第142話 新しい宿主
小人たちは俺を集落の奥へ案内した。
大蛇がいた建物へ向かうのかと思ったが、その手前で細い横道へ入る。灰色の石壁に挟まれた通路は、小人たちの身体なら二人並べる程度の幅しかなく、俺は肩を少し斜めにしながら後を追った。
前を歩く小人が、ときどき振り返る。
ついてきているか確認しているらしい。
通路の突き当たりには、周囲の石壁と同じ色をした板状の岩が立てかけられていた。小人たちが三人がかりでそれを横へずらすと、奥から生ぬるい空気が流れてくる。
岩の向こうには、下へ続く階段があった。
前回、大蛇のいた場所を調べたときには見つけられなかった道だ。集落側からしか入れないよう隠されていたのかもしれない。
先頭の小人は階段の前まで進み、そこで足を止めた。
奥を指したあと、両手を頭の横へ上げ、口を大きく開く。何かの姿を真似しているようだが、俺には角なのか耳なのかも分からない。
続いて、手に持っていた短い棒を槍のように突き出した。
「この先に、槍を持った何かがいるのか?」
当然、返事はない。
別の小人が喉を鳴らし、指を何本も立てた。数が多いという意味なら、敵は一体では済まないらしい。
俺は階段の先を覗いた。明かりはなく、底までは見えない。
「案内はここまでか」
小人たちは揃って頭を下げた。
大蛇のいた場所へ向かうときとは違い、ついてくる様子はない。ここから先は、彼らにとっても近づきたくない場所なのだろう。
俺も頭を下げ返し、階段へ足をかけた。
階段を下りるほど、空気は温かくなった。
湿気も強い。壁には水滴が浮き、石段の端には黒っぽい苔が張り付いている。四層までとは別の場所へ入ったことが、空気だけでも分かった。
段数を数えるのは途中でやめた。百段を越えたあたりから階段が何度も折れ、下りている方向すら曖昧になったからだ。
やがて前方に淡い緑色の光が見え始めた。
階段を下り切ると、そこは広い洞窟だった。
天井から垂れ下がった細長い鉱石が、内側から発光している。強い明かりではないが、周囲を見るには十分だった。
地面は平坦ではなく、岩棚と浅い窪みがいくつも重なっている。壁面にも足場になりそうな出っ張りが多く、人間より四足の生き物に向いた地形に見えた。
俺は短棒へ手を伸ばし、足元を確認しながら進んだ。
最初の攻撃は、真上から来た。
石を引っかく音に気づいて顔を上げると、壁面に張り付いていた何かが飛び降りてくる。
身体を横へ投げ出すように避けた直後、石槍の先端が地面へ突き刺さった。
襲ってきたのは、全身を暗い緑色の鱗に覆われた人型だった。俺の胸ほどの背丈で、前傾した身体の後ろから太い尾が伸びている。手足の指は長く、先端に曲がった爪があった。
蜥蜴人、と呼ぶのが一番近い。
相手は槍を引き抜き、甲高い声を上げながら再び突いてきた。
速い。
ゴブリンよりも踏み込みが深く、尾で姿勢を保っているため、無理な体勢からでも槍の軌道が崩れない。
短棒で穂先を外へ弾き、空いた脇腹へもう一本を叩き込む。鱗の奥で骨が折れる感触があったが、蜥蜴人は倒れず、尾を振り回して俺の脚を狙った。
跳んで避け、そのまま頭部へ短棒を振り下ろす。
蜥蜴人は地面へ崩れ、動かなくなった。
周囲の岩棚から、複数の爪音が聞こえる。
最初から一体ではなかったらしい。
俺は倒れた蜥蜴人の肩へ手を置いた。
身体の中で寄生体が動き、掌から白い糸が入り込んでいく。蜥蜴人の鱗が少しずつ沈み、肉も骨も輪郭を失いながら吸収されていった。
大蛇のときよりも早い。
身体が完全に消えた直後、視界の外側に妙な感覚が生まれた。
正面の岩陰に、一つ。
右上の岩棚に二つ。
まだ姿は見えていない。それでも、温かいものがそこにいると分かった。
距離までは曖昧だが、少なくとも方向は外していない。
「いるな」
岩陰から石槍が飛んできた。
身体を反らすと、穂先が胸元の少し上を通り過ぎる。避けようと思った以上に腰が曲がり、自分でも驚くほど深く上体が沈んだ。
俺はそのまま片手を地面へつき、足を軸に身体を回す。
飛び出してきた蜥蜴人の脚を払い、倒れた背中を踏みつけた。
首元へ手を伸ばす。
白い糸が鱗の隙間から入り込むと、蜥蜴人の身体が大きく震えた。しばらく尾が地面を叩いていたが、やがて動きが止まる。
死んではいない。
