第110話 継ぎ足す
石畳から足を抜いた白いキノコは、すぐに俺へ近づいてはこなかった。根の代わりに伸びた細い糸を動かし、互いにぶつからない程度の間隔を空けながら集まっていく。二十を少し超えるほどだろうか。大きさにはばらつきがあり、指先ほどの傘に混じって、爪より小さなものもいた。水門で見た白い群れとは姿が違う。それでも、一つ一つではなく、全体で一つの動きをしているように見えた。
寄生体から危険を訴える感覚はない。山刀を持つ個体も、隣にいる大柄な寄生ゴブリンも、白いキノコへ武器を向けなかった。やがて群れの半分ほどが、大柄な個体の足元へ移動した。
植物エリアで棘に噛みつかれた腕は、白い糸で傷口を寄せられている。表面の出血は止まっていたが、裂けた肉の形までは戻っていない。指を曲げるたび、前腕の一部が不自然に引きつっていた。白いキノコはその腕を登り始め、糸の束を皮膚や服の裂け目へ引っかけ、肩から肘を経て傷口の周囲へ集まっていく。
「おい」
止めようとして、手を伸ばしかけた。だが、キノコたちは傷口へ入らず、白い傘をこちらへ向けたまま動きを止めている。俺が何をするのか待っているように見えた。
伸ばした手を引き、腕の傷が見える位置へ回り込む。腰を落として覗き込むと、それまで静止していた一つが傷口の縁まで進んだ。そこで、ゆっくりと傘が潰れた。白い表面が溶けたように崩れ、柄も根元も細い糸へほどけていく。糸は裂けた皮膚の間へ入り込み、その奥へ沈んだ。
すぐに次の一つが動いた。二つ目も同じように形を失い、最初のものとは別の場所から傷の内側へ入り込む。三つ目は裂けた皮膚の下を這い、引きつっていた筋肉の間を埋めていった。
偶然ではない。こいつらは、俺が見ていることを確かめてから動き始めた。何をしているのか、俺に見せている。
白い糸が傷の内側で絡み合い、切れた筋肉に沿って束になった。裂け目の表面にも薄い膜が広がり、最後に乳白色の筋が何本か残る。大柄な個体が腕を持ち上げ、肘を曲げ、指を開閉した。さっきまであった引きつりが消え、動きも滑らかになっている。
傷を治したというより、足りなくなった部分へ別のものを継ぎ足したように見えた。その材料が何なのかは、数え直すまでもない。傷口の周囲にいた白いキノコは減っている。形を崩したものは、もう戻ってこなかった。
「自分たちを使ったのか」
言葉に反応するものはいない。補修を終えたキノコたちは大柄な個体の腕から下り、残った群れへ戻っていく。傘の向きが揃い、今度は前室の奥へ向いた。
あの寄生ゴブリンだったものが、別の寄生ゴブリンの肉体に入った。そう考えた途端、白く塞がれた傷が継ぎ接ぎの跡に見えた。無駄にならなかったと考えれば、少しは気が楽になるはずだった。それなのに、減った白い傘を見ていると、そう考えること自体が都合のいい言い訳に思える。
俺が見ている間だけゆっくり動いたのも、次から迷わず使えるように理解させるためなのだろう。体の奥にいるものは、俺が分からないまま進むことを嫌うと知っている。だから見せた。親切だと思う気にはなれなかった。
前室の奥には、乾いた人型が現れた通路が残っている。前回は入口付近だけを確認し、寄生ゴブリンを失ったことで引き返した。ライトを向けると、白っぽい粉の積もった床が奥へ続いていた。通路の幅は二人が並べる程度で、壁には人一人が横たわれそうな細長いくぼみが等間隔に並んでいる。どのくぼみも奥までは光が届かない。
俺は山刀を持つ個体を先頭へ出し、その後ろに大柄な個体を続かせた。白いキノコは床を進もうとしたが、乾いた石の上では動きが鈍い。糸の先が床を掴み損ね、傘が何度か傾いた。
群れのいくつかが進路を変え、大柄な個体の脚を登っていく。腰布や服の裂け目へ入り込み、肩や背中に白い傘を並べた。山刀を持つ個体にも数体が取りつき、黒い脚絆の隙間へ収まる。残りは俺の足元まで来た。
靴へ登ろうとする一つを見下ろし、少し迷ってから左足を動かさずに待つ。細い糸が靴紐へ絡み、白い傘が足首の外側まで上がってきた。続いて二つ、三つと登り、ズボンの裾に収まる。皮膚へ触れても、同期は起きなかった。
全体が揃うのを待ってから、通路へ入った。前室を離れるにつれて空気はさらに乾き、植物エリアの湿気が消えていく。古い布に似た臭いと、細かな粉が鼻へ入る感覚がある。床にはところどころ黒い筋が残っていたが、血なのか、金属の錆なのかは分からない。靴音も寄生ゴブリンの足音も、山刀の鞘が服へ当たる音もよく響き、実際より遠くから聞こえるようだった。
