第104話 能力向上の計測及び評価について
【内部共有資料】
【取扱区分:関係機関限り】
【件名:能力向上の計測及び評価について】
【作成:内閣府異常空間対策室 防衛省派遣検証班】
【共有先:異常空間対策室、警察庁関係部署、防衛省関係部署、異常空間管理窓口統括班】
一、概要
本資料は、正式登録調査員における異常空間内での身体運用変化、反応速度、接近阻止能力、撤退支援能力について、現時点で確認された事例を整理し、今後の訓練運用方針を提言するものである。
従来、正式登録調査員の能力向上については、個人差、経験差、装備差、異常空間ごとの差異が大きく、定量評価が困難であった。そのため、登録等級、活動記録、持込装備、負傷歴、採取実績等を中心に安全管理を行ってきた。
しかし、複数の観測事例において、異常空間内でのみ顕著に現れる身体運用上の変化が確認されている。外部環境での体力測定や通常訓練では十分に再現できない反応、距離感覚、足場適応、接近阻止動作が見られており、これを個別の偶発事象として扱うことは適切ではない。
特に、水門異常空間における追加確認では、正式五級登録者一名が、敵性生物との接触時に自衛隊前衛の補助として機能し、撤退隊列の維持に寄与した。
本件は、当該登録者の個別能力を評価するだけでなく、今後の登録調査員制度全体における訓練方針を見直す根拠となる。
二、既存観測
これまでの確認において、異常空間内では一部登録者に以下の傾向が見られる。
一つ目は、足場の悪い環境に対する適応である。外部では通常の運動能力の範囲に収まる者であっても、異常空間内では濡れた床、傾斜、瓦礫、狭所において、転倒や姿勢崩れが少なくなる例がある。
二つ目は、接近する敵性生物に対する反応である。必ずしも攻撃成功率が上がるわけではないが、接近方向、跳躍前の予備動作、逃走経路、遮蔽物の利用について、外部訓練時より早い判断を示す者がいる。
三つ目は、疲労下での行動維持である。異常空間内では恐怖、湿度、視界不良、騒音、臭気など複数の負荷がかかるにもかかわらず、一定時間後に動作が安定する例がある。
四つ目は、武器又は道具の扱いである。剣、槍、短棒、盾、トレッキングポール等、本人が普段使用している道具に近いものを持たせた場合、外部訓練では見られない距離管理が生じる場合がある。
以上はいずれも、外部施設での体力測定、模擬戦闘、通常訓練のみでは把握が難しい。異常空間内での反復訓練及び記録が必要である。
三、水門異常空間における追加確認
対象となった正式五級登録者を、以下、対象者Aとする。
対象者Aは、過去の活動記録及び直近の事案対応から、異常空間内での接近対応、撤退支援、負傷者保護行動について追加確認の必要があると判断された。
初日の訓練は、水門異常空間上層管理区画内で実施された。未確認区域、第二層奥部、水域奥側、危険反応の残る区域には進入していない。訓練内容は、接近対応、拘束からの離脱、短棒使用時の距離管理、制圧補助動作である。
対象者Aは、全体として力による処理を選好しているように見えた。細かな関節操作や打撃は行わず、防護要員の進路に入り、短棒又は身体を用いて押し返す動作が多かった。
ただし、力で押している割に、相手が動こうとする方向を塞ぐのが早い。接近、逃走、回り込みに対する反応も早く、結果として防護要員が前進又は離脱するまでの数秒を作る動きになっていた。
このため、翌日、水門異常空間三層への短時間進入に同行させ、敵性生物接触時の撤退支援及び接近阻止補助の確認を行った。
三層は、カエル型敵性生物の出現が確認されている区域である。進入は既存経路上に限定し、目的は探索ではなく、接触時の隊列維持及び撤退支援能力の確認とした。主対応は自衛隊前衛が行い、対象者Aは中央後方寄りに配置した。
