第115話 どうなってんだ、これ
「どうなってんだ、これ」
周囲に小人がいること自体は、少し前までと変わらない。陶器の仮面をつけた灰色の小人が、石造りの建物の前から路地の奥まで何十体も集まっている。
違うのは、誰も武器を持っていないことだった。
短槍も小盾も杖も、俺から少し離れた石畳の上へ積み重ねられている。そして武器を捨てた小人たちは、揃って俺へ頭を下げていた。膝をつく程度ではない。両手を地面につき、仮面が石畳へ触れそうなほど深く伏せている。
どう見ても、降伏の姿勢ではなかった。
きっかけは、一体の小人が建物から出てきたことだった。
入口の暗がりから姿を見せたそいつは、俺を見るなり短槍を足元へ置き、両手を上げた。最初は時間稼ぎか、建物の中へ誘い込むための罠だと思った。実際、この集落に入ってから散々似たような手を使われている。
ところが、そいつは俺が近づいても逃げなかった。それどころか仮面を外し、灰色の額を地面へつけた。
続いて二体、三体と建物から出てきた。路地や屋根の陰に隠れていた小人たちも姿を現し、同じように武器を捨てて伏せ始めた。
そこまでは、まだ分かる。罠を全部潰され、戦っても勝てないと悟ったのだろう。
分からなくなったのは、その後だった。
建物の奥から、大人の腰ほどしかない小さな個体が現れた。仮面も身体に対して大きく、両手で押さえなければずり落ちそうになっている。そいつが俺の前まで歩いてきて、周りを真似るように伏せた。
さらに同じくらいの大きさの個体が何体も出てくる。身体の曲がった個体や、他の小人に肩を借りて歩く個体まで混じっていた。
戦うために隠れていた連中ではない。
集落に住んでいる、子供や老人に近い個体なのだと思う。
それまで罠を警戒していた気持ちが、そこで急速に萎んだ。もちろん、見た目が子供だから安全だと決めつけるつもりはない。この場所では、子供に見えるものが毒を吐いても驚かない。
ただ、体内の寄生体も特に反応していなかった。
罠を前にした時の拒絶も、敵が潜んでいる時の警戒もない。俺の周りを取り囲む小人たちから、今すぐ攻撃される危険は感じていないらしい。
だからといって、これは何だ。
降伏なら、武器を捨てて動かなくなれば十分だろう。子供らしい個体まで連れてきて、一斉に平伏する必要はない。
試しに右手を上げてみた。
周囲の小人が、一斉にさらに深く頭を下げた。
「違う。そういう意味じゃない」
当然、通じている様子はない。
手を下ろすと、伏せていた一体が顔だけを上げた。俺の様子を窺い、恐る恐る身体を起こす。それを見た周囲の小人も、少し遅れて頭を上げた。
動きが揃いすぎていて、妙に居心地が悪い。
俺が一歩下がると、前列の小人たちが膝をついたまま一歩分近づいた。
「いや、来なくていい」
もう一歩下がろうとしてやめた。これ以上続けると、集落中を膝歩きで追いかけてくる光景を見ることになりそうだ。
前列にいた小さな個体が、両手で何かを差し出した。
手のひらほどの陶器人形だった。さっきまで襲ってきていた四本脚の人形を、ずっと単純にしたような形をしている。表面には指で押した跡が残り、脚の長さも揃っていない。
作ったのか。
受け取るべきか迷っていると、小さな個体は人形を石畳へ置き、また頭を下げた。
その動きを合図にしたように、別の小人たちも品物を運び始めた。黒い実の入った皿、青白く光る小石、細い骨を束ねたもの、蓋を布で縛った小壺。どれも俺の前へ置かれ、持ってきた本人はその場で平伏する。
「供え物か?」
口に出してから、余計に分からなくなった。
俺が何かしたとすれば、襲ってきた小人を殴り、罠を壊し、逃げた連中を追い回したくらいだ。崇められるようなことは何もしていない。
敵わない相手へ機嫌を取っているだけかもしれない。それなら理解はできる。
理解はできるが、子供が作ったらしい陶器人形まで差し出させる必要があるのか。
俺は足元の品々へ手を伸ばさなかった。危険がないとしても、正体の分からない食べ物や壺を持ち帰る気にはなれない。陶器人形だけは害がなさそうだったが、受け取ったら何かが決定的に変わる気がして触れられなかった。
周囲を見回すと、小人たちの中に一体だけ立っている個体がいた。
他より長い外套をまとい、仮面の額には青い石が三つ埋め込まれている。俺と目が合うと、そいつは胸の前で両手を重ね、ゆっくり頭を下げた。
それから背後の建物を指す。
「中に入れってことか?」
青い仮面の小人は、また頭を下げた。
建物と俺を交互に指し、今度は入口へ向かって歩き出す。数歩進んだところで振り返り、俺が動いていないのを見ると、もう一度頭を下げた。
