第119話 有識者
結局、暗渠を出る前に五体のゴブリンへ寄生させた。
最初に捕らえた三体だけでは入口側へ回した時に奥が空くため、別の通路で二体を追加した。三体を入口に近い側へ、残る二体を一層の奥へ残し、以前と同じように互いを襲わず、他のゴブリンを近づけないよう意識を向けた。
どこまで正確に伝わったかは分からない。それでも、俺が出口へ向かう間に五体がそれぞれ別の方向へ散っていったことを考えれば、大きくは外していないのだろう。
覚悟を決めたからといって、気分がよくなるわけではなかった。
最後の一体へ白い糸が入り込み、立ち上がった時にはもう俺の動きを待っていた。殺さなかったことを慈悲だとは思えないし、一層の安全を守るためという理由で、やったことが変わるわけでもない。
ただ、今回は寄生体が勝手にやったとは思わなかった。
五体を選び、残す数を決め、使う場所を決めたのは俺だ。
自宅へ戻り、暗渠から持ち帰ったものを人目につかない場所へ片づけた頃には、外はすっかり暗くなっていた。机の上に置いていたスマートフォンを確認すると、未読の通知がいくつも並んでいる。
その中に、互助会からの一斉通知があった。
投稿者は槙野@準備会だった。
【槙野@準備会】
正式五級・五級仮登録者向けに、国が参加を推奨する訓練プログラムの試行案内が出ています。
参加は任意です。
内容は集団移動、戦闘、撤退判断、負傷者が出た場合の離脱、記録担当を含む隊列での行動、敵性生物と接触した際の進路確保など。
実地訓練を含みますが、管理済み区域で安全管理要員が同行するとのことです。
参加希望者は各自の登録窓口から申し込みをお願いします。
互助会としての一括申請ではありません。
その下には、すでに何件も返信がついていた。
【安全靴】
参加予定です。
一人で動くのと複数人で動くのでは全然違うので、こういうのは一度やっておきたいです。
【地図読み】
負傷者役とかも参加者がやるんですかね。
運ぶ側だけじゃなくて、運ばれる側の動きも知っておいた方がよさそう。
【二駅先】
仕事の都合がつけば参加します。
日程が複数あると助かります。
【草色ジャケット】
自分は今回は見学できるなら見学で。
前の件もあるので、いきなり実地はちょっと怖いです。
【槙野@準備会】
無理に実地へ参加する必要はありません。
見学枠と座学のみの参加について確認中です。
詳細が分かったら追記します。
内容はまともだった。
これまでの講習でも撤退や負傷者対応には触れていたが、実際に複数人で動く訓練は限られている。登録者が増えれば、知らない相手と一緒に異常空間へ入る場面も出てくる。全員が同じ動きを知っているだけでも、事故は減るだろう。
俺自身には必要ない、と考えかけてやめた。
戦えることと、他人と動けることは別だ。
短棒を持った登録者、自衛隊員、記録担当、戦えない同行者。その全員の位置を考えながら動いた経験はあるが、上手くできていたかと聞かれれば怪しい。俺一人なら避けられる攻撃でも、後ろに人がいれば同じ動きはできない。
参加しておいて損はなさそうだった。
互助会の通知を閉じると、その下に管理窓口からの個別通知があった。
件名は、訓練プログラムへの協力依頼。
同じ案内が重複して届いたのかと思いながら開く。
【異常空間活動者向け訓練プログラム試行への協力について】
このたび実施を予定している訓練プログラムについて、通常の参加者としての受講に加え、有識者・実地経験者協力枠として、訓練内容の検証及び終了後の意見聴取にご協力いただきたく、ご連絡いたしました。
これまでの活動記録、公式記録協力及び訓練検証への参加実績を踏まえ、民間調査員の立場から、動作の実行可能性、指示内容、装備及び安全管理上の問題についてご意見をいただくことを目的としています。
参加は任意です。
協力いただける場合は、下記の候補日から参加可能な日程を選択してください。
「有識者」
思わず、その部分を声に出した。
数時間前まで未申告のダンジョンへ入り、大蛇を倒し、ゴブリン五体の身体を奪って配置していた人間に、国が意見を求めている。
制度側が知らないことを全部並べれば、有識者より先に別の呼び方をされる気がする。
