第133話 四人目の条件
スポンサー企業が用意した候補者一覧は、三十七人分あった。
グラントは会議室の端末を操作し、一人目の経歴を表示した。
元特殊部隊員。海外派遣経験あり。射撃、爆発物処理、近接戦闘の評価はいずれも高い。民間軍事会社を経て、現在は警備会社の訓練顧問。動画配信の登録者数まで記載されていた。
「強いな」
コールが言った。
「強い」
グラントも否定しなかった。
「じゃあ決まりか?」
「俺と役割が重なる」
候補者は戦闘員として優秀だった。だが、経歴の大半は、敵の位置がある程度分かっている状況での突入や制圧に関するものだった。
第四層で必要なのは、敵が現れてから勝てる人間ではない。壁の一部にしか見えない生物や、どこへ繋がっているか分からない亀裂へ、誰より先に気づける人間だった。
グラントは次の候補へ送った。
射撃競技の優勝者、人気サバイバル番組の出演者、砂漠地帯の長距離レースを完走した冒険家。それぞれの知名度や広告効果まで数値化されている。
「四人目じゃなくて、次の番組出演者を選ばされてる気分だな」
コールが端末を指で送った。
エレナは向かいの席で、候補者の医療情報と事故歴を確認している。
「スポンサーが費用を出す以上、宣伝効果を見るのは当然でしょう」
「分かってる。俺だってロゴはちゃんと映した」
「会見で企業に喧嘩を売りながら?」
「その映像も再生数は伸びたらしいぞ」
グラントは三人目の資料を閉じた。
「次」
「待て」
コールが自分の端末をこちらへ向けた。
日本で起きた誘拐未遂事件の記事が表示されている。中央には亀山の顔写真と、水門で撮影された白い群体の静止画が並んでいた。
「日本のあれがいたら即決だな。カメヤマ。ホワイトスウォームがありゃ、俺たちは敵なしだ」
エレナがゆっくり顔を上げた。
「誘拐されかけたばかりの人間を、勝手に候補者へ入れないで」
「誘うだけなら無料だ」
「白い群体を操れるという根拠もない」
グラントも端末から目を離さずに言った。
「本人は何度も否定している。俺たちが探しているのは斥候だ。正体不明の群れを連れた、斥候経験のない日本人じゃない」
「群れが先に敵を全部食えば、索敵する必要もなくなる」
「そうやって能力があると決めつけた人間が、あの人に三千万円の値札を付けたんでしょう」
エレナの声が冷たくなる。
「俺は金を払うとは言ってない」
「もっと悪い。無料で連れてくる気だったの?」
コールは記事を閉じた。
「冗談だよ」
「面白くない」
「一部は本気だった」
「次の候補を見ろ、コール」
グラントが言うと、コールは両手を上げた。
壁際に立っていた企業担当者は、三人のやり取りが終わるのを待ってから口を開いた。
「こちらで選定した上位候補は、今ご覧いただいた十二名です。全員、戦闘または過酷環境での活動経験があります」
「洞窟経験は?」
グラントが尋ねた。
「二名に限定的な経験があります」
「限定的というのは」
「訓練施設や観光洞窟での撮影、軍の地下施設での活動です」
「自然洞窟や廃坑での捜索経験は?」
担当者は手元の資料を確認した。
「上位候補にはいません」
「上位以外を見せてくれ」
「評価基準を満たしていない者も含まれます」
「その評価基準が、俺たちの欲しい人間と合っていない」
担当者は少し迷った後、候補者一覧の表示制限を解除した。
知名度や戦闘評価の低い人物が、一気に増える。
グラントは職歴の欄だけを見て、画面を送っていった。
十四人目で指を止める。
ケイレブ・ローク。三十六歳。
洞窟測量会社に十年勤務。閉鎖された鉱山の構造調査、地下水路の点検、崩落事故時の救助活動に参加。産業用ロープアクセスの最上位資格を持ち、民間鉱山救助隊での活動歴が六年ある。
射撃評価は平均。格闘評価は基準以下。配信活動なし。報道出演歴なし。
「これだ」
グラントが言った。
担当者が資料を覗き込む。
「ローク氏は戦闘試験の評価が高くありません」
「戦闘要員は三人いる」
「ダンジョンへの進入実績もありません」
「ほかの候補は?」
「登録された探索実績がある者もいます」
「第四層まで来た者はいない」
