表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
寄生虫と行く現代ダンジョン  作者: 脳タリン


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

122/430

第122話 連絡先

 訓練自体は、特に問題なく終了した。


 参加者は何度か隊列を組み替え、負傷者役を担架へ乗せ、職員の合図に従って撤退経路を確認した。途中で敵性生物を模した標的が配置されたが、戦闘訓練というより、接触した際に誰が前へ出て、誰が周囲を確認し、どの段階で引き返すかを確かめる内容だった。


 戸張も他の参加者と同じ指示を受けた。


 自分だけ先へ進みすぎないように歩幅を合わせ、持ち上げられる重量よりも、周囲と同じ力で担架を支える。標的への対応でも、倒せるかではなく、隊列を崩さず後退できるかを優先した。


 項目が終わるたび、協力枠の担当職員から短い聞き取りを受けた。


「負傷者役を中央へ入れるまで、少し時間がかかったように見えました」


「後ろの人まで指示が届いていなかったと思います。前の二人は動いていましたけど、後ろはどちらへ寄ればいいのか分かっていませんでした」


「合図の問題ですか」


「合図だけではなく、誰の指示を優先するかを最初に決めた方がいいかもしれません。全員が声を出すと、余計に止まります」


 戸張が答えると、職員は手元の用紙へ書き込んだ。


 期待されていたのは、戦い方を教えることではないらしい。


 自分には簡単でも、他の参加者が同じように動けるとは限らない。逆に、戸張が意識せず処理していることを、順序として分けなければならない場合もある。


 亀山も記録担当として最後まで参加していた。


 撮影機材を構えながら隊列の後方を歩き、職員の指示に従って位置を変える。開始前より顔色がよくなったわけではないが、途中で抜けることも、動けなくなることもなかった。


 白い群体が現れることもなかった。


 訓練終了が告げられると、張り詰めていた空気が緩んだ。


 貸与品を返却し、最後の確認を終えた参加者から順に帰り始める。戸張は追加の聞き取りを済ませ、集合場所の外へ出た。


 少し先で、亀山が一人で荷物をまとめていた。


 開始前に交わしたやり取りについて、訓練中は一度も触れていない。視線が合うことはあったが、互いに何も知らない参加者として振る舞った。


 このまま別れてもよかった。


 必要になれば、亀山の方から声をかけるだろう。


 そう考えたが、朝から見ていた顔色を思い出す。まだ大丈夫だと言った人間を、何も食べさせずに帰すのも落ち着かなかった。


「亀山さん」


 呼びかけると、亀山が振り返った。


 一瞬だけ緊張した顔になり、すぐに周囲を確認する。その反応を見て、戸張は声を少し落とした。


「この後、時間ありますか」


「ああ、はい。特には」


「何か食べて帰りませんか」


 亀山は目を瞬かせた。


「食事、ですか」


「嫌なら無理にとは言いませんけど」


「いえ、嫌ではないです。ちょっと、もっと別の話をされるのかと思って」


「別の話は、ここではしません」


「ですよね」


 亀山は小さく息を吐き、ようやく少し笑った。


「じゃあ、お願いします」


 駅へ向かう途中にあったファミリーレストランへ入り、二人は通路から少し離れた席へ座った。


 亀山はメニューを開いたまま、しばらく同じページを見ていた。


「食欲ありませんか」


「いや、あります。あると思います。ただ、最近は食べる時間がかなりずれてて」


「今日は何か食べました?」


「朝に、ゼリー飲料を一本」


「それだけですか」


「訓練中に倒れなかったので、結果的には足りてました」


「足りてないと思います」


 戸張が言うと、亀山は反論せず、定食のページへ視線を移した。


 二人とも注文を終えると、最初に話し始めたのは亀山だった。


「さっきは、ありがとうございました」


「何もしてませんよ」


「それでもです」


 亀山はテーブルの端へ視線を落とした。


「あの時の人が本当にいたんだって分かっただけで、かなり違いました。最近、自分でもどこまでが事実で、どこからが周りに言われ続けてそう思ってるだけなのか、分からなくなる時があったので」