少なくとも、案内しているつもりらしい。
俺を歓迎しているのか、厄介払いしたいのかは分からない。
寄生体から警告はない。先程までなら、それでも自分の感覚を優先していたと思う。だが今は、俺が見落としているものまで拾っているのは寄生体の方だ。
「分かったよ」
答えて、山刀を下げたまま歩き出す。
青い仮面の小人が身体を震わせた。喜んだようにも見えたが、単に怯えただけかもしれない。周囲にいた小人たちは左右へ分かれ、頭を下げたまま道を空けた。
その間を通る。
何十体もの小人から一斉に伏せられる経験など、今後も二度とないと思いたい。
石造りの建物は、集落に並ぶ住居よりも入口が高かった。それでも俺が頭を少し下げなければ通れない程度で、中へ入ると天井はさらに高くなった。
外から見た以上に奥行きがある。左右には太い石柱が並び、鉱石灯の青白い光が一定の間隔で灯っている。床には黒い布が敷かれ、その両脇へ陶器の仮面がいくつも並べられていた。
住居には見えない。
集会所か、神殿に近い場所なのだろう。
青い仮面の小人は黒い布の上を歩かず、端を進んでいく。俺もそれに倣いながら、壁へ目を向けた。
浅く彫られた模様が、建物の奥まで続いている。
最初は長い波線に見えた。ところどころに小さな人型が彫られ、その波線を囲むように伏せている。別の壁では、波線の先端に大きな口と二つの目が刻まれていた。
蛇か。
頭に浮かんだものの、断定はできない。胴体は柱を何本も跨ぐほど長く、周囲の小人と比べると、やけに大きく描かれている。
絵の中の小人たちは、それを崇めているようにも、襲われているようにも見えた。
「俺を崇めてたんじゃなくて、こいつに出す供え物ってことはないよな」
青い仮面は振り返らない。
冗談のつもりだったが、体内の寄生体からも何の反応もなかった。
建物の奥へ進むにつれ、ついてきていた小人の数が減っていった。入口では何十体もいたはずなのに、石柱を三つ過ぎた頃には十体ほどになり、さらに奥では青い仮面を含めて三体しか残っていない。
残った二体も、最後の石柱の前で足を止めた。
青い仮面だけが、さらに先へ進む。
そこには、建物の壁と見間違えるほど大きな石扉があった。
左右へ開く形らしく、中央に縦の切れ目が走っている。表面には、壁画と同じ長い生き物が彫られていた。大きく開いた口の前へ、小人たちが何かを運んでいる。
食べ物なのか、人なのかまでは分からない。
扉の前まで来ると、青い仮面の小人も足を止めた。
先ほどまでの落ち着いた動きが消え、肩が細かく震えている。俺へ一度頭を下げ、扉を指した。それから後ずさりし、床へ伏せる。
ここから先へは来ないらしい。
「なるほど」
何がなるほどなのか、自分でもよく分からない。
崇められていたのではなく、助けを求められているのかもしれない。あるいは、勝てない俺をもっと危険な何かへ差し出し、まとめて処理しようとしている可能性もある。
どちらにしても、進む先は同じだった。
石扉の隙間へ山刀を差し込もうとして、傷をつける必要もないかと思い直す。右手を扉へ当て、ゆっくり力を込めた。
重い音が建物全体へ響く。
石扉は抵抗したが、動かせないほどではなかった。隙間が少しずつ広がり、冷たい空気が内側から流れ出してくる。
その瞬間、体内の寄生体が強く縮んだ。
外で小人たちに囲まれていた時には一度もなかった、明確な警戒だった。
手を止める。
開いた隙間の向こうは暗い。鉱石灯の光も奥までは届かず、床の一部だけがぼんやりと見えている。
白いものが散らばっていた。
骨だ。
人間のものではない。細長い骨や、俺の腕より太い骨が、広い床の上へ無造作に積もっている。その間には、乾いた半透明の膜のようなものが何重にも残されていた。
脱皮した皮に見える。
寄生体の警戒がさらに強まった。
俺は石扉を押し、身体が通るだけの隙間を作った。青い仮面の小人は床へ額をつけたまま、こちらを見ようともしない。
中へ足を踏み入れる。
扉の向こうは、建物の大きさでは説明できないほど広かった。天井も壁も光の外にあり、足音だけが遠くへ反響していく。
暗闇の奥で、石が擦れる音がした。
何かが動いている。
ライトを向けると、最初に見えたのは壁だった。
黒く濡れたような表面に、俺の顔ほどもある鱗が重なっている。それがゆっくりと横へ流れ、壁ではなかったのだと気づいた。
光を上へ向ける。
長い胴体が骨の山を囲み、石柱よりも太い首が暗闇の中へ伸びていた。
さらに高い位置で、二つの眼が開いた。
大蛇が、ゆっくりと鎌首をもたげた。