エレナがケイレブの医療記録を確認する。
「大きな持病はなし。肩を一度負傷してるけど、復帰後の活動に問題は出ていない」
コールも資料を開いた。
「写真が怖いな」
「選考項目に笑顔はない」
「長時間一緒にいるんだぞ」
「あなたも候補者なら、写真で落ちていたと思う」
「俺の写真はスポンサー受けがいい」
企業担当者が咳払いをした。
「本人へ打診はできます。ただし、現在の報酬条件では応じない可能性があります。ローク氏は既に二社から、地下施設の安全顧問として契約を持ちかけられています」
「まず映像を見せたい」
グラントは第四層の記録を開いた。
「こちらが選ぶ前に、向こうにも判断させる」
ケイレブとの面談は、その日の午後に組まれた。
本人はオンラインではなく、車で二時間かけて直接現れた。
身長はグラントより少し低い。短く刈った黒髪には白いものが混じり始め、日に焼けた顔の左眉に古い傷が走っている。
会議室へ入っても三人へ握手を求めず、企業担当者から渡された端末を受け取った。
「第四層の映像を見てもらいたい」
グラントが言った。
「説明は?」
「先に見てくれ。何が問題だったと思うか聞きたい」
ケイレブは椅子へ座り、映像を再生した。
黒い槍で甲殻獣を倒す場面では止めなかった。三人がサンプルを採取し、分岐へ到着するまで、再生速度も変えずに見続ける。
コールが壁から伸びた尾に捕まる。
そこで初めて映像を止めた。
「もう一度、二十秒前から」
ケイレブは同じ場面を再生し、今度は速度を落とした。
分岐の手前で、グラントが右へライトを向ける。エレナも同じ方向を見る。最後尾のコールが一度だけ背後を確認し、それから二人へ近づく。
壁の亀裂から尾が伸びた。
「ここだ」
コールが言った。
「尾が出る前に何か見えたか?」
ケイレブは答えず、映像をさらに戻した。
分岐へ入る五秒前。
左側の壁にある細い亀裂。その下に溜まっていた砂が、わずかに外へ押し出されている。
「中から空気が出てる?」
エレナが画面へ身を寄せた。
「一度だけなら、気流かもしれない」
ケイレブは映像を一秒進めた。
砂がもう一度動く。
「二度目は、何かが奥で身体を動かした可能性が高い」
グラントは画面を見た。
言われてから確認しても、注意していなければ見落とす程度の変化だった。
「ほかには」
ケイレブは再生を続けた。
三人が甲殻獣の死体を離れ、緩やかな下り坂を進む。
「この地点で戻るべきだった」
「敵は出ていない」
コールが言った。
「敵の話はしていない」
ケイレブは床を指した。
「帰り道の目印がない。壁にも床にも、通過した痕跡を意図的に残していない。一本道だから必要ないと考えた?」
「その時点では」
グラントが答える。
「分岐が出た後、戻って印を付ける予定だった」
「負傷者が出てから?」
グラントは黙った。
「帰り道が分かっている時に印を付ける。分からなくなってからでは遅い」
ケイレブは次の場面へ進めた。
「ここも」
天井の細い亀裂から落ちた砂が、三人の通過後に止まっている。
「崩落の兆候か?」
「断定できない。ただ、上に空間がある。何かが移動したか、振動で砂が落ちた可能性もある。確認せずに下を通る理由はない」
映像をさらに戻す。
「ここでは右側から風が来ている。広い空間か別の通路に繋がっている。左側からは音がある。三人とも、その二つに注意を引かれた」
ケイレブはコールが襲われる直前で映像を止めた。
「分かりやすいものを見すぎて、近くの小さな変化を捨てている」
「随分言うな」
コールが腕を組んだ。
「面接だから、褒めてもらえると思っていた?」
「少しくらいは」
「黒い槍の使い方は上手かった」
「そこじゃない」
エレナが小さく息を吐いた。
「ほかにも見落としは?」
「この映像だけなら、確実に止める場所は四つ。確認を提案する場所は七つある」
企業担当者が驚いたように資料を見る。
「ロークさん。事前に映像をご覧になったことは?」
「公開部分だけです。この映像は初めて見た」
グラントはケイレブへ尋ねた。
「あの場にいたら、どうしていた」
「分岐の手前で止める。亀裂を確認し、帰路の目印を付けてから、音と風を別々に調べる」
