第148話 食い扶持
小人たちの解体は、思っていた以上に手際がよかった。
石刃を腹へ入れ、毛皮と肉の間を少しずつ切り離していく。刃が通りにくい場所では二人がかりで皮を引き、別の一人が身体を押さえていた。
剥がした毛皮は血の付いた面を上にして草地へ広げられる。牙と爪も根元から外すつもりらしく、石や木の道具を使いながら周囲の肉を削っていた。
残りの小人たちは、既に虎もどきから離れている。
一人は森の近くで枝を拾い、もう一人は石を運んでいた。
解体を手伝う様子はない。
何をしているのか眺めていると、集めた枝を地面へ突き刺し始めた。
扉を背にするように、弧を描いている。
「柵か?」
俺の声には反応せず、小人は枝の間へ細い蔓を巻きつけていく。
もう一人は少し離れた場所で穴を掘っていた。深さは小人の膝ほどしかないが、底には先を尖らせた枝を並べている。
罠だった。
さっき虎もどきに追い回されていた連中とは思えない速さで、防衛設備らしきものが増えていく。
「帰らないつもりか?」
答えはない。
小人の一人が扉の横を指し、両腕で大きな四角を作る。そのあと地面を何度も叩いた。
建物を作るつもりなのかもしれない。
四層には集落がある。
わざわざ危険な森の入口へ移り住む理由は分からなかったが、木も水も獲物もある。大蛇に支配されていた地下の村より、生活に使えるものは多そうだった。
安全かどうかは別として。
「初日に食われかけてたぞ、お前ら」
小人は俺を見上げたあと、何事もなかったように枝を運び始めた。
気にしていないらしい。
解体していた小人が、切り分けた肉を持ち上げた。
赤黒い塊は、小人の上半身ほどある。地面へ置くと、別の一人が石刃でさらに細長く切り分けていく。
そのとき、身体の内側へ奇妙な感覚が流れ込んできた。
腹の奥が縮むような、空虚な感覚だった。
俺自身は、家を出る前に食事を済ませている。
それでも、目の前の肉から目を離しにくい。
俺の感覚ではなかった。
寄生ゴブリンが、切り分けられた肉を見ていた。
蜥蜴人たちも同じだ。槍持ちは首を伸ばし、術士型の一体は舌先を何度も出している。
「腹が減ってるのか?」
問いかけた瞬間、寄生体を通じて返ってくる感覚が少し強くなった。
空腹だった。
これまで寄生ゴブリンたちから、こんな感覚を受け取ったことはない。
一層へ残して何日経っても、餌を求める様子はなかった。五層の蜥蜴人も同じだ。寄生させたあと、食事をさせる必要など考えもしなかった。
小人が切り分けた肉を一つ持ち上げ、寄生ゴブリンへ差し出した。
寄生ゴブリンは俺を見た。
「……食べていいぞ」
許可を出すと、肉を両手で受け取り、その場で齧りついた。
火を通していない。
止めるべきか迷ったが、寄生ゴブリンは気にした様子もなく肉を噛みちぎっている。
蜥蜴人たちも、小人から肉を受け取った。
槍を地面へ置き、太い指で肉を掴んで食べ始める。牙の形に合っているのか、寄生ゴブリンよりも食べるのが速い。
小人たちは誰一人として嫌がっていなかった。
むしろ、自分たちが切った肉を大きな相手が食べていることを喜んでいるように見える。
一人が胸を張り、また虎もどきの死体を指した。
「ああ、うん。お前たちの獲物だもんな」
俺が倒したはずだが、もう訂正する気も起きなかった。
小人たちも肉を食べ始める。
こちらは枝を組んだ簡単な火へ肉をかざしていた。薄く切ったものを木の先へ刺し、表面を炙っている。
生で食べる寄生ゴブリンと蜥蜴人を気にする様子はない。
虎もどき一頭分の肉は多い。
今いる人数なら、すぐに食べ切ることはないだろう。
だが、寄生ゴブリンと蜥蜴人が食事を必要とするなら話が変わる。
七体の蜥蜴人と、寄生ゴブリンが一体。
全員が見た目どおりの量を食べるなら、かなりの食料が必要になる。