足を退けると、蜥蜴人はゆっくりと立ち上がった。
手には石槍を握ったままだったが、その穂先が俺へ向くことはなかった。
「一体目」
俺の言葉に反応した様子はない。
ただ、岩棚から降りてきた別の蜥蜴人へ顔を向ける。俺が細かく命令するより早く、石槍を構えて走り出した。
元から持っていた身体の使い方も、敵を攻撃する手順も残っている。
俺はその後を追った。
五層の蜥蜴人は、ゴブリンよりも明確に役割が分かれていた。
石槍を持った個体が正面から仕掛け、細身の個体は岩棚や壁面を使って背後へ回る。声らしい声はほとんど出さず、喉を震わせる短い音と尾の動きで位置を伝えていた。
最初の数体は倒した。
攻撃を受けながら寄生させる余裕がなく、頭部や胸を潰してしまった個体もいる。
戦い方が分かってからは、殺し切らないよう力を抑えた。脚を折る。武器を弾く。動きを止めたところで触れ、寄生体を送り込む。
一体増えるたび、こちらの負担は軽くなっていった。
寄生された蜥蜴人は、俺の周囲へ集まるだけではない。岩棚へ上がる個体、先へ進む個体、通路に残って後方を警戒する個体へ自然に分かれた。
俺が考えた配置を、そのまま命令しているわけではない。
先へ進みたい。敵を近づけたくない。俺の周囲を守る。
寄生体がその程度の意図を拾い、それぞれの身体が元から知っている動きへ落とし込んでいるようだった。
一人で進むより、圧倒的に早い。
広い横穴へ入ったところで、先行していた細身の蜥蜴人から強い警戒が伝わってきた。
俺が足を止めると、前方の岩陰から赤い光が漏れる。
直後、火の塊が飛んできた。
前にいた寄生蜥蜴人が槍を横へ構えたが、火はその身体へ直撃し、胸元の鱗を焼いた。倒れはしなかったものの、煙を上げながら数歩後退する。
奥にいた蜥蜴人は、槍ではなく黒い杖を持っていた。
杖の先に赤い光が集まる。
「お前も魔術を使うのか」
二発目が放たれる前に、壁際にいた斥候型が飛びかかった。術士型は杖を振り回して追い払おうとしたが、反対側から槍持ちが脚へ組みつく。
俺が近づくころには、地面へ押さえつけられていた。
額へ手を触れる。
寄生が終わると、術士型は杖を拾って立ち上がった。
試しに、少し離れた岩を指す。
壊せ。
その程度の意図を向けると、術士型は杖を前へ出した。赤い光が集まり、拳ほどの火球が岩へ飛んでいく。
火は狙った場所へ当たり、表面を黒く焦がした。
「俺より上手いな」
返事はない。
身体の内側から伝わってきた満足感だけが、少し強くなった。
俺が褒められたわけでもないだろうに、寄生体は気に入ったらしい。
そこから先は、戦闘というより数を増やす作業に近かった。
斥候型に敵の位置を探らせ、槍持ちに進路を塞がせる。術士型には火球で逃げ道を限定させ、動けなくなった個体へ俺が触れる。
蜥蜴人たちも集団で抵抗したが、一度崩れ始めると立て直せなかった。倒した相手が次にはこちら側へ加わり、同じ槍と火を向けてくる。
自分が相手の側だったら、かなり嫌な戦い方だと思う。
気づけば、俺の後ろには十体を越える蜥蜴人が続いていた。
槍持ちが多く、細身の斥候型が数体。杖を持った術士型も二体いる。二体目の術士が使ったのは火ではなく、水だった。
杖先から細く絞られた水を放ち、岩の表面を削っていた。
俺の掌からこぼれた水とは、随分と違う。
生前の動きを残している宿主を見れば、魔術の使い方を学べるかもしれない。そう思いながらも、今は先を急いだ。
洞窟を進むにつれ、熱の感覚に引っかかる蜥蜴人が減っていく。
最後に現れた数体を寄生させると、その先には長い石造りの通路が続いていた。
天井は次第に高くなり、左右の壁には翼を広げた獣のような彫刻が並んでいる。
通路の終点には、二枚の巨大な石扉があった。
小人たちが使うには大きすぎ、蜥蜴人のために造られたとしても不釣り合いだった。
扉の向こうから、何かが動く音がする。
重い足音に続き、風を叩くような音が響いた。
翼だ。
俺は後ろを振り返る。
槍を持った蜥蜴人たちが通路を埋め、その上の壁には斥候型が張り付いている。術士型は黒い杖を手に、ほかの個体の後ろで待っていた。
これだけの数を連れてボス部屋へ入るのは初めてだった。
「さて」
石扉へ手をかける。
背後で、何本もの尾が石床を擦った。
「向こうは、何体いるかな」




