五級登録時の講習と確認は継続します。上位認定に必要な追加知識も、講習として受けてもらう。ただ、現時点で筆記試験の正解を定めることができません」
「作れない、ということですか」
「試験問題を作ること自体はできます」
制度設計の担当者が口を挟んだ。
「法令、救護、安全管理。既存分野から問題を集めれば、明日にでも形にはできます。ただ、その試験に合格した人間が異常空間で正しい判断をできると、私たちは証明できません」
異常空間で何が起きるのか。その全体像を知る者はまだいない。
国が管理する区域でさえ、敵性生物の数や活動範囲が変わることがある。身体能力の上昇も、回収品の性質も、一般的な基準を作れるほど事例が揃っていなかった。
「正解を知る先達がいない状態で、先に正解表だけを作ることになります」
「それでも知識確認は必要です」
「必要です。ですから講習と面談は行います。筆記を行わないだけで、知識を問わないわけではありません」
自衛隊側の連絡官が腕を組んだ。
「実地だけを見れば、戦闘能力の高い者が有利になります」
「そこは活動記録で補います。討伐数や身体能力測定は、評価項目の一部に留めます」
「後から試験制度を導入した場合、先行認定者が既得権化しませんか。筆記を受けずに二級になった者と、試験を通過した二級が並ぶことになります」
その問題は、事前協議でも何度も挙がっていた。
村瀬は回答案を読み上げた。
「先行認定者の等級は維持します。ただし、標準試験の導入後は、更新時に追加講習と確認審査を義務づけます。不参加の場合、等級を直ちに取り消すのではなく、上位区画での活動を停止します」
「確認審査は筆記ですか」
「制度導入時点で決めます。筆記、口頭試問、事例判断の組み合わせを想定しています」
「つまり、今は免除ではないと」
「正確には、まだ試験が存在しません」
会議室の端で、誰かが小さく息を吐いた。
言葉を整えれば整えるほど、制度が現場を追いかけている状況がはっきりする。
「人材確保を優先する理由も、記録へ残してください」
警察側の出席者が言った。
「危険区域へ入れる人間が不足しているから、試験を省略したと読まれる可能性があります」
「実際、不足しています」
「だからこそです。人数合わせで上げたと思われれば、認定そのものが信用されなくなる」
村瀬はうなずいた。
「先行認定の目的は、人員を増やすことだけではありません。二級、三級の基準を作るための活動記録を集めること。将来の試験制度を、実例に基づいて設計すること。この二点を明記します」
一級については、今回も認定を始めない。
二級までの活動実績が蓄積されなければ、最高等級に何を求めるべきか判断できないためだ。
「次に、職別認定についてです」
表示された資料には、現行の等級とは別に、いくつかの能力区分が並んでいた。
前方偵察・索敵。前衛防護・進路維持。敵性生物処理。救護・搬送。経路記録。採取・危険物取扱。班指揮。
「民間では、斥候、タンク、アタッカー、衛生兵などと呼ばれている役割です」
「タンクは正式文書に使わないでください」
総務部門の担当者が即座に言った。
「もちろんです」
「アタッカーもです」
「承知しています」
会議室にわずかな笑いが起きた。
しかし、必要性そのものを否定する者はいなかった。
「候補八番は敵性生物処理では高い評価になる。一方、候補十一番は後方警戒と撤退支援に強い。深町氏は各項目が安定しているものの、どれか一つで最高評価というわけではありません」
「総合等級だけでは、編成時に必要な情報が足りない」
「はい。四級が六人いても、全員が前衛型では班として成立しません」
職別制度をすぐに始める案も出ていた。
だが、今の段階で役割を固定すれば、国が想定していない能力を持つ人間を、無理に既存の分類へ押し込むことになる。
「当面は内部評価として記録します」
制度設計の担当者が説明した。
「上位等級者の活動記録から各役割の評価方法を作り、二級、三級の標準試験導入後、順次職別認定を開始する。総合四級、前方偵察三級、救護未認定といった形で、別軸の評価にします」
「特殊能力者はどうしますか」
研究部門から質問が出た。
「現時点でも、通常より鋭い感覚を申告している者がいます。今後、既存の役割に当てはまらない能力が出る可能性は高い」
「特殊枠を設けます。ただし、能力が珍しいという理由だけでは認定しません」
再現性、発動条件、本人への負荷、周囲への危険、制御可能性。能力を使えない状況でも活動を継続できるか。
通常の評価項目では扱えない部分を、個別に調べるための枠だった。
「名称は特別能力認定でいいでしょうか」
「まだ決めない方がいい」
村瀬が答えた。
「何を認定するのか、こちらにも分かっていません」
役割別の等級制度も、特殊枠も、今は構想にすぎない。
先に分類を作るのではなく、現場に現れた能力を記録し、後から制度へ落とし込む。その順番を崩さないことが確認された。
会議の終盤、四級候補十五人の一覧が再び表示された。
「第一陣については、全員を先行認定審査へ進めますか」
「いえ」
村瀬は深町を含む六人へ印を付けた。
「まず六人です。活動区域と得意分野が重ならないように選びます。深町氏には、実地評価に加えて小規模班での行動確認を行う。他の五人も、それぞれ異なる条件で審査します」
「合格人数は決めますか」
「決めません。基準を満たした者だけを認定します。一人も出ない可能性も残します」
人材は必要だった。
だからといって、必要な人数から逆算して基準を下げれば、上位等級を作る意味がなくなる。
「では、上位等級先行認定の開始、二級までの筆記試験未実施、将来の三級・二級試験導入、職別評価の内部記録開始。この四点で案をまとめます」
異論は出なかった。
画面には、最初の四級候補として選ばれた六人の名前が残った。
その先に、正解を知る者はいない。
ならば、先に進める人間の歩いた記録を、正解に近づくための材料にするしかなかった。