「俺が先へ進むと言ったら?」
「理由を聞く」
「時間制限がある」
「時間が足りないなら戻る」
「スポンサーから、少しでも奥を確認しろと言われていたら?」
「スポンサーは地下にいない」
即答だった。
コールがわずかに笑った。
「気に入った」
「まだ早い」
エレナが言う。
ケイレブは端末を机へ置いた。
「私からも確認したい。指揮権は誰にある」
「現場では俺だ」
グラントが答えた。
「医療判断はエレナ。個別の専門判断は担当者を優先する」
「斥候が停止を求めた場合は?」
「理由を聞く」
「納得しなければ?」
「進むこともある」
「その時は、私は先頭へ出ない」
企業担当者が口を挟もうとしたが、グラントが手で制した。
「命令違反になるぞ」
「私を斥候として雇うなら、見えていない危険を無視して先へ進む命令には従えない。戦闘員として雇うなら、別の人間を探した方がいい」
反抗したいわけではない。自分の役割と、その責任を先に線引きしている。
「ダンジョンへ入った経験はないんだな」
「ない」
「映像と現場は違う」
「知っている。だから、この場で参加を決める気もない」
コールが眉を上げた。
「俺たちが試されてるのか?」
「お互いに」
ケイレブは三人を順に見た。
「私が地下で役に立つかは、映像だけでは分からない。あなたたちが斥候の停止判断を本当に尊重できるかも同じだ」
「どう確かめる」
「地上で一度、一緒に動く。未整備の洞窟か廃坑がいい。私が経路を決め、あなたたちは普段どおりに行動する」
「戦闘はないぞ」
コールが言った。
「戦闘が起きないように動く役割を探しているんじゃないのか?」
コールはグラントを見た。
「こいつ、俺より口が悪くないか?」
「内容は正しい」
「そこじゃない」
エレナは企業担当者へ向き直った。
「安全を確保できる場所を用意できますか」
「候補地を確認します。ただし、契約前の実地試験となるため、保険と責任範囲の調整が必要です」
「決まったら連絡を」
ケイレブが立ち上がろうとしたところで、グラントが呼び止めた。
「実地試験の後にも条件がある」
「まだあるのか」
「ダンジョンで戦ってもらう」
ケイレブの視線が、グラントからエレナ、コールへ移った。
「斥候として雇う話ではなかったのか?」
「斥候だからだ。俺たちより前へ出る人間が、敵に見つかった時に何もできないままでいいはずがない」
「銃は扱える。鉱山救助の訓練でも、危険動物への対処はしている」
「モンスターは別です」
エレナが言った。
「第四層の敵は、見つけただけで安全になる相手ではありません。不意を突かれても離脱できる体力と、反応できる速さが必要です」
「それを戦闘で身につける?」
「ダンジョンで戦闘を重ねた人間には、筋力や持久力だけでなく、反応や知覚にも変化が出ている」
グラントが続けた。
「お前の技術がどれだけ優れていても、身体が第四層へ追いついていなければ先頭には出せない。異常へ気づけても、避けられなければ死ぬ」
「低層から始めます」
エレナが言った。
「私たちが周囲を守る。ただし、モンスターを倒すのはあなたです。最初から無理な相手とは戦わせません」
ケイレブは腕を組んだ。
「私が洞窟の歩き方を教える代わりに、あなたたちはモンスターの倒し方を教える」
「そういうことだ」
「戦闘で知覚が上がれば、私を斥候として使いやすくなる」
「お前自身の生存率も上がる」
「合理的ではあるな」
ケイレブはしばらく考え、右手を差し出した。
「地上での試験を先にする。そこで互いに問題がなければ、低層へ入る」
「それでいい」
グラントが手を握った。
これで話はまとまった。
そう思ったところで、グラントが手を離しながら付け加えた。
「ああ、言い忘れていたが、銃は禁止だ」
ケイレブの動きが止まった。
「近接戦闘で鍛えることになるからな」
冗談を言っているのか確かめるように、ケイレブは三人の顔を順番に見た。
グラントは真顔だった。
エレナも否定しない。
コールは笑いを堪えるように口元を押さえていた。
正気を疑うケイレブの顔を見て、三人は揃って笑った。




