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寄生虫と行く現代ダンジョン  作者: 脳タリン


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第129話 知った後

 電話が切れた後も、亀山はしばらくスマートフォンを耳に当てたまま動けなかった。


 通話終了の表示が消え、画面が暗くなる。そこに映った自分の顔を見て、ようやく腕を下ろした。


 部屋は静かだった。カーテンは閉めている。玄関の鍵も確認した。窓の外から聞こえる車の音に耳を澄ませても、自宅の近くで停まった様子はない。


 一人だと戸張へ答えた時にも確認したはずなのに、もう一度、玄関まで歩いた。


 ドアスコープを覗く。


 共用廊下には誰もいなかった。


「白い寄生体……」


 口にすると、電話で聞いた時よりも現実味がなくなった。


 異常空間の中で目から入った寄生体は、今も戸張の神経や身体に繋がり、傷を塞いで動きを補っている。身体の外へ出てモンスターにも入り込み、水門に残った一部が増えたものが、あの白い群体だという。


 聞いた内容を頭の中で整理しようとするほど、背中が痒くなった。


 亀山は無意識に首筋を掻いた。次に腕を見て、皮膚の下に何かが動いていないか確かめる。


 何もない。


 鏡の前へ立ち、目を覗き込む。白目にも瞳にも、以前と変わったところは見つからなかった。


 戸張は、亀山の中に同じものがいる感覚はないと言った。


 絶対ではないとも言った。


「そりゃ、怖いよな……」


 誰に言い訳するでもなく呟いた。


 戸張本人が怖いのか。


 体内にいる寄生体が怖いのか。


 水門で増えた白い群体が怖いのか。


 まだ分けて考えられなかった。


 ただ、戸張が今の話を隠したままでも困らなかったことは分かる。


 亀山は既に、戸張が水門で自分を助けた人物だと知っていた。白い群体の正体まで明かさなくても、恩人としての関係は保てたはずだ。


 それでも戸張は、自分の身体に何がいるのかまで話した。


 亀山が再び狙われる可能性を考えたからだ。


 スマートフォンを持ったまま机へ戻り、椅子に腰を下ろす。


 パソコンの画面には、途中まで確認していた映像編集ソフトが開いたままだった。今日の件が起きる前に作業していたもので、今すぐ提出する必要はない。


 亀山は新しいウィンドウを開き、水門で撮影された映像を保存しているフォルダを選んだ。


 自分が最初に救出された場面は残っていない。


 戸張が記録カードを壊したからだ。


 以前は、その事実を思い出すたびに複雑な気持ちになった。命を助けてもらったことには感謝している。だが、何が起きたのかを確認できる記録も、一緒に失われた。


 今は、その理由が少しだけ違って見えた。


 映っていたのは戸張の顔だけではなかったのかもしれない。


 人間の身体では説明できない動きや、白いものが身体から出る様子まで記録されていた可能性がある。


 あの場で戸張がカードを壊したことを、責める気にはなれなかった。


 亀山は別の日に撮られた映像を開いた。


 水門内を進む隊列。その後方を撮っていたカメラが揺れ、画面の端からモンスターが飛び出す。続いて、白っぽい小さな影が床を走った。


 映像を一時停止する。


 白い影は、画面の中で輪郭を崩していた。虫にも見えるし、細長い小動物にも見える。再生速度を落として確認しても、どこから現れたのかは分からない。


 その後、白いものは襲いかかったモンスターへまとわりつき、動きを止める。


 撮影していた人間が転び、画面が傾く。


 そこから先は何度も見た。


 白いものは追撃してこない。倒れた人間にも近づかず、少し離れた場所にいた亀山の方向へ身体を向ける。


 当時、この動きが問題になった。


 亀山の指示を待っている。


 亀山を主と認識している。


 亀山が隠れて操っている。


 映像を見た人間は、好きな説明をつけた。


 亀山自身も、なぜ自分の方を見たのか分からなかった。


 今も答えは出ていない。


 ただ、戸張から聞いた話を当てはめれば、別の可能性は見える。


 戸張が水門で自分を助けた時の反応が、白い群体に残っている。


 命令を待っていたのではなく、以前に助けた対象を確認していた。