四、三層接触時の観測
進入後、予定経路上でカエル型敵性生物一体と接触した。
自衛隊前衛二名が盾及び押し棒で主対応を行った。対象者Aは当初、隊列内に留まっていたが、カエル型が左側面へ移動し、記録担当及び管理窓口確認員側へ抜ける可能性が生じたため、三宅一等陸尉の指示により左補助へ入った。
対象者Aは、短棒を用いてカエル型の進路に入り、完全停止ではなく進路変更を行った。カエル型を撃破又は拘束するには至っていないが、接近方向を逸らし、前衛が盾及び押し棒で再度受ける時間を作った。
その後、カエル型が前衛の盾を避けて左斜めへ跳躍する動きを見せた際、対象者Aは事前に「左、来ます」と発声した。直後、カエル型が同方向へ跳躍し、対象者Aは再度短棒で進路をずらした。
この動作により、隊列左側の崩れは限定的に抑えられた。前衛は盾を戻すことができ、記録担当及び管理窓口確認員の退避も継続された。
対象者Aは、指示なく深追いすることはなく、後退指示にも従った。撤退時に隊列から大きく離れる行動も確認されていない。
負傷は、肩部打撲及び手首の軽度違和感に留まった。転倒、出血、意識混濁は確認されていない。
五、評価
本件で重要なのは、対象者Aが敵性生物を単独撃破したことではない。
むしろ、撃破していない点が重要である。
カエル型のような跳躍性敵性生物に対し、銃火器や盾のみで即時停止を期待することは難しい。水門異常空間における過去事案でも、命中又は接触後、敵性生物が即時停止しない例が確認されている。
この場合、前線維持に必要なのは、敵性生物を一撃で倒す能力だけではない。接近方向を逸らす、進路を塞ぐ、隊列が崩れる前に数秒を作る、遅れた者を下がらせる、盾を戻す時間を確保する、といった基礎的な補助能力である。
対象者Aの動きは、これに合致する。
攻撃力として評価するより、前線維持能力、撤退支援能力、接近阻止能力として評価すべきである。
特に、左側面が崩れかけた際、対象者Aが進路変更に成功したことで、前衛が再配置する時間が生じた。これは数秒に過ぎない。しかし、異常空間内の接触において、その数秒が隊列崩壊、負傷、孤立、撤退失敗を分ける可能性がある。
自衛隊前衛からは、対象者Aについて「止めたというより、ずらした形」「あの数秒があると盾が戻せる」との評価が出ている。
以上から、異常空間内での能力向上又は能力変質は、単純な身体能力上昇としてではなく、環境適応、距離管理、撤退支援の観点から評価する必要がある。
六、制度上の問題
現在、登録調査員の多くは、異常空間内で実地経験を積む以外に、能力向上を確認する機会が少ない。
外部施設での筋力、持久力、反応速度の測定は有用である。しかし、それだけでは異常空間内で発生する変化を把握できない。湿度、暗所、足場、臭気、敵性生物の圧力、退避路の制限が重なった状態で、どの程度動けるかを確認する必要がある。
また、現在の制度では、危険を避けるために低等級登録者の活動範囲を狭くする傾向が強い。これは安全管理上、当然の対応である。
一方で、管理された異常空間内での訓練機会が不足した場合、登録者は実戦に近い動きを身につける前に、未確認入口、救助要請、突発接触へ巻き込まれる可能性がある。
すなわち、危険を避けるだけでは、結果として危険時の生存率を下げるおそれがある。
今後は、危険区域への無秩序な立入りを防ぎつつ、管理可能な範囲で異常空間内訓練を制度化する必要がある。
七、提言
一、異常空間内訓練を、登録調査員制度における最重要事項の一つとして位置付けること。
二、国又は自治体管理下にあり、敵性生物の種類、出現範囲、退避路、通信状況が一定程度把握されている異常空間を、訓練用区域として段階的に指定すること。
三、国側又は自衛隊、警察、管理窓口合同班が敵性生物を比較的制圧しやすい低危険度区域から、正式登録調査員向けに限定開放すること。