今後、寄生させる個体を増やせば、その分だけ必要な肉も増える。
「……この人数分の食い扶持まで考えないといけないのか」
思わず口にすると、腹の奥にまだ残っていた空腹感が返事のように伝わってきた。
げんなりする。
第五層までは、寄生させた分だけ戦力が増えた。
武器は現地のものを使えたし、食料も寝床も考える必要がなかった。
六層では、数を増やせば増やすほど維持に手間がかかる。
人間の部隊なら当たり前の話だ。
これまでが異常だっただけとも言える。
それでも、急に八人分の食事を任された気分になると、素直には受け入れにくかった。
俺は肉を食べている槍持ちの一体へ近づき、肩へ手を置いた。
「ちょっと来い」
六層へ続く扉を開け、蜥蜴人を五層側へ連れていく。
扉を越えた途端、寄生体を通じて伝わっていた空腹の感覚が薄れた。
蜥蜴人は手に持っていた肉を見ても、さきほどほど強く反応しない。
食べること自体を忘れたわけではなさそうだが、今すぐ口へ運ぶ必要を感じていないようだった。
試しに、その場へしばらく立たせる。
落ち着いている。
六層側へ戻す。
青空の下へ出た直後、蜥蜴人は手に持った肉へ顔を向け、そのまま食べ始めた。
「階層のせいか」
身体そのものが変わったわけではない。
五層では食事を必要とせず、六層へ入ると空腹になる。
生き物が生き物らしくなる境界が、あの扉なのかもしれない。
食事だけなのか。
睡眠や排泄まで必要になるのか。
病気や怪我の治り方も変わるのか。
考え始めると、確認しなければならないことが一気に増えた。
「本番って、そういう意味か?」
昨日思い浮かんだ、チュートリアルという言葉がまた頭へ浮かぶ。
第五層までは、探索と戦闘だけに集中できるよう余計なものが省かれていた。
敵を倒せば消え、進めば次の敵がいて、最奥にはボスがいる。
六層では、倒したものは残る。
食べる必要がある。
拠点を作り、食料を保存し、進む方向まで自分で決めなければならない。
攻略というより、生活に近い。
扉の外へ戻ると、小人たちの作業はさらに進んでいた。
細い枝を組んだ柵が、虎もどきの解体場所と扉を囲み始めている。
先ほど掘っていた穴には草が被せられ、近くの木には骨と小石を結んだ紐が渡されていた。何かが触れれば音が鳴る仕組みらしい。
別の小人は、剥がした虎もどきの毛皮を枝へ張っていた。
屋根か、壁に使うつもりなのだろう。
勝手についてきて、勝手に食われかけて、勝手に住み始めている。
止める理由はなかった。
入口付近に彼らの拠点ができれば、森から戻ったときに休める場所になる。解体や素材の保存も、俺より小人たちの方が上手い。
問題は、彼らまで食わせる必要があることだった。
今は虎もどき一頭がある。
だが人数が増えれば、すぐに足りなくなる。
小人の一人が、四層へ続く扉の向こうへ走っていった。
しばらくすると戻ってくる。
後ろには、さらに数人の小人がいた。
「増えるのかよ」
新しく来た小人たちは、森の景色に騒いだあと、すぐに荷物を下ろした。
縄、石刃、籠、焼いた陶器らしい容器まで持っている。
最初から移り住むつもりで準備していたようにも見える。
一人が俺を見つけ、嬉しそうに両腕を上げた。
俺も力なく片手を上げ返す。
森へ入る前から、考えることが増え続けている。
探索ルート。
敵の強さ。
素材の解体。
拠点の防衛。
寄生ゴブリンと蜥蜴人の食料。
増え始めた小人たちの食料。
俺は丘の下へ広がる森を見た。
木々の間では、今日もいくつもの生き物の熱が動いている。
あそこへ入れば、食料になるものも、俺たちを食料にしようとするものもいるのだろう。
「攻略する前に、まず食い扶持か」
ダンジョン探索を始めてから、こんな心配をする日が来るとは思わなかった。




