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寄生虫と行く現代ダンジョン  作者: 脳タリン


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第138話 人数だけなら

会議室正面の画面に、日本地図と一つの数字が表示されていた。


国内で確認された異常空間、二百六十六か所。


前回の集計から、新たに六十一か所が追加されている。


「増加速度は落ちています」


説明を担当する職員が、地図の横へ推移を表示した。


異常空間の存在が公表されて以降、各自治体は廃道、地下施設、使われていない建物、山林や河川設備の再調査を進めてきた。過去に寄せられた不審者情報や遭難報告、動物の異常行動に関する通報まで洗い直されている。


今回追加された六十一か所の多くも、そうして見つかったものだった。


「今後は新しく見つからなくなる、という意味ですか」


地方自治体側の出席者が尋ねた。


「いいえ。発見は続くと見ています」


職員は、画面を切り替えた。


「ただし、人の生活圏にあり、通常の巡回や通報で確認できる場所は、ほぼ調べ終えました。これまでと同じ方法で、同じ規模の追加確認が続く可能性は低いと考えています」


「残っているとすれば?」


「人がほとんど入らない場所です。深い山中、廃鉱、管理記録のない地下構造物、長期間閉鎖された私有施設などが考えられます」


説明が一度止まった。


「あるいは、既に誰かが存在を把握し、外部へ報告していない場所です」


何人かが手元の資料へ目を落とした。


その話題は、今回の公開議題には含まれていない。


画面には、確認済み二百六十六か所の現在の管理区分が表示された。


民間の五級登録者が活動可能な場所が百二十一か所。事前許可と正式五級の同行を必要とする場所が七十六か所。行政、警察、自衛隊などの調査に限定されている場所が四十三か所。危険性や構造上の問題から封鎖を継続している場所が二十六か所。


「続いて、五級登録者の状況です」


新しい数字が並んだ。


五級登録者総数、九千五百十人。


うち仮五級が七千六百十人、正式五級が千九百人。


過去三十日以内に一度以上活動した者は、七千二百九十一人。月に四日以上活動した者は五千八十四人。正式五級のうち、現在も継続的に現場へ出ている者は千五百四十二人だった。


「活動率は、当初の想定を大きく上回っています」


制度開始時には、登録だけして実地活動へ進まない者が相当数出ると考えられていた。


実際には違った。


異常空間へ入りたい。自分がどこまで通用するか試したい。未知の物を見つけたい。これまでの生活とは違う何かを掴みたい。


動機はそれぞれだったが、五級へ応募した者の多くは、登録後も継続して動いていた。


「確認済みの二百六十六か所に対し、直近の活動者は七千二百九十一人です」


制度担当者が資料を指した。


「単純に割れば、一か所当たり二十七人を超えます。正式五級に限定しても、活動中の者は千五百人以上です。人数だけで判断するなら、国内の異常空間をカバーできない規模ではありません」


「人数だけなら、でしょう」


警察庁の出席者が言った。


「はい。問題は分布です」


画面に表示された日本地図の一部が、濃い色へ変わった。


関東、近畿、中京圏。それに、民間活動用の設備が早期に整えられた異常空間の周辺。


活動者の多くが、その範囲へ集中している。


休日には申請枠が埋まり、抽選を行っている場所もある。正式五級を含む複数の互助組織が活動し、装備店、宿泊施設、医療機関も近い。交通機関を利用すれば、自家用車を持たない者でも参加できる。


一方で、地図上には色の薄い地点が点在していた。


「直近三十日間の活動者が五人未満の異常空間は、七十一か所あります」


画面の表示が追加された。


「正式五級が車で九十分以内に居住していない地点は四十二か所。平日に民間活動がほぼ行われていない地点は五十六か所。行政機関以外の活動実績がない地点も、十九か所残っています」