 あの日、水門で救助されたことを、亀山は誰にも話していない。


 政府にも、警察にも、配信の視聴者にもだ。


 一人で入り、一人で戻り、その後に通報した。それが亀山自身の説明であり、現在残っている記録でもある。


 戸張は声を抑えた。


「俺のことを話さなかった理由を聞いてもいいですか」


「言わないと約束したので」


「直接、約束はしてません」


「俺が勝手に言っただけでしたね」


 亀山は苦笑した。


「でも、あの場で黙ってたじゃないですか。否定もしなかった。顔も隠してたし、記録も壊した。知られたくないことくらいは分かりました」


「それで、ずっと?」


「一度話したら、たぶん止まらなかったと思います。助けてくれた人がいたと言えば、どんな人だった、何をした、どこへ行ったって聞かれる。分からないと答えても、似た人を探そうとする人は出ます」


 そのとおりだった。


「それに、助けてもらったのに、後から人を連れて探しに行くのも違うでしょう」


 亀山はそれ以上を当然のことのように言った。


 自分が能力者だと疑われ、白い群体との関係を否定しても信じてもらえず、追い詰められている今でさえ、その秘密を利用しなかった。


「ありがとうございます」


 戸張が言うと、亀山は少し戸惑った。


「そちらからお礼を言われると、変な感じですね」


「言われて当然のことをしてもらっています」


「俺は言わなかっただけです」


「それができる人ばかりではないので」


 料理が運ばれてきた。


 亀山は最初こそ箸の進みが遅かったが、何口か食べるうちに速度が戻っていった。


「最近は、ずっとあんな感じなんですか」


「顔ですか」


「はい」


「もっとひどい日もあります」


 亀山は冗談にしようとして、うまく笑えなかった。


「配信はかなり減らしました。取材も、ほとんど断ってます。否定しても隠してると言われるし、何も言わないと肯定したことにされるので」


「眠れていないように見えました」


「寝ようとすると、通知を見てなくても鳴った気がするんですよ。電源を切っても、今度は何か大事な連絡を見落としてるんじゃないかって気になる」


 戸張には、その感覚を完全には想像できなかった。


 自分にも隠していることは多い。だが戸張の場合、世間はまだ、その秘密が存在することすら知らない。


 亀山は何も持っていないのに、持っていると決めつけられていた。


「活動をやめるつもりはないんですか」


「考えました」


 亀山は味噌汁へ口をつけてから答えた。


「でも、完全に引っ込んだら、それも逃げたとか、何か準備してるとか言われそうで。それ以前に、虫とか生き物を撮ることまでやめたら、本当に今の騒ぎしか残らない気がするんです」


