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寄生虫と行く現代ダンジョン  作者: 脳タリン


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第128話 伝えるべきこと


 川沿いまで戻ってから、俺は何度か背後を振り返った。

 二人が追ってくる気配はない。寄生体を通して感じていた遠い反応も少しずつ薄くなっている。警察署へ向かっているのだと思うことにして、スマートフォンを取り出した。

 亀山さんとのやり取りは、連絡先を交換した日のまま止まっている。食事へ誘った時の短い文面と、その後に送られてきた礼。たったそれだけの履歴を開き、入力欄へ指を置いた。

 会って話すべき内容だった。

 電話で済ませていい話でもない。それでも今の亀山さんの周囲に、誰の目があるか分からない。俺と会ったことを知られるだけでも、相手に新しい材料を渡す可能性がある。

 電話も安全とは限らないが、今から会いに行くよりは目立たない。

『今、一人ですか。電話で話したいことがあります』

 送信すると、一分も経たずに既読がついた。

『一人です。今なら大丈夫です』

 電話をかける。

 二度目の呼び出し音で繋がった。

「戸張さん」

「急にすみません」

「いえ。何か分かったんですか」

 声には疲れが残っていた。拉致されかけ、警察で事情を聞かれた直後なら当然だろう。

「事件のこともあります。でも、それより前から話すべきだったことです」

「前から」

「水門に出た、白い群体についてです」

 亀山さんの呼吸が止まった。電話の向こうから聞こえていた小さな生活音まで消える。

「……はい」

「あれは、亀山さんが操っているものじゃありません」

「それは、僕もずっと言っています」

「知っています。俺は亀山さんの言葉を信じているという意味で言っているんじゃない。操っていないと、俺は知っています」

「どうしてですか」

 ここで言葉を濁せば、結局また同じことを繰り返す。

 命を狙われた本人に、都合のいい部分だけを話すわけにはいかなかった。

「俺の身体の中に、白い寄生体がいます」

 自分の声だけが、妙にはっきりと聞こえた。

 亀山さんは何も言わない。切られたのかと思って画面を確認したが、通話は続いていた。

「水門へ行く前からいます。異常空間の中で、黒い殻の中にいた白いものが目から入りました。それからずっと、俺の神経や身体の動きに繋がっています」

「今も、身体の中に」

「います。人間みたいに会話はできませんが、俺が強く考えたことや、何かをしようとした意図が伝わることはあります。身体を動かすのを助けたり、傷を塞いだりもします」

 電話の向こうで、亀山さんが息を吸った。

「水門で亀山さんを助けた時にも、その力を使いました。俺だけの身体能力では間に合わなかった。寄生体は身体の一部を外へ出して、周囲のモンスターへ入り込むこともできます。救助の時に外へ出た一部が残り、水門にいた虫やモンスターを取り込みながら増えたものが、あの白い群体だと思います」

「戸張さんが、出したんですか」

「亀山さんを助けるために使いました。でも、あの群体を作ろうとして残したわけではありません。その頃は、外に残ったものを感じ取ることもできなかった。後になって、夢みたいな形で向こうの感覚が混ざるようになって、水門に何かが残っていると分かりました」