「登録住所を基準にして、その数字ですか」


「はい。実際に活動へ参加できるかは別です」


仕事、家庭、天候、道路状況。


地図上では近く見えても、山を迂回しなければならない場所がある。冬季には通行が難しくなる地域もあれば、船を使わなければならない場所もあった。


「都市部で余っている五級を、地方へ送ることはできないのですか」


「五級は公務員ではありません」


制度担当者が答えた。


「居住地や勤務先を国が指定することはできません。また、異常空間へ入ること自体を仕事にしている者は、まだ一部です」


「交通費と宿泊費を出せば、参加者は増えるでしょう」


別の出席者が提案した。


「短期的には増えます」


地方側の担当者が資料を閉じた。


「しかし、補助が出ている期間だけです。出張者を増やしても、地域に活動基盤は残りません」


地方の異常空間へ向かうには、移動費だけでなく、装備の輸送手段が必要になる。活動後に休める場所、負傷者を受け入れる医療機関、採取物を一時保管する施設も要る。


仮五級を参加させるなら、同行する正式五級も確保しなければならない。


一度だけ人を集めることと、継続して班を維持することは違う。


「五級の人数そのものは足りています」


制度担当者が言った。


「ですが、現在の制度は、本人が通える場所で活動することを前提にしています。人が少ない地域へ、必要な数だけ自然に移動する仕組みにはなっていません」


「配置命令を出せない以上、行く理由を作るしかない」


「その通りです」


経済産業側の出席者が、手元の端末を操作した。


画面に新しい資料名が表示される。


地方ダンジョンにおける企業参画優遇案。


「企業に管理を任せるということですか」


警察庁側から声が上がった。


「入口を企業へ渡す案ではありません」


資料の作成担当者が答えた。


「活動者の少ない地域に拠点を設け、五級を雇用し、装備、輸送、救護、宿泊まで継続して維持する企業に対し、一定の優遇を行います」


「企業が来るのは、利益が出る場所だけでは?」


「その点を含めて、制度設計が必要です」


表示された項目には、拠点整備費の補助、車両や救護設備への支援、地方で雇用した五級の人件費補助、税制上の措置、研究利用枠などが並んでいた。


その横には、企業側へ課す条件もある。


正式五級の常勤配置、仮五級の育成、活動記録の提出、独立した探索者の利用枠確保、緊急時の行政協力。


利益だけを得て、条件が悪くなれば撤退する企業を防ぐため、最低活動期間と撤退時の設備引き継ぎも検討対象になっていた。


「企業へ優先枠を与えれば、一般の五級から反発が出ます」


「専有は認めません。優先枠も、拠点維持に必要な範囲へ限定します」


「それでも、地方の異常空間を企業へ売る制度だと言われるでしょう」


「何もしなければ、地方の異常空間だけが行政負担として残ります」


会議室が静かになった。


都市部には人が集まる。


設備があり、仲間を見つけやすく、活動後の生活へ戻りやすいからだ。


地方に人が集まらないのも、熱意が足りないからではない。


同じ一日の活動に、何倍もの時間と費用がかかる。


「試験対象を絞ります」


担当者が資料を進めた。


「活動者数、移動時間、救急搬送体制、自治体の受け入れ状況を基準に、候補地を選定します。企業参画型だけでなく、行政直営型、複数自治体による共同管理型も並行して比較します」


「何か所ですか」


「最初は十二か所を想定しています」


画面上の日本地図に、候補地点が表示された。


北海道、東北、中国、四国、九州。


大都市から離れ、現在の五級制度だけでは継続的な活動班を作りにくい場所が選ばれている。


「人数は足りている」


地方側の担当者が、先ほどの説明を繰り返した。


「その表現は、外へ出す資料では慎重に使ってください」


「承知しています」


制度担当者は地図を見た。


「足りているのは、全国を一つの場所として計算した時だけです」


画面には、七千人を超える活動者と、二百六十六か所の異常空間が表示されている。


数字だけを見れば、既に十分だった。


足りていないのは、地方で人が動き続ける理由だった。

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