 そう考えれば辻褄は合う。


 考えれば、というだけだった。


 戸張も断言しなかった。


 亀山は映像を数秒戻し、もう一度再生した。白いものがモンスターへ飛びついて動きを止め、そのまま亀山の方へ身体を向ける。


 何度見ても同じ映像だった。


 けれど、自分が操っているようにはもう見えなかった。


 むしろ、あれが何を基準に動いているのか分からないことの方が、以前よりはっきりした。


 戸張にも完全には分からない。


 体内にいる寄生体と意思疎通ができるわけではなく、水門に残った群体へ遠くから命令もできない。


 それでも戸張は、白い群体が自分と関係していることを認めた。


「ずっと知ってたんですよね」


 止まった画面へ向かって言った。


 腹が立っている。


 自分が嘘をついていると思われ、呼べるなら呼んでみろと迫られ、能力を隠しているのではないかと疑われていた時も、戸張は事情を知っていた。


 話せない理由があったことは分かる。


 分かることと、納得できることは同じではなかった。


 亀山は椅子の背もたれへ身体を預けた。


 戸張に助けられたことも事実だった。


 最初の水門で、戸張が来なければ死んでいた。


 今日も、戸張が尾行に気づかなければ、あの車へ乗せられていたかもしれない。


 生きたまま三千万円。


 自分につけられた金額を思い出し、胃の奥が重くなる。


 戸張が白い群体を残したから狙われた。


 その考え方をすれば、戸張にも原因の一部を押しつけられる。


 だが、白い群体がいなければ、そもそも水門で助かっていなかった可能性が高い。


 戸張は一度助けた人間が、その後で自分に関係するもののせいで狙われたと知り、もう一度助けた。


 そこまでを一つにして責める気にはなれなかった。


 亀山は映像を閉じ、デスクトップへ戻った。


 電話の最後に、自分は誰にも言わないと約束した。


 勢いで口にしたつもりはない。


 それでも、本当にそれでいいのかは考える必要があった。


 戸張の話を誰かへ伝えれば、自分へ向けられている疑いが薄くなるかもしれない。


 白い群体は亀山の能力ではない。


 本当の関係者は別にいる。


 その事実だけでも、今後の扱いは変わる可能性がある。


 代わりに、戸張が調べられる。


 体内の寄生体について説明を求められ、今までどおりの生活ができなくなる。


 戸張が恐れているのは、おそらくそれだけではない。


 寄生体を危険と判断されれば、本人の意思と関係なく隔離される可能性もある。


 亀山は自分の疑いを軽くするために、その情報を使う場面を想像した。


 できなかった。


 恩があるからだけではない。


 戸張は、亀山が白い群体を操っているという噂を根拠に、警戒して離れたわけではなかった。事実を確かめ、亀山本人が何をしているかを見ていた。


 同じように考えるなら、寄生体がいるという一点だけで戸張を危険な人間と決めることはできない。


 怖さは残る。


 信用できる部分と、まだ分からない部分もある。


 それで十分だった。


 全部を信じる必要はない。


 今知っていることを、今知っている範囲で判断すればいい。


 亀山はスマートフォンを手に取り、戸張との通話履歴を開いた。


 礼を送ろうとして、やめた。


 電話の中で既に伝えている。何度も繰り返せば、戸張はまた自分が原因だと考えるかもしれない。


 代わりに、連絡先の登録名を確認した。


 戸張透。


 以前は、水門で自分を助けた正体不明の人物だった。


 今は、身体の中に白い寄生体を抱えたまま、それでも二度自分を助けた人間だった。


 どちらか一方だけが本当なのではない。


 両方とも戸張なのだろう。


 亀山はスマートフォンを伏せ、止めていた映像をもう一度開いた。


 画面の中で、白いものがこちらを向いている。


 以前は、その視線に理由を求め続けていた。


 今は答えが一つに決まらないことも分かっている。


 それでも、あの時に襲われなかったことだけは確かだった。


 亀山は映像を閉じた。


 誰にも話さない。


 電話の中で口にした判断は、考え直した後も変わらなかった。

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