1. 死者の羽衣②
・死者の羽衣2
あれは私がそろばん塾に通ってしばらく経った頃の事です。
当時、私は中学生になり、そろばん塾では少し浮いた存在となっておりました。というのも、通常そろばん塾では小学校の卒業と同時に卒業する者がほとんどで、中学に上がっても通い続ける生徒は稀でした。現に、私が通っているときに、私以外に中学生以上の生徒を見たことはありませんでした。過去にはいたそうですが、それがどなたかも存じません。
その頃ともなると、私はそろばん塾の授業を退屈に感じるようになり、その後に居残りで行う、呪法の習い事に執心しておりました。
この頃には二、三の新しい呪法も教えていただくなど、あの方にも大変よくしてもらったのを覚えております。曰く、私はそろばんよりも呪法の方が筋が良いなどと、あの方も冗談交じりに話すほど、私は呪法にのめり込んでいきました。
それが私の慢心を招き、あのような蛮行をさせたのかもしれません。
私の住む地域では、隣組という制度があります。
現在でも残っているとは思いますが、若い方や都会から引っ越してきた方には馴染みのない言葉かもしれません。隣組とは近隣五軒ほどの家で構成される相互扶助のための組織で、たとえば隣組の家族に不幸があった場合、葬式の手伝いや弔問客の受付などの手伝いを行ったりするものです。
人手が足りない時、遠方の親族の到着を待つよりも素早く、隣組同士で協力しあう事で冠婚葬祭などを補助しあうといったもので、特に法的な強制力のあるものではありませんが、田舎の小さな町ですので反対する者もなく、有事の時には隣組同士で協力するのが慣例となっておりました。
ある日のことです。近所に住む方が亡くなりました。
私の自宅はその家の隣組ではありませんでしたが、隣組である家族が私と親戚筋であり、またその親戚がたまたま家族全員不在であったため、隣組としてお手伝いをすることになりました。
しかしこういったものは急な話のため、両親が共働きの我が家でも人手が足りません。そこで、両親の代わりに私が、葬儀場へと駆り出される事になりました。
とはいえ、やる事といえば食器洗いやお茶出し、香典返しをお渡しする程度のことです。時間はかかりますが忙しいという程でもなく、最後には夕食をいただけることになりました。
葬儀場には大広間があり、各テーブルには大皿のお寿司やオードブルのようなものが置いてあります。
喪主のご家族の方は、私を見つけると手招きをし、座布団へ座るように促します。どうやら私のために、手付かずのお寿司の大皿を残しておいて下さったようでした。好きなだけ食べて下さいと、私のような若輩者にも丁寧に礼を尽くしてくれることを嬉しく感じ、深々と頭を下げました。
時計を見ると21時を過ぎており、皆がバタバタと大広間を退室していきました。
どうやらちょうど、親族や隣組の方々がお帰りになるようでした。見送りのため、喪主の方も退室するようで、家族の迎え待ちである私には、焦らずゆっくりと食べてくださいと言い残して出ていかれました。
ふと気づけば、大広間には私一人が取り残された形になります。
大広間を眺めると、部屋の一角は片付けられており、布団が敷いてあります。通夜の晩は家族が泊まるので、その準備がされているようです。大広間の上座にある棺桶、そのそばにある蝋燭の火が消えないよう、寝ずの番をするためです。
棺桶の方を見ると、すぐそばに小さな机があり、その上には燭台がありました。そしてその燭台は、蝋燭の柔らかい光を、棺桶へと向けております。
そういえば、と思いました。故人の顔をまだ見ていないことに気がついたのです。
隣組としての仕事を完遂しなくてはと必死なあまり、棺桶の前で手を合わせる事もしていなかったのです。
もしくは他のことで頭が回らず、手を合わせたことをすっかり忘れていたのかもしれません。
失礼なことをしてしまった。そう思い、食事の手を止めると棺桶の元へ行きました。そして、棺桶の顔の部分にある小窓を開くと、故人を見て手を合わせました。
これでようやく胸の荷が降りた感じがありました。家族に代わり、隣組の役目を成し遂げたと。
安堵すると、人間というものは余計な事を考えてしまうものです。
私はこの時、物心がついて以来、初めて生の、死んだ人間を見たのでした。
そう思うと好奇心が止められなくなり、まじまじと故人の顔を眺めました。安らかな顔をしており、今にも目を開けそうなぐらい、その体は生き生きとしているように見えます。
思わず手が伸びてしまいましたが、小窓に仕付けられた透明なアクリル板により、爪先が弾かれました。棺桶の中にあるドライアイスの冷気を逃がさないように、このような工夫がされている事を知らなかった私は、思わず後ずさりしてしまいます。
まるで死者が『はごろも』で私の指先を弾いたように思えてしまったからです。
しかしすぐにアクリル板に気がつき、自身の間抜けさに思わず笑ってしまいました。なんとも不謹慎な話ですが、緊張の糸がほぐれたせいでもありましょうか。
その後はすぐに冷静さを取り戻し、このような場面を誰かに見られはしていないかと不安になりましたが、まだ誰も戻ってくる気配はありません。ほっと胸を撫でおろし、それとともに私は、恐ろしい事を思いついてしまいました。
死者の羽衣です。
先ほど勘違いにより驚いてしまった『はごろも』を、現実として死者におこなった場合、どうなるのだろう?
普段は私が私自身の羽衣をまとっているのですが、他人で試したことはありません。しかもそれが死者とあっては、どうなるかなど、想像すらできないものです。
そしていま現在、それをするのに千載一遇の機会が到来しているのです。
気がつくと、私は棺桶の蓋をずらし、その中へ手を差し込んでおりました。
誰かが部屋に向かう気配はないか耳をそばだてて、細心の注意を払いながら手を伸ばしました。
棺桶に手を入れた時に感じるドライアイスの冷ややかな冷気、そして死者のもつ柔らかいゴムのような感触、そして額や小鼻からすくい取った死者の脂の感触を、生涯忘れることはないでしょう。
急いで棺桶の蓋を閉じ、周囲へと気をやりますが、まだ人気はありません。小窓を閉じ、自分の食事があるテーブルへと戻り、そこで私は『はごろも』をおこないました。
緊張のせいか、指や口先が震えているのが自分でも分かります。その震える指を額へと当てると、冷たい羽衣が広がるのを感じました。
水に浸した服を羽織るような感触でした。しかもそれは、私の顔面をも覆うように広がったため、息が詰まってしまい、思わず咳き込んでしまいます。
濡れた手拭いを顔に被せて、その上から更に水を落とされたような感覚でした。
しばらく咽せかえっていると、故人のご家族の方がいらっしゃり、私に駆け寄り背中を叩いてくれました。食事が喉に詰まったと思ったのでしょう。
手に数珠を持ったまま叩いているのか、背骨の辺りにごりごりと数珠が当たり、その痛みで『はごろも』が意識から消失したのです。そのおかげで死者の羽衣の影響を抜けた私は、ご家族の方にお礼を言い、全てを食事が喉に詰まったせいにしてしまいました。




