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寄生虫と行く現代ダンジョン  作者: 脳タリン


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第112話 俺だけの身体ではない

 石の椅子に座っていたものが、ゆっくりと立ち上がった。


 黒い長衣の裾が床を擦る。布の下に肉らしい厚みはなく、杖を握る指は乾いた骨に薄い皮が張りついているだけだった。頭部にも髪はなく、額の周囲を黒ずんだ金属の輪が覆っている。


 眼窩の奥では、紫色の光が揺れていた。


 どう見ても、リッチだ。


 ゲームや物語でしか知らない名前だが、他に呼びようがない。しかも、三層のボスらしき個体と取り巻きを、立ち上がる前にまとめて焼き払っている。


 寄生ゴブリンたちは俺の前に並び、残っていた白いキノコが肩や胸、脇腹へ薄い殻を作っていく。大柄な個体を中央に、山刀を持つ個体が右、その隣に二体。赤い小瓶を持つ個体だけは、俺のすぐ前にいた。


 リッチは何も言わない。


 杖を持ち上げもしなかった。


 それでも、左右の肩より少し高い位置に、青白い光が集まり始めた。細い電光が絡み合い、拳ほどの球になる。二つの雷球はリッチの動きに合わせるでもなく、その場に浮かび続けた。


 何か来る。


「散れ」


 寄生ゴブリンたちが左右へ分かれた直後、右側の雷球が白く弾けた。


 天井から落ちたように見えた電撃が、さっきまで大柄な個体が立っていた床を打つ。石が砕け、細かな破片が跳ねた。遅れて左側の球も光を強める。


 俺は前へ転がった。


 背後で轟音が鳴り、首筋の毛が逆立つ。直接受けてはいないのに、空気を伝った刺激で腕が痺れた。


 二つ同時ではない。右、左と順番に落ちた。


 顔を上げると、リッチが杖の先をこちらへ向けていた。紫炎ではない。杖の先に赤い光が集まり、握り拳より大きな火の球へ膨らんでいく。


「来るぞ!」


 火球が放たれた。


 速度は投げた石より少し遅い。それでも広間を横切るには十分だった。正面にいた寄生ゴブリンが横へ跳び、火球は背後の石柱へぶつかる。爆発とともに炎が広がり、柱の表面が黒く焦げた。


 一発で終わらない。


 杖の先には、次の赤い光がすでに集まっている。


 大柄な個体が床を蹴った。山刀持ちも反対側から走り、二方向からリッチへ接近する。残りの二体は俺の前に位置を取り、雷球を警戒しながら距離を詰めた。


 二発目の火球が大柄な個体へ飛ぶ。白い殻の残る肩を前へ出して受けるつもりらしい。


「避けろ!」


 声を出したが、間に合わなかった。


 火球が肩へ衝突し、白い殻ごと炎に包む。大柄な個体の身体が横へ吹き飛び、床を何度も転がった。燃えている服を白い糸が内側から引き裂き、火のついた部分を肉ごと切り離している。


 動いてはいる。まだ立てる。


 山刀持ちが先にリッチへ到達した。低い姿勢から赤錆の刃を振り上げる。


 リッチは半歩だけ後ろへ下がり、杖を両手で持った。


 山刀の刃が杖の中央へ当たる。硬い音が響き、受け流された刃が床を削った。リッチは杖の石突きを山刀持ちの顎へ打ち上げ、そのまま回転させるように持ち替え、側頭部へ横薙ぎに叩き込んだ。


