第139話 来てもらう理由
画面に表示された十二か所の候補地は、そのまま残されていた。
北海道に二か所。東北に三か所。中国地方と四国に合わせて三か所。九州に四か所。
いずれも確認済みの異常空間であり、入口の封鎖と定期的な内部確認は続けられている。
しかし、民間の五級が継続して活動しているとは言い難い。
「まず確認しておきます」
経済産業側の担当者が口を開いた。
「今回の案は、異常空間の管理権を企業へ移すものではありません。入口、活動許可、立入区分、回収品の取り扱いについて、最終的な決定権は国と自治体に残します」
資料の一部が拡大された。
地方ダンジョンにおける企業参画優遇案。
その下には、企業が担うことを期待される役割が並んでいた。
現地拠点の設置。五級登録者の雇用。装備の保管と輸送。活動前後の検査。救護設備の整備。宿泊場所の確保。活動記録の管理。
「企業が異常空間へ入るのではなく、企業が五級を雇うという理解でよろしいですか」
地方自治体側の出席者が尋ねた。
「基本的にはそうです。企業が直接雇用する場合と、地域の探索者団体や個人と契約する場合の両方を想定しています」
「企業所属にならなければ活動できない制度にはしない」
警察庁側の担当者が言った。
「当然です」
資料作成者は即答した。
「独立して活動する五級の一般枠は維持します。企業へ認めるのは、拠点を維持するために必要な範囲での優先活動枠です」
「必要な範囲というのは?」
「常勤者の人数、月間の活動日数、育成する仮五級の人数などに応じて算定します。一社が活動可能時間の大半を押さえることは認めません」
警察庁側の担当者は、そこで一度黙った。
画面には、企業へ提示する優遇内容が表示された。
拠点整備費の補助。
車両、通信設備、救護設備への補助。
地方在住の五級を雇用した場合の人件費支援。
装備や研究設備に対する税制上の措置。
認可された回収品の研究利用。
国立研究機関との共同研究申請における優先審査。
「研究利用枠は、どこまで認める予定ですか」
医療分野の担当者が尋ねた。
「既に危険性が低いと判定された素材に限ります。未鑑定品、薬品、人体へ作用する可能性があるものは従来通り国側で管理します」
「企業が回収した物でも?」
「例外は設けません」
資料が一つ進んだ。
参画を想定している業種として、建設、鉱業、運輸、警備、通信、医療、製薬、映像機器、宿泊事業などが並んでいる。
「ずいぶん広いですね」
「異常空間の攻略だけを考えれば、戦闘要員を抱える企業が中心になります」
担当者は答えた。
「ですが、地方で活動を継続するには、戦闘以外の部分の方が大きい。車両を持ち、装備を運び、負傷者を搬送し、人が泊まれる場所を確保する必要があります」
異常空間から一時間以内の場所に、都市部と同じ設備を用意できるとは限らない。
活動者が自分で装備を持ち込み、自分で宿を取り、何かあれば自分で病院を探す。
その状態では、初めの数回は人が集まっても続かない。
「現地の旅館や運送会社が、大企業と共同で応募する形も認めるのですか」
「認めます。むしろ、地域内で完結できる業務は、地域の事業者を優先する条件を入れます」
「地方創生事業のようになってきましたね」
「地方創生を目的にはしません」
総務関係の担当者が、そこで言葉を挟んだ。
「異常空間があるという理由だけで、人が増え、雇用が生まれ、地域が潤うと説明するのは危険です。事故が起きれば、医療、道路、消防、住民対応まで自治体の負担になります」
「承知しています」
「観光資源として扱う自治体も出るでしょう」
「一般公開や見学事業は、今回の対象外です」
「それでも、探索者を目当てに人は来ます」
その指摘を否定する者はいなかった。
活動者が増えれば、宿泊客も増える。装備を売る店ができ、飲食店や運送業者にも金が落ちる。
同時に、騒音、違法駐車、立入禁止区域への侵入、配信者同士の揉め事も増える。
