第151話 被害者の会
集合場所に着いた時、亀山は参加者のうち二人に見覚えがなかった。
一人は草色のジャケットを着た男。もう一人は、その横で折り畳んだ地図を確認している男だった。どちらも探索用の防具を身につけているが、貸与品の新しさに対して、立ち方には妙な慣れがある。
「亀山さんですよね」
先に声をかけてきたのは草色のジャケットの男だった。
「はい。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ。映像で見るより普通の人ですね」
「どういう人だと思われてたんですか」
「もう少し亀っぽいのかと」
「名前に引っ張られすぎでしょう」
横にいた男が地図を畳みながら口を挟んだ。
「すみません。こいつ、緊張すると余計なことを言うので」
「そっちは緊張すると説明が長くなります」
「今のは必要な説明です」
二人のやり取りを見て、亀山は少しだけ肩の力を抜いた。
拉致未遂事件のあと、知らない人間と会う時には、どうしても相手の手元や周囲の車を確認する癖がついた。今日は槙野が指定した場所であり、警察と管理側にも予定が伝えられている。それでも、頭で安全だと分かることと、身体が納得することは別だった。
「そちらのお二人は、以前から一緒に活動していた方です」
準備を終えた槙野が近づいてくる。
「草色ジャケットさんと、地図読みさん。今回は活動再開に向けた確認も兼ねています」
「その呼び方で定着してるんですね」
「本名を出さずに活動していますから」
地図読みが答え、草色ジャケットが亀山の顔を見た。
「ニュース見ました。大変でしたね」
「ああ……ありがとうございます」
「戸張さんも、あの場にいたんですよね」
予想していなかった名前に、亀山は一拍遅れて返した。
「戸張さんを知ってるんですか?」
「俺たちも助けられたんです」
草色ジャケットが廃業した倉庫で襲われたことを簡単に説明した。異常空間を利用していた犯罪者に捕まり、危険な状態だったところへ戸張が駆けつけたらしい。
「戸張さんから警察と互助会へ緊急連絡が入っています。私も事件の概要は把握しています」
槙野が補足した。
「救助後の連絡や、活動再開についての相談も受けています」
「そのあと、戸張さんとも一度話しました」
地図読みが続ける。
「もう入るなとは言われませんでした。ただ、前と同じことはするなと」
「言いそうですね」
亀山が答えると、二人がそろってこちらを見た。
「やっぱり、付き合い長いんですか?」
「長いというか……いろいろありまして」
水門で自分を助けたのも戸張だった。
その事実は口にしない。寄生体のことも、水門に残された白い群れのことも、話すつもりはなかった。
それでも、戸張が自分の知らないところでも人を助けていたという事実には、妙な納得があった。
「亀山さんも拉致されかけて、俺たちも捕まって、全員戸張さんに助けられたと」
草色ジャケットが指を折りながら数える。
「これ、被害者の会みたいですね」
「戸張さんに助けられた被害者の会でしょう」
地図読みが訂正した。
「さらに範囲が狭くなりましたね」
「顔合わせの段階で、そう言われる気はしていました」
槙野は小さく息を吐いた。
「皆さんには、人間から危害を加えられた経験があるという共通点もあります。今回一緒に動いてもらう理由の一つです」
「意図的な人選だったんですか」
「それだけで選んだわけではありません。経験と活動段階、日程を合わせた結果です」
槙野はそこで三人を見回した。
「戸張さんが来ることを前提に活動計画を立てるわけにはいきません。今日の目的は、皆さんが予定どおり入って、予定どおり戻ることです」
「倒した数は評価に入りませんか?」
背後から女性の声がした。
振り返ると、小型盾を左腕に固定した女性が立っていた。二十代半ばほどに見える。短くまとめた髪と、立ち止まっていても次の動きを探しているような視線が印象的だった。
「入りません、小野寺さん」
「聞いてみただけです」
「紹介します。小野寺真紀さん。二十七歳。互助会準備会の初期から参加している正式五級で、掲示板では『紙の盾』の名前を使っています」
「よろしく」
小野寺は手を上げた。
「紙の盾って、その小型盾からですか?」
亀山が尋ねると、小野寺は首を横に振った。
「前の会社にいた頃、コピー用紙を束ねたら盾として使えるんじゃないかと思って、実際に試したのが最初」
「何を相手に試したんですか」
「最初は傘。次に木の棒」
「使えたんですか?」
「思ったよりは。でも重いし、持ちにくいし、濡れたら終わり」
「試す前に分かりません?」
「分かるのと、やるのは別でしょ」
小野寺は当然のように言った。
槙野が続いて、隣に立つ男性を示す。
「倉田悠介さん。二十九歳の正式五級で、互助会への参加は今回が初めてです。ハンドルネームは『最後尾』」
倉田は短槍型の貸与武器を持ち、装備の確認を終えても前へ出ようとはせず、自然に全員の後ろへ立っていた。
「以前の仲間と活動していた時、いつも最後に歩いていたので、そのまま名前になりました」
「慎重なんですね」