 頭が不自然に傾く。


 山刀持ちは倒れず、崩れた姿勢のまま刃を返した。リッチの長衣が裂け、その下にある黒ずんだ肋骨が見える。


 攻撃は通る。


 だが、リッチは傷ついた様子もなく杖を引いた。山刀持ちの足首を石突きで払い、宙に浮いた身体の胸へ杖の先端を突き込む。


 白い殻が砕けた。


 肋骨ごと胸部が陥没し、山刀持ちが床へ落ちる。


 魔法使いみたいな見た目で、近接までできるのかよ。


 悪態をつく間にも、右の雷球が光を増した。


 山刀持ちのそばにいた寄生ゴブリンが飛びつき、倒れた身体を射線から押し出す。その背中へ電撃が落ちた。


 白い殻が一瞬だけ形を残し、次の瞬間には内側から弾けた。寄生ゴブリンの手足が硬直し、焦げた臭いを上げながら床へ倒れる。


 二体が動けなくなった。


 俺は石を取り出し、左側の雷球へ投げた。石は球を通り抜けることなく、表面へ触れた瞬間に砕けた。雷球は少し揺れただけで、その位置に残っている。


 壊せないのか、今の攻撃では足りないのか。


 リッチが片手を開いた。


 今度は、透明な球が周囲へ生まれた。


 水だった。


 大小十個ほどの水球が、床から一メートルほどの高さへ散らばっていく。流れ落ちることなく空中に浮かび、広間の左右と中央へ不規則に配置された。


 大柄な個体が立ち上がり、再び前へ出ようとする。その肩にあった白いキノコはほとんど消え、火球を受けた側の腕は表面が焼け落ちていた。


 水球の一つへ腕が触れた。


 球は割れず、形を崩しながら腕へ絡みついた。水というより、粘りのある透明な膜に近い。大柄な個体が振り払おうとしても離れず、肩から胸へ広がって動きを鈍らせる。


 左の雷球が光った。


「離れろ!」


 大柄な個体の身体へ電撃が落ちた。


 まとわりついていた水が一斉に白く光り、全身へ電気を走らせる。大柄な個体が膝をついた。焦げた皮膚の下で白い糸が痙攣し、それでも立ち上がろうとしている。


 水球は拘束だけじゃない。雷を通すために散らしている。


 俺の前にいた一体が石を投げた。命じてはいない。俺が雷球へ投げた動きを見たのか、床に落ちていた骨片を拾い、水球へぶつける。


 球は簡単に弾けた。


 水が床へ落ち、広がる。だが消えはしない。濡れた範囲が増えただけだった。


 リッチが杖を振る。


 火球が三つ続けて放たれた。


 一発目を寄生ゴブリンが横へ避け、二発目は床へ当たって炎を広げる。三発目は俺へ向かってきた。


 前にいた赤い小瓶持ちが割り込んだ。


 火球が胸へ直撃し、身体が後ろへ飛ぶ。俺も巻き込まれ、背中から床へ倒れた。熱が顔を撫で、上着の袖に火が移る。転がって消しながら起きると、赤い小瓶持ちはまだ立っていた。


 胸の肉が大きく失われ、白い糸がむき出しになっている。腰布に下げていた二本の小瓶は割れていない。


 そいつは俺の方へ向き、片手を伸ばした。


 小瓶が二本とも握られている。


 受け取れということか。


 俺が手を出すと、二本の小瓶が掌へ落ちた。温かい。火球の熱が容器へ残っている。


 寄生ゴブリンはそれを確認するような間もなく、再び俺の前へ向き直った。


 右の雷球が光る。


 俺はそいつの肩を掴み、引こうとした。


 寄生ゴブリンは動かなかった。


 電撃が落ちた。


 肩を掴んでいた手から、腕、胸、背中へ衝撃が突き抜ける。息が止まり、指が勝手に開いた。俺自身は直撃を免れたが、赤い小瓶を渡した個体は膝から崩れた。


 身体の裂け目から、白い糸が這い出してくる。


 火球で焼け、雷で焦げた肉体から離れ、床を伝って俺の靴へ集まり始めた。小さな白いキノコも混じっている。傘の縁は焦げ、歩くたびに一部が崩れていた。


 赤い小瓶を持っていた個体が倒れ、残るのは四体。山刀持ちは胸を潰され、床に倒れたまま動けない。背中に雷撃を受けた個体も手足を痙攣させている。まだ立っているのは、大柄な個体と俺の近くにいたもう一体だけだった。