「企業参画を認めるなら、企業の活動だけでなく、その周辺に集まる人間への対策費も必要です」
「自治体側の受け入れ計画を、応募条件に含めます」
「自治体が歓迎していなければ、企業だけでは応募できない?」
「はい。国、自治体、参画企業の三者協定を前提とします」
企業だけが利益を得て、事故や住民対応を自治体へ押しつける形にはできない。
逆に、自治体が補助金だけを目的に企業を呼び、活動実態を持たない拠点を作ることも防ぐ必要があった。
資料には、企業側へ課す条件が示された。
正式五級二人以上の常勤配置。
仮五級の育成枠。
月間の最低活動日数。
活動記録と回収品記録の提出。
独立した五級が利用できる一般枠の確保。
緊急時における行政への協力。
三年以上の拠点維持。
契約期間内に撤退する場合の補助金返還。
「正式五級二人では、交代勤務が難しいのでは?」
「最低条件です。実際の活動計画では、四人以上を推奨します」
「推奨で足りますか」
「一律に四人を義務化すれば、小規模な地域企業が参加できなくなります」
「その結果、名義だけ二人置いて、実働は一人になる可能性があります」
「勤務記録と活動実績を確認します」
「書類はいくらでも作れます」
「だからといって、最初から大企業しか参加できない条件にはできません」
議論が止まった。
厳しくすれば、地方に来られる企業そのものが減る。
緩くすれば、補助だけを受け取る企業が出る。
どこか一か所で線を引けば解決する問題ではなかった。
「仮五級の育成について確認します」
制度担当者が言った。
「企業所属の仮五級だけを優先して正式登録へ進ませることは認められません。審査基準は全国共通です」
「活動機会が多ければ、結果的に企業所属者が有利になります」
「それ自体は避けられません」
「独立の仮五級にも育成枠を開放させるべきでは?」
資料作成者が頷いた。
「各拠点に、地域在住者向けの外部育成枠を設けます。企業は一定人数の受け入れを義務付けられます」
「費用は?」
「国が一部を補助し、残りを企業負担とします」
「企業にとって利益がない」
「育成した者を全員雇用する必要はありません。ですが、地域に正式五級が増えれば、企業側も同行者を確保しやすくなります」
「自社で育てた人間が、別の企業へ行く可能性もある」
「あります」
担当者は答えた。
「地域全体の活動基盤を作る制度です。一社の人材確保だけを目的にはできません」
企業側がその条件をどう受け取るかは、公募してみなければ分からない。
資料には参画に関心を示している企業の業種だけが記載され、社名は伏せられていた。
建設会社四社。医療・製薬関連三社。警備会社二社。物流会社二社。通信機器会社一社。映像配信関連一社。
「既に十三社ですか」
「正式な応募ではありません。事前の聞き取りで、条件次第では検討すると回答した企業です」
「対象が十二か所なら、一か所ずつ埋まる計算にはなりますね」
「そうはなりません」
担当者が地図を表示した。
企業側が関心を示した地点が、候補地の上に重ねられる。
十三社の希望は、三か所へ集中していた。
九州の一か所。北海道の一か所。中国地方の一か所。
いずれも道路状況が比較的良く、近隣に宿泊施設があり、内部で確認されている回収品にも研究上の価値が見込まれている。
残る九か所には、ほとんど希望がない。
「企業を呼ぶ制度を作っても、企業が来る場所は選ばれる」
地方自治体側の担当者が言った。
「はい」
資料作成者は否定しなかった。
「ですから、十二か所すべてを企業参画型にはしません」
画面上の候補地が、三つの区分へ分けられた。
企業参画型、四か所。
行政直営強化型、四か所。
複数自治体による広域共同型、四か所。
「三方式を同時に試験運用します。費用、活動日数、事故件数、正式五級の増加、地域雇用への影響を比較します」
「企業参画型の四か所は、企業の希望がある場所から選ぶ?」