四、訓練内容は敵性生物の撃破を主目的とせず、歩行、撤退、隊列維持、接近阻止、負傷者搬送補助、装備使用、視界不良時の移動を中心とすること。
五、訓練参加者には、外部訓練時の能力と異常空間内での能力を別々に記録し、個人ごとの差異を蓄積すること。
六、能力向上が見られた場合でも、等級上昇又は活動範囲拡大に直結させず、安全管理、救助対応、撤退支援要員の選定資料として用いること。
七、訓練中に得られたデータは、装備開発、隊列運用、民間登録者向け教育資料に反映すること。
八、登録者本人に対しては、過度な戦力扱いを避けること。能力向上を理由に危険区域への参加圧力を高めれば、申告回避、制度離脱、未確認活動の増加を招くおそれがある。
八、早急に実施すべき事項
全国の異常空間管理窓口に対し、管理下異常空間のうち訓練転用が可能な区域を洗い出すよう指示すること。
候補区域については、敵性生物の種類、出現頻度、退避路、通信状況、救護導線、近隣医療機関、自衛隊又は警察の即応可否を確認すること。
そのうえで、国側が敵性生物を制圧可能、又は退避誘導を確実に行える区域から、正式登録調査員向けの訓練開放を開始すること。
開放は一斉に行うべきではない。第一段階では、記録保有者、活動実績のある五級以上、管理窓口が安全管理可能と判断した者を対象とする。第二段階で、訓練用装備、標準カリキュラム、事故時対応手順を整備し、対象を拡大する。
ただし、展開速度は落とすべきではない。
水門異常空間における一連の事案は、銃火器、盾、外部訓練のみでは異常空間対応が不十分であることを示している。民間登録者を危険から遠ざけるだけでは、未確認入口の発見、救助、初期対応の現場で限界が生じる。
正式登録調査員が異常空間内で崩れず、戻り、数秒を作る能力を得られるかどうかは、今後の事故対応に直接関わる。
このため、管理可能な異常空間を用いた訓練制度の整備は、急ピッチで進める必要がある。
九、留意事項
本資料は、特定登録者を英雄視又は危険視するためのものではない。
対象者Aの事例は有用であるが、個別能力を一般化しすぎることは避けるべきである。登録者ごとに異常空間内での変化には差があり、訓練によって全員が同様の反応を示すとは限らない。
また、能力向上が確認された登録者ほど、本人の自覚と周囲の期待に差が生じやすい。本人は通常の反応、偶然、必死の対応と認識している一方、記録側は有用な能力として扱う可能性がある。この差は、心理的負担となり得る。
したがって、訓練制度の整備にあたっては、登録者を戦力としてのみ扱うのではなく、生存率を上げるための安全訓練として位置付けることが望ましい。
敵性生物を倒す訓練ではなく、崩れないための訓練。
進むための訓練ではなく、戻るための訓練。
その数秒を作れる者が一人増えるだけで、隊列全体の生存率は変わる。
十、結論
異常空間内における能力向上又は能力変質は、現時点では発生機序が不明である。しかし、複数事例及び水門異常空間での追加確認により、訓練対象として扱う価値は十分に認められる。
今後は、異常空間内での訓練を登録調査員制度における最重要事項の一つとし、低危険度かつ管理可能な区域を用いた訓練開放を全国で段階的に実施するべきである。
国側が制圧可能な敵性生物のみを相手とする区域であっても、登録者にとっては、足場、距離、恐怖、撤退、接近阻止を学ぶ場となる。外部訓練では得られない能力変化を記録し、個人差を把握し、救助及び撤退の成功率向上につなげる必要がある。
以上を踏まえ、管理可能な異常空間を用いた正式登録調査員向け訓練制度の整備を、優先実施事項として提言する。
これは将来の探索拡大のためだけではない。
次の事故で、戻れる者を増やすためである。