 その二体が同時にリッチへ向かった。


 大柄な個体は、水に濡れた身体を引きずりながら正面から進む。もう一体は石柱を回り、死角へ入ろうとしている。


 リッチの杖が大柄な個体へ向く。


 赤い光が集まる。


「右だ!」


 大柄な個体が右へ踏み出した。火球は左肩を掠め、背後へ抜ける。完全には避けられなかったが、直撃ではない。


 俺も走った。


 床に落ちていた山刀を拾い、水球の隙間を縫って近づく。足元へ白い糸が絡みつき、服の内側へ入り込んでくる。倒れた個体から抜けたものが、俺へ戻っている。


 右、左。


 雷撃の順番は変わっていない。


 火球は杖を向けた先へ飛ぶ。水球を出す時には片手を開く。杖で戦っている間は、新しい火球を作らない。


 分かってきた。


 近づければ、勝ち目はある。


 石柱の陰から出た寄生ゴブリンが、リッチの背後へ飛びついた。首へ腕を回し、杖を持つ右腕を押さえる。


 リッチの身体が傾く。


 大柄な個体が正面から組みついた。


 俺は山刀を構えて走る。


 届く。


 そう思った瞬間、リッチの頭部が背後へ向いた。


 首だけが人間ではあり得ない角度まで回る。


 紫の眼光が、背中へしがみついた寄生ゴブリンを捉えた。リッチは杖を持っていない左腕を後ろへ回し、そいつの顔を掴んだ。


 指が頭蓋へ食い込む。


 一度、石床へ叩きつける。


 白い殻が割れた。


 二度目で頭部が潰れた。


 大柄な個体がリッチの胴を締め上げる。骨の軋む音がしたが、リッチは止まらない。杖の石突きを床へつき、身体を軸にして回転した。


 大柄な個体の足が浮く。


 投げられた巨体が石柱へ衝突し、柱の表面を砕いた。補修されていた脇腹から白い糸が大量に溢れ、片脚が不自然な方向へ曲がっている。


 リッチが杖を大柄な個体へ向けた。


 火球が生まれる。


 俺は山刀を投げた。


 刃は火球へ当たらず、杖を持つ腕へ突き刺さった。狙った場所ではなかったが、腕が下がり、火球が床へ落ちる。


 爆発がリッチ自身と大柄な個体をまとめて包んだ。


 熱風に押され、俺は水球の一つへ背中からぶつかった。透明な塊が背中と右腕へ絡み、急速に広がる。


 まずい。


 右の雷球は、さっき落ちた。


 次は左だ。


 肩の上で、左の球が白く光り始めていた。


 白い糸を背中から伸ばし、水の膜を引き剥がそうとする。表面は裂けても、残った水がまたまとわりつく。足元にも流れ落ち、靴が床へ貼りついた。


 大柄な個体が動いた。


 片脚を引きずり、燃えた身体のままリッチへ飛びつく。杖を持つ腕ごと抱え込み、自分の身体を重しにして床へ押し倒した。


 左の雷球が弾ける。


 電撃は俺へ落ちなかった。


 リッチと大柄な個体をまとめて打った。


 紫の光を宿した骨格が白く浮かび、黒い長衣の一部が焼ける。大柄な個体の身体も跳ね、煙を上げながら動かなくなった。


 俺は背中の水を引き剥がし、床を転がった。


 立ち上がろうとして、右脚に力が入らなかった。さっきの電撃が水を通して届いていたらしい。完全に麻痺してはいないが、膝が震えている。


 リッチは立ち上がった。


 長衣は裂け、胸の骨が何本か折れている。右腕には山刀が刺さったままだった。眼窩の紫色は消えていない。


 大柄な個体の身体へ杖を向ける。


「やめろ」


 声に意味はない。


 火球が放たれ、大柄な個体を包んだ。


 白い殻が黒く焦げ、残っていた肉体が崩れていく。その内部から白い糸が逃げ出したが、全てではない。炎の中で動きを止めるものもあった。


 山刀持ちも、雷撃を受けた個体も、もう立ち上がらない。


 五体とも、倒れた。


 リッチとの間に立つものはいない。


 俺一人だった。


 呼吸を整えようとしたが、胸の奥が引きつり、空気がうまく入らない。上着は破れ、左肩と脇腹、右脚に傷がある。短棒はどこかへ飛び、山刀はリッチの腕に刺さったまま。手元にあるのは、赤い小瓶が二本だけだった。


 使い方も分からない。


 リッチはまだ、紫炎を使っていない。


 三層のボスたちを一瞬で焼き払った炎。あれを一度でもこちらへ向けられれば、白い糸ごと残らないかもしれない。


 使えないのか。


 使う必要すらないと思われているのか。


 分からないまま、杖の先にまた赤い光が集まった。


 足元で白いものが動いている。


 倒れた五体から抜け出した寄生体が、床を這っていた。細い糸、小さな幼虫に似たもの、傘の欠けた白いキノコ。火や雷で失われたものも多い。それでも残ったものが、俺へ向かって集まってくる。


