第134話 撮影者も鍛える
亀山を守る方法について考えた時、最初に浮かんだのは互助会だった。
だが、すぐに無理があると気づいた。
互助会は護衛組織ではない。亀山を狙った人間がまだ残っているなら、近くに置くだけで槙野さんや他の会員まで巻き込む可能性がある。
警察や政府側へ保護を頼む方が筋は通っている。
それでも、保護だけでは足りない。
今回のように相手が先に動き、亀山が何も知らないまま囲まれた場合、護衛が間に合うとは限らなかった。
俺がいつも近くにいられるわけでもない。
なら、亀山自身が逃げられるようになるしかない。
『戸張さんから連絡をもらうのは珍しいですね』
電話越しの槙野さんは、少し警戒した声を出した。
「相談したいことがあります」
『亀山さんの件ですか』
ニュースや掲示板で大きく扱われている。俺と亀山が連絡を取っていることも、槙野さんには以前話していた。
「そうです」
『先に言っておきますが、互助会での護衛はできません』
予想していた返答だった。
『私たちは警備会社ではありません。亀山さんを受け入れれば、他の会員や活動場所まで狙われる可能性があります。本人には気の毒ですが、今の互助会で責任を持てる範囲を超えています』
「護衛を頼みたいわけじゃありません」
『では、何を?』
「亀山さんを強くしたいんです」
電話の向こうが静かになった。
『……もう一度お願いします』
「亀山さんに五級の仮登録を取ってもらって、低層で経験を積ませたいと思っています」
『誘拐未遂の被害者を、今度はダンジョンへ入れるんですか』
「本人が望めばです」
『まだ本人には話していない?』
「先に、互助会で協力できる可能性があるか確認したかったので」
槙野さんが息を吐く音が聞こえた。
『発想の順番がおかしい気もしますけど、理由は分かります。身体能力の変化を期待しているんですね』
「はい」
ダンジョンで活動を続けた人間には、筋力や持久力だけでは説明できない変化が出ている。
反応が速くなり、身体の扱いにも慣れていく。単純に鍛えただけでは到達しにくい変化を実感している探索者は、俺以外にもいた。
亀山が少し強くなったところで、武器を持った複数人を相手に勝てるとは思っていない。
それでも、囲まれる前に気づく。掴まれた手を振りほどく。数秒でも長く逃げる。
その差で助かる可能性はある。
『仮五級でも、管理された範囲なら実地経験は積めます。ただし、モンスターを集めて効率よく倒させるようなやり方は認められませんよ』
「低層で、一体ずつで構いません」
『同行者が周囲を警戒し、亀山さん本人に戦ってもらう。危険ならすぐ介入する。そういう新人支援なら、互助会の活動範囲には入ります』
「お願いできますか」
『本人が仮登録の審査を通って、警察や管理側から止められなければ、検討はできます』
すぐに引き受けるとは言わなかった。
亀山の存在が会員にとって危険になる可能性は消えていない。活動日時や場所を公表せず、参加者も限定する必要がある。
『それと、互助会へ入ってもらうとしても、保護対象として特別扱いするつもりはありません』
「その方がいいと思います」
『戸張さんは参加しますか』
「必要なら」
俺が同行すれば安全性は上がる。
だが、俺ばかりが亀山の近くにいれば、二人の関係を調べられる可能性も高くなる。
それに、亀山が必要としているのは俺一人に守られる環境ではない。
『まず本人へ話してください。亀山さんが嫌がるなら、そこで終わりです』
「分かりました」
通話を終え、そのまま亀山へ連絡した。
少し迷った末、文章で説明するより早いと思い、電話をかける。
『戸張さん?』
「今、話せますか」
『大丈夫です』
「今回のことで、今後どうするか決めましたか」
亀山はすぐには答えなかった。
『警察からは、しばらく一人で出歩かないように言われています。撮影も休んだ方がいいと』
「辞めるつもりですか」
『それは……まだ』
声の調子だけで、辞めるつもりがないことは分かった。
「五級の仮登録を取りませんか」
『はい?』
「ダンジョンに入って、戦闘経験を積むんです」
『すみません。話が飛びすぎていて』