最初の角を曲がる前に、先頭の個体が止まった。俺も足を止める。角の向こうから、硬いものが床を擦る音がした。一定の間隔で近づいてくる。足音は三つ。ゴブリンのように喉を鳴らす声も、歩くキノコが根を引きずる湿った音もない。
山刀を持つ個体が切っ先を上げ、大柄な個体は通路の中央へ出ず、壁際に体を寄せた。白い傘が一斉に閉じる。俺が短棒を抜いたところで、角から短槍の穂先が現れた。
続いて、乾いた人型が三体出てくる。前室で倒したものとよく似ていた。褐色に変色した皮膚が骨へ張りつき、頭や首には色の抜けた布が巻かれている。一体目は短槍、二体目は石を削った小さな盾と短い刃物を持っていた。最後の一体は武器を持たず、両腕へ黒ずんだ布を何重にも巻いている。
三体とも俺たちを見ても声を上げなかった。短槍持ちが穂先を下げ、盾持ちが半歩前へ出る。素手の個体はその後ろで壁際へ寄り、通路を塞がない位置を取った。
ばらばらに襲ってきたゴブリンとは違う。
短槍が突き出された。山刀を持つ個体が刃で穂先を外へ流す。すぐに盾持ちが間へ入り込み、石盾を体ごとぶつけてきた。山刀の個体が壁へ押される。
大柄な個体が横から腕を伸ばしたが、後ろにいた素手の個体がその腕を掴んだ。細い体からは想像できない力で引き込み、短槍の正面へ体をずらそうとする。
俺は盾持ちの顔へ石を投げた。額に当たっても怯まない。だが、顔がわずかに横を向いた。その隙に山刀が石盾の縁を叩き、通路の中央から押し退ける。
俺は前へ入り、盾を持つ手首へ短棒を振り下ろした。乾いた枝を折るような音がした。手首が曲がっても、盾持ちは武器を落とさない。逆の手に持った刃物を、俺の腹へ向けて突き出してくる。体を捻って避けると、刃先が上着を裂いた。
脇から白い糸が伸び、相手の手首へ巻きつく。引いた瞬間、乾いた皮膚が裂け、その下から黒ずんだ筋が露出した。痛みに反応していない。もう一度短棒を振り、肘の内側を打つ。腕が逆方向へ折れ、ようやく刃物が床へ落ちた。
奥では、大柄な個体が素手の敵と組み合っていた。互いの腕を掴み、壁へ押しつけようとしている。短槍持ちが一歩下がり、二体の間から穂先を突き出した。
「避けろ」
声を出した時には遅かった。
穂先が大柄な個体の脇腹へ入り、背中側まで抜ける。
前回と同じ光景が重なり、息が止まりかけた。だが、大柄な個体は倒れなかった。刺されたまま槍の柄を掴み、短槍持ちを引き寄せる。素手の敵を壁へ叩きつけ、空いた手で短槍持ちの首を掴んだ。
山刀が振り下ろされる。乾いた首が半ばまで切れ、二撃目で床へ落ちた。
俺の前にいた盾持ちも、白い糸で引いた腕を踏みつけ、短棒を側頭部へ打ち込む。ひびが走り、もう一度同じ場所を叩くと頭蓋が崩れた。最後の一体は大柄な個体の腕から逃れようともがいていたが、山刀持ちが背後へ回り、膝裏を切る。床へ崩れたところへ大柄な個体が体重をかけ、首を折った。
通路に音が響かなくなった。
大柄な個体の脇腹には、短槍が刺さったままだった。柄を切り落としてから引き抜くと、前後の傷口から黒い血が流れ出す。背中に取りついていた白いキノコが、すぐに傷へ集まった。
今度は俺が見ているか確かめようとはしなかった。傘と柄が次々に糸へ崩れ、前後の穴へ入り込んでいく。流れ出していた血が止まり、深く抉られた部分が内側から押し戻された。動きはさっきより速い。一度見せれば、もう分かると判断したのだろう。
最後に傷口の周囲へ白い筋が浮かび、肋骨に沿うような硬い線を作った。大柄な個体が体を起こすと、筋は脇腹の動きに合わせてわずかに形を変えた。
補修だけではない。同じ場所をもう一度貫かれないよう、外側から支えている。
その分、肩や背中に並んでいた白い傘はさらに減っていた。倒した乾いた人型へ残った数体が下りていき、皮膚の裂け目や眼窩へ糸を差し込み、内部へ潜り始める。
何をしているかは分かる。さっき失った分を、ここから補おうとしている。
俺は止めなかった。止める理由を考えられなかった。
通路の先には、同じ形の壁のくぼみが続いている。ライトを向けると、一番近いくぼみの奥に、布を巻かれた人型が座っていた。動いていない。その隣にもいる。さらに奥にも、膝を抱えるような影が見えた。
白いキノコが乾いた死体へ潜り込む音に混じって、石を擦る音がした。
一つではなかった。