 靴を登り、ズボンの裾へ入り、傷のある右脚へ絡みついた。別の群れは背中を這い、肩から胸へ回る。腕へ伸びたものが、皮膚の上で白い筋を作り始めた。


「待て」


 止めようとした。


 ここで使えば、残ったものまで減る。


 白い外殻になり、火球や雷撃を受ければ砕ける。さっきまで寄生ゴブリンだったものが、今度は俺を守るために消えていく。


 リッチの杖に火球が完成する。


 白いものは止まらなかった。


 俺の意思を無視しているわけではない。止めようと思えば、もっと強く拒める感覚があった。


 止めていないのは俺だ。


 あの前室に置き去りにした一体から受け取った感覚が蘇る。


 腹を貫かれ、石床へ倒れ、身体がほどけていく。最後まで変わらなかった向き。俺と敵の間へ向いていた身体。


 あいつが俺に何かを託したわけではない。


 先へ進めと言ったわけでも、俺を恨んでいないと伝えたわけでもない。そもそも、そんな言葉を持っていたのかすら分からない。


 今倒れた五体も同じだ。


 俺が連れてきて、俺が使い、俺の前で壊れた。


 その事実は変わらない。


 けれど、消えたわけではなかった。


 食べたものが肉や血に変わり、自分の身体になるように、あいつらを作っていたものは形を変えて残っている。


 今、俺の脚を支えている。


 胸を覆い、腕へ絡み、傷ついた身体を動かそうとしている。


 あいつらが俺になったわけじゃない。


 俺があいつらになったわけでもない。


 それでも、あいつらは俺の一部になった。


 考えてみれば、俺の身体はもう、とっくに俺だけのものではなかった。


 目から入った寄生体がいる。吸収したモンスターの肉や能力がある。人間なら持たない感覚や、白い糸や、治り方がある。


 純粋な戸張透だけでできた身体なんて、もうどこにもない。


 だから何だ。


 それでも俺は、俺の都合でここへ来た。


 俺の都合でこいつらを連れ、俺の都合で戦わせた。


 そして今も、この先を見たいと思っている。


 身勝手だ。


 結局、それだけだ。


 でも、そのエゴまで手放したら、ここに残るものは何もない。


 俺は白いものから手を離した。


「来い」


 言葉が必要だったわけではない。


 拒むのをやめた。


 白い糸が一斉に身体へ広がった。


 右脚の外側を硬い筋が走り、震えていた膝を固定する。脇腹から胸へ白い板が重なり、左肩を包んだ。前腕では糸が束になり、拳の外側へ厚い殻を作る。


 顔の左側へ冷たいものが這い上がった。頬からこめかみまで白い膜が覆い、視界の端に半透明の縁が映る。


 全身ではない。


 右半身の多くは服も皮膚も露出したままだ。背中も腹も覆い切れていない。寄生ゴブリンの外殻を作った時より厚い部分もあるが、使える量が足りていなかった。


 不完全な白い鎧。


 それでも、右脚に力が戻った。


 火球が放たれる。


 俺は踏み込んだ。


 火球の軌道から身体を外し切れず、左肩を炎が掠める。白い殻の表面が黒く焼け、ひびが走った。熱は伝わったが、肩は動く。


 右の雷球が光り始める。


 あと一拍。


 床の水を避け、石柱の陰へ走る。電撃が背後へ落ちた瞬間、方向を変えてリッチへ近づいた。


 リッチが片手を開く。


 水球が新たに生まれる。


 散らばる前に、前腕の白い殻を一つへ叩きつけた。球が破裂し、水が腕へまとわりつく。白い糸が殻の表面を収縮させ、水を外側へ絞り出した。


 完全には落ちない。


 だが、動ける。


 左の雷球が光を増す。


 まだ落ちない。


 リッチとの距離は五歩。


 杖の先に赤い光が集まりかけ、俺が止まらないのを見たように動きが変わった。火球を消し、杖を両手で構える。


 やっぱり同時には使わない。


 杖の先が胸へ突き出される。左腕の殻で受けると、白い板が割れ、衝撃が肩まで抜けた。腕を引かず、そのまま杖へ白い糸を巻きつける。


 リッチが杖を捻る。


 身体ごと引かれたが、右脚の外殻が床を噛んだ。


 石突きが下から顎を狙う。顔を逸らし、頬の白い膜で掠めるように受けた。殻が砕け、視界が一瞬白く染まる。