「置いていかれる人がいないか見る役です。先頭は向いてないので」
「紙の盾さんとは、初めて組むんですか?」
「はい」
倉田が小野寺を見る。
「さっきから前へ行きたそうなので、相性は悪くないと思います」
「そう見える?」
「立ち位置が少しずつ入口へ寄っています」
小野寺は自分の足元を見てから、一歩だけ元の場所へ戻った。
今回入るのは、管理済みの低危険度異常空間だった。
亀山は特別広報同行者として内部へ入る許可を受けているが、今日は公開用の撮影ではない。仮五級登録へ向け、低層での移動と撤退を確認するための実地訓練だった。
隊列は小野寺が先頭。草色ジャケットと地図読みが続き、その後ろに亀山と槙野。倉田が最後尾を担当する。
入口を抜ける前に、槙野が役割を確認した。
「小野寺さんは前方対応。倉田さんは後方と側面。地図読みさんは経路確認、草色ジャケットさんは中央の補助。亀山さんは記録を担当しますが、撮影より移動を優先してください」
「分かりました」
「カメラを落とした場合は?」
「置いていきます」
「人が遅れた場合は?」
「声をかけて、勝手に戻らない」
「撤退指示が出た場合は?」
小野寺が先に答えた。
「倒せそうでも下がる」
「特に小野寺さんは守ってください」
「信用ないなあ」
「信用しているので、先に確認しています」
内部は古い地下通路に似ていた。壁面には黒ずんだコンクリートが残っているが、外よりも天井が高く、奥へ進むほど湿った土の匂いが強くなる。
地図読みは分岐ごとに足を止め、現在地と帰路を確認した。以前より慎重になっているらしく、確認の回数は多かったが、進行を止めるほどではない。
草色ジャケットは何度も後ろを振り返っていた。亀山や槙野との距離が開いていないか見ている。
亀山も小型カメラを回していたが、画面だけを見ないよう意識した。撮る対象を探す前に、足元と前方を見る。自分の後ろには倉田がいるが、それだけで確認を止めない。
入口から十分ほど進んだところで、小野寺が左手を上げた。
全員が止まる。
通路の先で、硬いものが床を擦る音がした。
現れたのは、中型犬ほどの大きさをした甲虫型の敵性生物だった。丸みのある甲殻の下から六本の脚が伸び、頭部の鋏を小さく開閉している。その後ろにも、もう一体いる。
「二体。正面」
小野寺の声は明るかった。
「嬉しそうですね」
亀山が小声で言うと、隣の槙野が短く息を吐いた。
「いつもです」
一体目が床を蹴った。
小野寺は待たずに前へ出た。突進を小型盾の正面で受けるのではなく、斜めに当てて横へ流す。甲虫型の脚が滑り、壁際へ身体が傾いた。
そこへ短棒が振り下ろされる。
甲殻を砕く鈍い音が通路に響いた。
二体目が動くより早く、倉田が後方から短槍を伸ばした。先端を突き刺すのではなく、甲虫型の頭部へ横から当てて進行方向をずらす。
「右側、空きました。下がれます」
倉田の声に、槙野が周囲を確認した。
「一体処理。二体目は離れます。全員、来た道へ」
「倒せそうだけど」
小野寺はそう言いながら、すでにこちらへ下がっていた。
二度目の指示は必要なかった。
地図読みが先ほど確認した分岐を示し、草色ジャケットが亀山の横へ寄る。亀山は甲虫型へカメラを向けかけたが、画角を確認する前に足を動かした。
背後では倉田が短槍を使い、追ってくる甲虫型との距離を保っている。
「全員います」
草色ジャケットが人数を確認する。
「そのまま戻ります」
槙野の指示に従い、隊列を崩さず入口まで戻った。
外へ出た時、小野寺は短棒についた汚れを拭きながら、明らかに機嫌が良かった。
「楽しそうでしたね」
亀山が言う。
「分かる?」
「隠してたんですか?」
「一応、初対面だから」
倉田が槍を返却用のケースへ収めた。
「接敵する前から笑ってましたよ」
「それは見間違い」
「最後尾からよく見えていました」
槙野は記録用紙へ帰還時刻を書き込み、六人を見回した。
「今回は問題ありません。接敵後も指示どおり離脱できています」
「一体しか倒してませんけど」
「倒した数は評価しないと、入る前に説明しました」
「覚えてます」
小野寺は不満そうな言い方をしたが、本気で反論する様子はなかった。
「問題が起きなかったのは、何も起きなかったからではありません。起きたことを大きくしないで戻れたからです」
槙野の言葉に、亀山は手元のカメラを見た。
映像は残っている。だが、甲虫型が倒れる瞬間は画面の端にしか映っていないだろう。離脱を始めてからは、揺れる床と前を走る草色ジャケットの背中ばかりのはずだ。
公開する映像なら失敗だった。
今日の訓練としては、それでいい。
「次もこの六人ですか?」
地図読みが尋ねる。
「日程が合えば。次回はもう少し長い経路を使います」
「被害者の会、継続ですね」
草色ジャケットが言った。
「その名前で定着させないでください」
「じゃあ、戸張さんに助けられた人の会」
「悪化しています」
亀山は笑いながら、カメラの電源を切った。
撮る側だけでも、守られる側だけでもなかった。
予定どおり入り、役割を果たして、全員で戻ってきた。
今日必要だった記録は、それで十分だった。