「実地経験者の方だよな」
誰に言い訳するでもなく呟き、文章を読み直す。
求められているのは、訓練を教えることではない。用意された動きを実際に試し、無理がないか確認してほしいという依頼だった。
以前参加した動作記録の延長と考えれば、不自然ではない。制度側は異常空間内での身体の変化を調べているし、水門での件以降、民間人を含めた隊列の組み方も見直している。
受ける利点はあった。
国が登録者へ何を教え、どの程度の動きを標準にしようとしているのかを知ることができる。自分の動きが一般の登録者からどれほど外れているのか、比較する機会にもなる。
今の俺は、暗渠へ入る前の俺よりさらに強くなっている。
力を隠すにしても、隠す基準が分からなければ調整できない。
それに、訓練内容へ意見を言えるなら、実際に危険だと思う部分を伝えることもできる。後ろから細かく指示される危険は、俺自身が経験していた。
断る理由はない。
候補日のうち最も早い日を選び、参加と意見聴取の両方に承諾する。
送信完了の表示を見ながら、少し前まで考えていたことを思い出した。
五体のゴブリンへ寄生させた直後に、有識者として国の訓練へ参加することになった。
表と裏の差が、そろそろ笑えなくなってきている。
亀山のもとへ通知が届いたのは、同じ日の夜だった。
差出人は異常空間対策担当。件名を見ただけで、開くまでに数分かかった。
最近は、異常空間に関係する通知が来るだけで身体が固くなる。
仕事の依頼なのか、事情確認なのか、また白い群体について何か聞かれるのか。内容を見る前からいくつもの可能性を考え、そのどれもが気持ちのいいものではなかった。
ようやく通知を開く。
【訓練プログラムへの参加及び意見聴取のお願い】
今後実施予定の異常空間活動者向け訓練プログラムにおいて、特別広報同行者・指定記録協力者として参加いただき、記録担当及び非戦闘員の立場からご意見をいただきたいと考えております。
訓練では、同行者を含む隊列での移動、撮影及び記録の中断判断、緊急時の撤退、戦闘可能者と非戦闘員の分離防止等を検証します。
実地参加、見学及び座学のみの参加を選択できます。
本依頼は任意であり、不参加による不利益はありません。
白い群体についての記載はなかった。
亀山に何かを命令させるとも、能力を確認するとも書かれていない。水門で起きた事故を踏まえ、記録担当の安全を見直すための依頼だった。
それでも、すぐに承諾することはできなかった。
参加すれば、また異常空間に近づくことになる。
自分が同行したことで白い群体が現れれば、今度こそ逃げられないかもしれない。現れなければ現れないで、隠している、出し惜しみしていると言われる可能性がある。
何をしても、他人は自分が能力者であることを前提に話を作る。
否定すれば隠していることになり、黙れば認めたことにされる。
一時は、何も発信しなければ騒ぎも収まると思っていた。だが、配信を控えても、過去の映像は消えなかった。切り抜きや検証動画が作られ、自分の知らないところで新しい設定が増えていった。
このまま関わらずにいれば、そのうち別の話題へ移るのかもしれない。
その可能性を何度も考えた。
けれど、亀山自身が何もしない間にも、自分が何者なのかは周囲に決められ続けていた。
群体を操る人間。
隠れた能力者。
政府が保護している秘密兵器。
どれも自分ではない。
亀山は通知を閉じ、しばらく暗くなった画面を見つめた。それからもう一度開く。
実地参加。
見学。
座学のみ。
三つの選択肢が並んでいる。
怖くないわけではなかった。
もう現場へ行きたくないという気持ちも残っている。水門で見たものを思い出せば、今でも眠れなくなる夜がある。
それでも、何も見ず、何も言わず、他人の作った話だけが増えていく状態に耐え続けることもできなかった。
「このままだと、駄目だ」
誰に聞かせるでもなく呟く。
亀山は実地参加の欄を選んだ。
一度指を止めた後、そのまま送信した。
画面に表示されたのは、受付を完了したという事務的な一文だけだった。
大きなことを決めた実感はなかった。
それでも、久しぶりに自分で一つ選んだ気がした。