 それでも、杖は離さなかった。


 左の雷球が最も明るくなる。


 来る。


 俺は杖へ絡めた糸を縮め、リッチの身体を手前へ引いた。


 電撃が落ちた。


 白い光が俺とリッチをまとめて包む。


 全身の筋肉が硬直した。歯が噛み合い、肺の中の空気が押し出される。水が残っていた左腕から電気が流れ込み、肩の外殻が内側から弾けた。


 だが、寄生体が筋肉の外側から身体を締め、倒れるのを止めた。


 リッチの動きも止まっている。


 紫の光が揺らいだ。


 俺は右拳を振った。


 白い殻に覆われた拳が、リッチの顔面へ入る。乾いた骨が砕け、頭部が後ろへ跳ねた。


 二撃目を胸へ叩き込む。


 折れていた肋骨が内側へ沈む。


 リッチが杖を引こうとする。絡みついた白い糸を無理に断ち、片手を自由にした。


 眼窩の奥で紫色が強くなる。


 紫炎が来る。


 そう思った。


 だが、現れたのは赤い光だった。


 至近距離で火球を作ろうとしている。


 俺は右腕に刺さったままの山刀へ手を伸ばした。


 柄を掴み、引き抜く。


 黒ずんだ腕の骨が割れ、火球が形を失った。紫色の眼光がこちらへ向く。


 山刀を横薙ぎに振った。


 赤錆の刃が首へ食い込み、途中で止まる。


 リッチの残った腕が俺の喉へ伸びた。骨の指が首を掴み、白い殻のない右側へ食い込んでくる。


 息ができない。


 山刀を引き抜く余裕もなかった。


 白い糸が背中から伸び、柄へ絡みつく。俺の腕だけでは足りない力を補い、刃をもう一度押し込んだ。


 首の骨が折れる。


 頭部が半ば外れ、それでもリッチの指は緩まない。


 右の雷球が光り始めた。


 もう避けられない。


 俺は山刀を手放し、白い殻の残る拳をリッチの胸へ差し込んだ。砕けた肋骨の隙間から、白い糸を一気に送り込む。


 乾いた身体の内部へ糸が広がる。


 何か硬いものへ触れた。


 骨でも、石でもない。


 胸の奥に、紫色の光を宿す黒い塊があった。


 掴む。


 リッチの身体が初めて大きく震えた。


 喉を締めていた指が強くなる。俺は白い糸ごと黒い塊を引いた。


 胸骨が割れ、紫色の光が外へ漏れる。


 右の雷球が弾けた。


 電撃が落ちる直前、黒い塊が胸から抜けた。


 俺は後ろへ倒れ込む。


 雷はリッチの身体を貫き、床を砕いた。


 紫色の光が広間いっぱいに瞬き、すぐに消えた。


 リッチの身体は立ったまま動きを止めていた。首が傾き、胸には大きな穴が開いている。眼窩の奥にあった光も消えていた。


 やがて、長衣の中で骨が崩れた。


 杖が床へ落ち、乾いた音を立てる。その後を追うように身体が沈み、黒い布と骨の山になった。


 肩の上に浮かんでいた二つの雷球も消えた。空中に残っていた水球が一斉に崩れ、ただの水として床へ落ちる。


 俺は仰向けのまま、黒い塊を握っていた。


 表面には細かな亀裂があり、その奥で紫色の光が弱く点滅している。魔石なのか、別のものなのかは分からない。


 白い鎧がほどけ始めた。


 砕けた殻が細い糸へ戻り、傷口や服の内側へ沈んでいく。戻らずに床へ落ち、そのまま動かなくなるものもあった。


 立ち上がる力は残っていなかった。


 周囲には、寄生ゴブリンだった五体の身体が倒れている。


 もう、元の形には戻らない。


 それでも、胸の内側には白いものが動いていた。右脚を支えていたものも、拳を覆っていたものも、完全には消えていない。


 俺の身体の中に残っている。


 勝手な考えだとは分かっていた。


 それでも、今だけはそう考えることにした。


 あいつらは俺の一部になった。


 俺は元から、俺だけの身体ではない。


 それでも俺は、俺のエゴで生きている。


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この話の戦闘描写結構熱かった!
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