「今後は、どうするつもりです?」


「生配信は減らします。撮ったものを確認してから出す形に戻します。異常空間に関わる仕事も、断るものは断る。自分で中止を決められない仕事は受けません」


 訓練へ来たのも、その一つらしい。


 完全に離れるのではなく、自分で関わり方を決め直すために参加した。


「何もしないでいれば収まると思ってたんですけどね」


 亀山は箸を置き、疲れた笑いを浮かべた。


「何もしない間に、俺の設定だけ増えていって」


 戸張も少し笑った。


「笑い事じゃないんですけど」


「すみません。言い方が上手かったので」


「最近、掲示板を見ると、俺が群体に命令を出す方法まで考察されてますよ。指の動きだとか、声の高さだとか」


「実際には?」


「何もしてません。できません。できるなら、まず二度と人前に出るなって命令します」


 戸張は知っている。


 亀山の言葉が事実であることを。


「俺は、亀山さんが操っていないことを信じます」


 亀山の動きが止まった。


「そこまで言い切れるんですか」


「少なくとも、今まで嘘をついていた人には見えないので」


 本当の理由は話せない。


 水門に残った白い寄生体が、自分の中の寄生体と接触し、情報を共有した。その存在が亀山の命令に従っていたわけではないことも、戸張には分かっている。


 亀山はしばらく戸張を見た後、小さく頭を下げた。


「ありがとうございます」


 その声は、開始前より少しだけ楽そうだった。


「そういえば、俺が参加している互助会があるんですが」


「互助会?」


「正式登録者や仮登録者が、情報交換をしている集まりです。装備や制度の話もしますし、困ったことがあれば相談もできます」


「探索者の集まりですよね。俺、記録担当ですけど」


「そこは確認が必要です。ただ、今日みたいな訓練に参加する立場なら、話を聞ける場くらいは用意してもらえるかもしれません」


 亀山は少し考え込んだ。


「俺みたいなのが入ると、迷惑になりませんか」


「迷惑かどうかを決めるのは、亀山さんではなく向こうです」


「それもそうですけど」


「少なくとも、事情を知らない人から勝手な能力を設定されるよりは、現場に入っている人と話す方がましだと思います」


「それは、かなりそうですね」


 すぐに加入を勧めるつもりはなかった。


 戸張自身も、槙野たちへ確認せず話を進めるわけにはいかない。ただ、亀山が一人で抱え込まずに済む場所の候補にはなる。


「一度、相談してみます」


「お願いします。無理なら無理で構いません」


「それだけでも助かります」


 食事を終える頃には、亀山の皿はきれいに空になっていた。


 会計を済ませ、店の外へ出る。


 日が落ち、道路沿いの看板や店の明かりが目立ち始めていた。


「詳しい話は、また別の方法にしましょう」


 戸張が言うと、亀山も頷いた。


「ここだと、誰が聞いてるか分かりませんからね」


「文章に残していいことと、残さない方がいいことも分けた方がいいと思います」


「メールなら、考えてから送れます。俺もその方が助かります、それにまだ伝えないといけない事もあるので」


 二人はスマートフォンを取り出し、連絡先を交換した。


 亀山の画面へ戸張の名前が表示される。


「戸張さん、だったんですね」


「そういえば、名乗ってませんでした」


「ようやく呼び方が分かりました」


「今まで何て呼んでたんですか」


「心の中では、顔の見えない人です」


「そのままですね」


「情報がなかったので」


 亀山が、今日初めて自然に笑った。


 駅まではそれほど遠くない。


 亀山は電車で帰ると言い、戸張とは途中で方向が分かれることになった。


「今日はありがとうございました」


「こちらこそ。互助会の件は、確認したら連絡します」


「お願いします」


 亀山が背を向け、駅の方へ歩き始める。


 戸張も反対方向へ足を向けた。


 数歩進んだところで、足を止める。


 理由を言葉にするより先に、違和感を拾っていた。


 ファミリーレストランの駐車場脇に、一人の男が立っている。


 服装は普通だった。片手にスマートフォンを持ち、画面を見ているように見える。待ち合わせをしていても不思議ではない。


 だが、亀山が店から出た直後に顔を上げた。


 亀山が歩き始めると、少し遅れて男も動く。


 同じ方向。


 偶然なら、それだけではおかしくない。


 戸張は男から視線を外し、道路沿いへ目を向けた。


 少し先に、白いハイエースが停まっている。


 店の駐車区画ではない。短時間の停車には向かない位置で、エンジンをかけたまま動かない。


 運転席に一人。


 後部にも、人影がある。


 男が亀山との距離を保ちながら、同じ角を曲がった。


 直後、白いハイエースのライトが点いた。


 車体がゆっくりと道路へ出る。


 偶然ではない。


 戸張は帰る方向へ向けていた足を止めた。


 交換したばかりの連絡先を開き、亀山の名前を表示する。


 だが、メッセージは送らなかった。


 今ここで亀山が振り返れば、男にも気づいたことが伝わる。


 戸張はスマートフォンをポケットへ戻した。


 男とハイエースの後を追った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