「希望だけでは決めません。ただし、応募がなければ始められません」
「残りの八か所には、国が人員を出すのですか」
「行政直営型には予算と人員を追加します。広域共同型では、複数の自治体が車両、救護、管理職員を共同運用します」
「企業が来ない場所ほど、国の負担が大きくなる」
「元々、国と自治体だけで負担している場所です」
企業が来る地域を企業へ任せれば、その分だけ公的な人員と予算を、誰も来ない場所へ回せる。
企業参画は、行政が管理から撤退するための制度ではない。
民間で維持できる場所と、公的機関が残らなければならない場所を分けるための制度だった。
「企業へ認める優先枠について、もう一点」
警察庁側の担当者が言った。
「希少な回収品が確認された場合、優先枠を持つ企業が独占する可能性があります」
「未鑑定品と希少品は、優先枠の対象外とします」
「発見した企業が報告しなければ?」
「活動時の映像記録と回収品検査を義務付けます」
「映像が途切れたと言われた場合は?」
「繰り返せば活動停止です」
「一度なら見逃す?」
「機器故障と意図的な隠蔽を、規定だけで完全に区別することはできません」
担当者は、少し間を置いて続けた。
「ただし、企業は一度の回収品より、継続的な活動枠を失う方が大きな損失になる制度にします」
違反した時の罰則だけではない。
守った方が得になる仕組みにする。
それが、この案の前提だった。
「企業名の公表は?」
「採択後に行います。活動記録、補助額、事故件数、行政への協力実績も定期的に公表します」
「企業側は嫌がるでしょう」
「公費が入りますから」
「失敗した場合も?」
「失敗した場合こそ必要です」
会議室の正面に、試験制度の予定が表示された。
公募開始まで二か月。
選定と自治体協議に一か月。
準備期間を経て、早い場所では半年以内に活動開始。
試験期間は三年。
一年ごとに継続可否を審査する。
「三年は長くありませんか」
「拠点を作り、人を雇い、正式五級を育てる制度です。半年で成果を求めれば、短期的な回収量しか評価されなくなります」
「逆に、問題がある企業を三年間残すことにもなる」
「一年ごとに取消審査を行います」
反対意見がなくなったわけではない。
企業が異常空間を広告に使う可能性もある。所属探索者へ無理をさせ、回収量を競わせるかもしれない。自治体が企業誘致を優先し、安全確認を甘くする可能性もあった。
しかし、現在のままでは地方の活動者は増えない。
都市部で五級の人数が増えても、必要な場所へ自然に分散することはなかった。
「公募案を修正し、次回会議へ提出してください」
議長役の職員が言った。
「企業参画型は四か所を上限とする。独立探索者の一般枠、地域在住者の育成枠、撤退時の設備引き継ぎを必須条件に入れる。未鑑定品と希少品は優先利用の対象外です」
「承知しました」
「行政直営型と広域共同型についても、同じ評価項目を使ってください。成功例だけでなく、どの方式がどの条件で失敗したかを残します」
資料に、修正事項が書き込まれていく。
これで、予定されていた議題は一通り終わった。
地方自治体や各省庁から参加していた出席者が、順に席を立つ。資料の回収と端末の確認が始まり、会議室の扉が開かれた。
「本日の公開議題は以上です」
議長役の職員が告げた。
退出する者たちの中で、数人だけが動かなかった。
内閣府。
警察庁。
防衛省。
異常空間管理制度の担当者。
情報分析を担当する職員。
扉が閉じられる。
残った者の端末から、先ほどまでの資料が消えた。
画面に、新しい表題が表示される。
未申告異常空間への対応方針。
その下には、赤い文字で取り扱い区分が示されていた。
非公開。
「では、続けます」
先ほどまでとは別の職員が、資料を開いた。
「次は、まだ確認できていない異常空間ではありません」
画面に、複数の個人と団体を示す番号が並ぶ。
「誰かが既に見つけている可能性がある異常空間についてです」




