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寄生虫と行く現代ダンジョン  作者: 脳タリン


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125/420

第125話 現在の後悔


 ちょろい依頼に、ちょろい獲物。第一印象はその程度だった。


 薄暗いダンジョンの通路を、一人の男が歩いている。年は三十前後で、体つきこそ悪くないものの、鍛え上げられた探索者には見えなかった。周囲を警戒しているつもりらしいが、足取りには隙があり、こちらから見れば素人同然だった。


 目立つ武器を持っていない一方で、装備だけは妙に良い。ライト、外套、靴、腰回りの道具まで、どれも安物ではない。未発見区域へ一人で入り込む馬鹿にしては、ずいぶん金をかけていた。


 あれを剥ぐだけでも十分な稼ぎになる。依頼主から受け取る報酬に男の装備を加え、持ち物から核でも出てくれば、これ以上ない仕事だった。


 笑いを噛み殺しながら隣の仲間へ視線を送り、依頼の内容を頭の中でなぞる。あの男を捕まえろ。抵抗するなら多少壊しても構わず、殺すなとも言われていない。


 通路の奥にいる男は、こちらへ背を向けたままだった。存在に気づいていないのか、気づいていても対処できないのかは分からないが、どちらでも結果は変わらない。


「一人だ。やれ」


 仲間が男の背後へ踏み込んだ直後、何の前触れもなく前のめりに倒れた。


 何かに足を取られたのだと思ったが、床には石も段差もなく、罠らしいものも見当たらない。ただ湿った地面が、男の足元まで続いているだけだった。


(何やってんだ、この間抜けは!)


 内心で罵倒しながら前へ出て、倒れた仲間の横を通り過ぎようとした瞬間、俺の足も不自然に引っかかった。足首を掴まれたような感触があったものの、そこには何も見えない。


 床すれすれの高さに、目では捉えられない何かが張り巡らされている。古典的な罠に引っかかった可能性を考えたが、直前まで通路を見ていた以上、糸や縄があれば気づいていたはずだった。


 答えを探している間に、倒れた仲間の顔の横を小さな影が走り抜けた。どこにでもいそうな、痩せた灰色のネズミだった。


 ネズミはためらいもなく仲間の首筋へ飛びついた。


「っ、あああああああ!?」


 悲鳴が途中で途切れた。噛まれた傷は小さく、血もほとんど出ていない。それなのに仲間の身体は不自然に跳ね、指を硬直させたまま、恐怖に見開かれた目だけを動かしていた。


「おい、どうした! 何をされた!」


「わっ、分かんねえ! 多分、噛まれた!」


 仲間は生きており、意識もあった。ただ、身体を動かせなくなっている。


 背筋に冷たいものが走った。俺たちはダンジョンの中で何度も魔物を見てきたし、噛まれた奴や斬られた奴、毒を受けた奴も知っている。しかし、これは傷の大きさと起きている結果が釣り合っていなかった。


 焦りを押し殺して仲間へ手を伸ばした瞬間、指先に鋭い痛みが走った。


「いてっ!」


 いつの間にか、あのネズミが指へ噛みついていた。蹴れば潰せるほど小さく、踏みつければそれで終わるような生き物にしか見えない。


 ネズミがこちらを見上げた気がした直後、足首に冷たい感触が走った。反射的に振り払おうとしたが、その前に膝から力が抜け、足が自分のものではなくなったように崩れ落ちた。


 傾いた視界の中で、男がこちらへ一歩だけ近づいてくる。男自身は何もしていないはずなのに、俺たちはすでに抵抗する力を失っていた。


 床を這う小さな影がゆっくりと近づき、首筋へ触れた。次の瞬間、皮膚の下へ冷たいものが潜り込む。


 痛みよりも恐怖の方が強かった。首筋から肩へ、肩から背中へと何かが這い、身体の奥へ広がっていく。血管を通っているのか、筋肉や神経の間へ入り込んでいるのかも分からず、自分の内側を異物に探られている感覚だけが鮮明に残った。


 声を出そうとしても喉は動かず、逃げようとしても指先ひとつ動かせない。かろうじて動いた視線が、男の背後へ向いた。


 ライトの光が届ききらない通路の奥で、壁そのものが揺れているように見えた。目を凝らすと、床にも天井にも、壁際の瓦礫にも小さな影が潜んでいる。


 ネズミや虫、何かの幼体らしき、名前も分からない生き物たちが、音を立てずに男の周囲へ集まっていた。それらは鳴きも威嚇もせず、ただ一斉にこちらを向いている。


 無数の目に見られている感覚とは違った。無数の身体を通じて、たった一つの意思がこちらを観察している。


 そこでようやく、自分たちが何を間違えたのか理解した。


 俺たちは男を襲ったつもりでいたが、最初から踏み込んではいけない場所へ入っていた。ここは単なる通路でも、男だけの縄張りでもない。男を中心に広がる、何かの巣だった。


 なぜこんな依頼を受け、あの男を簡単な獲物だと決めつけたのか。装備を奪えば儲かるなどと考えた自分への後悔が、言葉にならないまま喉の奥へ沈んでいく。


 男がさらに近づくと、その背後に集まっていた無数の影も一斉に動き始めた。


 この先、自分がどうなるのかを確かめる必要はなかった。答えを知る前に、身体の奥へ入り込んだ何かが、ゆっくりと動き始めた。


 


「・・・う~わ、どうすんだよこれ」

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