「今は操れるんですか」

「離れた場所からは無理です。普段、どこで何をしているのかも分かりません。近くで直接触れれば、ある程度の意図は伝えられると思います」

「元は、戸張さんの中にいるものと同じなんですね」

「同じです。ただ、今も全部が一つの頭で動いているのかは分かりません」

 亀山さんは黙った。

 ここまででも、すぐには飲み込めないだろう。

「じゃあ、僕を襲わなかったのは」

「俺が亀山さんを助ける対象として見ていた時の反応が、向こうにも残った可能性があります」

「記憶があるんですか」

「人間みたいな記憶ではありません。経験した時の反応や、意識の向きが残ることがあります。水門の群体が亀山さんをどう認識しているのかまでは、俺にも分かりません」

「僕を見ていたのも、そのせいですか」

「可能性はあります。でも、そこは断言できません」

「僕の命令を聞いていたわけじゃない」

「聞く理由がありません。あれは亀山さんの能力じゃない」

 ようやく、言うべきことを言えた気がした。

 亀山さんは公式の場でも何度も否定していた。呼べない。操っていない。現場で初めて見た。

 全部本当だった。

 事情を知っていた俺だけが、黙っていた。

「今まで言わなかったのは、知られたくなかったからです」

「国に、ですか」

「国だけじゃありません。身体の中に寄生体がいて、外へ広がったものまでいると知られたら、今までどおりには生活できないと思います」

 研究されるのか、監視されるのか、危険物として扱われるのかも分からない。少なくとも、正式五級として受付に並び、一般の調査員と同じ顔をしていられる話ではなかった。

「だから、亀山さんにも黙っていました」

「それを、どうして今」

「命の危険が出たからです」

 白い群体を操っているかもしれない。その可能性だけで、亀山さんには生きたまま三千万円という値段がついた。

 今回の五人が捕まっても、依頼を流した人間までは止まっていない。

「また狙われるかもしれません。何も知らないままでは、自分が何に巻き込まれているのかも分からない」

「だから話した」

「もっと早く話すべきだったと思います」

「直接会わなかったのは、見られるかもしれないからですか」

「はい。俺と亀山さんが会っているところを、誰が見ているか分かりません。電話も安全だとは思っていませんが、今はこっちの方がましだと判断しました」

「……そうですか」

「白い群体が注目されたことで、亀山さんは狙われました。元が俺の寄生体なら、今回のことにも俺は関係しています」

「それは違います」

 亀山さんの声が、初めて強くなった。

「水門で一度、今回でもう一度。僕は戸張さんに二回、命を助けられています」

「でも、白い群体がいなければ」

「最初の水門で、僕は死んでいたと思います」

 言葉を挟めなかった。

 巨大なスライムの中で、亀山さんの動きはほとんど止まっていた。俺があの場を通らなければ、助かっていた可能性は低い。

「今回も、戸張さんが気づかなければ車に乗せられていました。その先で何をされたかは、考えたくもありません」

「狙われるきっかけは、俺に関係するものです」

「僕をさらうと決めたのは、その人たちです」

 静かな声だったが、迷いはなかった。

「白い群体が現れたことと、それを見て人をさらおうとしたことは別です。僕を助けたことまで、悪かったことにしないでください」

 何か返さなければと思った。

 謝罪も、礼も、どちらも違う気がした。

「怖くないんですか」

「怖いです」

 答えは早かった。

「目から入った白い寄生体が、今も身体に繋がっている。外に残ったものが増えて、僕の知らないところで動いている。平気だとは言えません」

「そうですよね」

「でも、戸張さんが怖いかと聞かれたら、今は別です」

「別」

「名前も顔も知らなかった時から、僕を助けてくれた人です。今日も、僕が気づいていなかった相手から助けてくれた」

 亀山さんは、ゆっくりと言葉を選んでいた。

「寄生体について分からないことは怖いです。でも、その寄生体を持っている戸張さんが、僕を見捨てなかったことも知っています」

「俺にも分からないことが多いです」

「今の話で、それも分かりました」

 そこで亀山さんの声が少し低くなった。

「ただ、今まで黙っていたことには腹が立っています」

「すみません」

「僕が白いものを操っていると言われていた時も、事情を知っていたんですよね」

「知っていました」

「もっと早く聞きたかったです」

「はい」

 否定できることは何もなかった。

「でも、今話してくれたことには感謝しています」

 亀山さんは恐怖も不満も隠さず、その上で感謝を口にした。

「一つ、確認してもいいですか」

「はい」

「僕の身体にも、その寄生体がいる可能性はありますか」

「今のところ、その感覚はありません。同じものが近くにいれば、繋がりを感じることがあります。亀山さんの身体から何かが返ってきたことはないので、いる可能性は低いと思います」

「絶対ではないんですね」

「そこまでは言い切れません」

 亀山さんは小さく息を吐いた。

「分かりました。もし白い群体がまた近くに現れたら、どうすればいいですか」

「刺激せずに距離を取って、俺に連絡してください。すぐに止められる保証はありませんが、亀山さんよりは事情を知っています」

「戸張さんに連絡する」

「はい」

「分かりました」

 返事は短かった。

 少し間を置いてから、亀山さんがもう一度口を開いた。

「水門で僕を助けたのは、戸張さんですか。それとも、その寄生体ですか」

 すぐには答えられなかった。

 亀山さんを助けようと決めたのは俺だった。駆け出し、スライムの核を探し、引きずり出そうとした。

 その動きを支え、俺では届かない部分を補ったのは寄生体だ。

「助けようと決めたのは俺です。実際に助けたのは、両方です」

「それなら、二人に助けられたと思っておきます」

「二人」

「一人と一匹なのかもしれませんけど」

 笑い声にはならなかったが、張り詰めていたものが少し緩んだ。

「その数え方が正しいかも、俺には分かりません」

「本当に、分からないことが多いですね」

「はい」

「この話は、誰にも言いません」

「俺を庇う必要はないです」

「自分のためでもあります。知っていると分かれば、今度は別の理由で狙われるかもしれない。それに、助けてもらった人の秘密を、僕から話すつもりはありません」

 そこでようやく、言うべき言葉が見つかった。

「ありがとうございます」

「それは、僕の方です」

 亀山さんは静かに続けた。

「助けてくれたことも、今日話してくれたことも、ありがとうございます」

 通話を終えた後も、しばらくスマートフォンを耳に当てたまま立っていた。

 川の音が戻ってくる。遠くを走る車の音も聞こえた。

 寄生体について話したことで、秘密が軽くなったとは思わない。知っている人間が一人増え、漏れる危険も増えた。

 それでも、亀山さんが何も知らないまま狙われ続ける状態は終わった。

 暗渠の場所も、そこで何をしているかも話していない。俺が持っている力の全てを伝えたわけでもない。

 水門の白い群体が何なのか。なぜ俺が亀山さんの無関係を断言できるのか。今回、伝えるべきだったのはそこだ。

 連絡先の画面には、亀山さんの名前が残っている。

 会って話せない関係のまま、隠さず話せることが一つ増えた。

 今は、それでよかった。


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