「また同じことが起きた時、今より逃げやすくなるかもしれません」
説明しながら、槙野さんが黙った理由が少し分かった。
誘拐されかけた人間へ、モンスターと戦うことを勧めている。
普通の流れではない。
『探索者になるってことですか』
「仮登録からです。低層で、経験者に同行してもらいます」
『戸張さんが?』
「互助会へ相談しました」
『もう相談したんですか』
「協力できる可能性はあるそうです。ただ、亀山さんが望まなければ終わりです」
電話の向こうで、小さく笑う声がした。
『戸張さん、時々ものすごく行動が早いですね』
「嫌でしたか」
『いえ』
亀山の声が少し低くなった。
『俺も、何かしないといけないとは思ってました』
「戦いたいんですか」
『戦いたいわけじゃありません』
返答は早かった。
『あの時、本当に何もできなかったんです。相手が何人いるかも分からないまま連れていかれて、気づいた時にはもう逃げられなかった』
「はい」
『次も誰かが助けてくれるとは限りませんよね』
「そうですね」
『勝てなくてもいいです。せめて、逃げるために何かできるようになりたい』
それなら、俺が勧めた理由と同じだった。
「互助会へ入るなら、亀山さんにもできることはあると思います」
『撮影ですか』
「はい」
『それなら役に立てるかもしれません。配信向けの撮り方だけじゃなくて、証拠として残す時の撮影方法や、顔や位置情報を出さない編集も教えられます』
「槙野さんにも話してみてください」
『分かりました』
「あと、逃げる時はカメラを捨ててください」
『それ、俺が教える側の内容にも入れておきます』
数日後、亀山のチャンネルに新しい動画が投稿された。
題名は、飾り気のない『今後の活動について』だった。
動画の冒頭で、亀山は自宅と思われる部屋に座り、正面からカメラを見ていた。
『皆さん、ご心配をおかけしました。俺自身は怪我もなく、今は安全な場所で生活しています』
捜査中であるため、事件の詳細や助けた人物については話せないと続ける。
『しばらくは、これまでと同じやり方での撮影や配信は行いません。警察や関係者と相談しながら、活動方法を見直します』
そこで一度言葉を切った。
『その一環として、五級の仮登録を目指すことにしました』
コメント欄の反応は、投稿直後から急速に増えていった。
亀山生きてた
無事でよかった
まず休んでくれ
動画出せるくらいには戻ったのか
五級?
今、五級って言った?
活動方法を見直す←分かる
探索者になる←分からない
『探索の攻略を目的にするつもりはありません。撮影を続けるためにも、最低限、自分で危険から離れられるようになりたいと考えました』
亀山は、互助会から低層での動き方や装備、戦闘の基礎を教わる予定だと説明した。
代わりに、自分が持っている撮影や配信のノウハウを共有する。
互助会の活動を撮影する機会があれば、実際にカメラを持って同行する可能性もある。ただし、日時や場所の公開、生配信は当面行わない。
撮影者が鍛え始めた
亀山壊れる
実は脳筋の可能性
誘拐されたら困る←分かる
だから誘拐犯をボコボコに出来るようになる←どうしてそうなる
ボコボコにするとは言ってないだろ
逃げるためにモンスターと戦う男
考えが配信者じゃない
カメラマンが前衛になるな
前衛になるとは言ってない
でも戦うんだよな?
撮影機材で殴るのだけはやめろ
互助会に撮影教えるのは普通に助かりそう
探索動画は画面揺れすぎて何も見えないの多いからな
生き残る気が強い
それでいい
次はちゃんと逃げ切ってくれ
最後に亀山は、少し困ったように笑った。
『誘拐犯を倒すことが目的ではありません。逃げるためです』
その発言を切り抜いた短い動画が、元の動画より先に拡散され始める。
画面の下には、新しい字幕が付けられていた。
『逃げるためにモンスターを倒す男』
亀山は訂正のコメントを投稿したが、その下にはすぐ返信がついた。
『やっぱり考えが配信者じゃない』
本人の意図とは少し違う。
それでも、少なくとも以前のように、亀山を白い群体と結びつける話だけではなくなっていた。




