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1. 死者の羽衣③

通夜の晩以来、私は体調を崩すことが多くなりました。

原因のひとつは『はごろも』を使わなくなったからでした。私はあの晩、死者の羽衣を羽織ってしまって以来、この呪法を使うことに躊躇(とまど)いを覚えておりました。

またあの通夜の晩のように、体調に異変が起きたら。そう考えると、どうにも気が進まないのです。

それにあの、死者の(あぶら)の感触も、まだ指に残っているように感じます。そして手先の冷たさも。

こういった感情が残ったまま呪法をおこなうと、結果もそちらへと流されてしまうということは、すでにそろばん塾の先生である、あの方からも聞き及んでおりました。


そうして『はごろも』をためらう期間が長いほど、普段は避けることのできたモノやコトと遭遇する機会も増えてゆき、私の状況は呪法を授けられる前の状態へと戻ってしまっていたのでした。いえ、以前にも増して状況は悪化していたのかもしれません。

そのため睡眠不足となり、普段の生活にも支障が出始めたころ、私の家へ、そろばん塾を営むあの方がやって来られたのです。


実は通夜の晩にあった出来事の後ろめたさから、しばらくそろばん塾へは通っていなかったのですが、私が塾へと顔を出さないのを心配されたあの方が訪ねてくださったのでした。

そして私が姿を現すと、家族への挨拶もそこそこに、用事があるからとそろばん塾へと連れて出されたのです。


忘れもしません。

私が玄関口へ顔を出した瞬間の、あの方の引き()った表情を。


教室へは入らず、自宅側の玄関へと通されて、そのまま仏間のような部屋へ入りました。入った瞬間、たくさん紐のようなものがついた棒で、体の表面を何度か叩かれました。

もう一人の巫女、双子の妹が部屋を覗き込もうとすると、アンタは入るな、と強く言いました。


私は何か、今までとは違う悪いことが起きてしまったことを実感しました。

そしてそれは、私自身が引き起こしたに違いないということも。


あの方の表情は、いつもの余裕あるものではなく、険しいものでした。そして、開口一番、アンタ何をした。鋭い視線とともにそう、私へ問いかけたのです。

もちろん、当然ながら、全てを洗いざらい説明致しました。思いついた事、やった事、そして起こった事、全てです。あの方は、私がつまらない嘘をついたとしてもすぐに看破なさるだろうし、そもそもの話として、事ここに及んでは、私が何かを隠したり誤魔化したりする理由もないのですから。


私の話を聞いている間に、あの方は背後にある小さな仏壇とも箱とも取れるような所から、紙と紐と、動物の骨だか爪のようなものが混ざった首飾りを取り出して、自分の首へとかけておりました。

そして私の話が終わると、眉間に険しい皺が寄るほど固く目を閉じて、こちらへ手のひらを向けるような姿勢となりました。

何か魔除けのような呪法をかけてくださるのかと期待した私でしたが、残念ながら違いました。その手は拒絶の意味だったのです。


残念だけど、アンタをどうにかする事はできない。


手のひらは、私の反応を静止するために上げられたものでした。

まだ黙っておとなしく、こちらの話に耳を傾けろ。そういった感情のこもった手です。


『はごろも』を死んだ人間に使うっていうのは、まあ褒められたおこないじゃないよ。だけどまあ、(まじな)いを生業(なりわい)にしている人間や、それに準ずるものなら、いつか一回は考えることだね。


あの方は、私を諭すような口調で、そう言いました。

目は固く閉ざしたまま、手のひらで私の行動を静止したままではありましたが、口調はいつものように柔らかくて感じました。


だけどね、私や妹はアンタを助けられないよ。よりによって、その一回で虎の尾を踏んづけたんだ。

アンタが隣組の代わりに行った通夜で、その棺桶に入っていたのはね、私達が触っちゃいかん家の人だよ。あそこだけは駄目だった。

まさか、わざわざ生まれて初めての葬祭で、最初に呪法を試したのがあの家の人間になるなんて想像もしなかった。

先に注意しとくべきだったね。ごめんね。


あの方はそこまで話すと、手を下ろし、ゆっくりと目を開けました。

その目にはもう険しさは無く、むしろ憐れみがありました。そしてもう一度、ごめんねと言いました。


その後、あの方は私に様々なことを教えてくれました。

巫女たちが関わることのできない家があること。縁を辿られると巫女にも災禍が及ぶため、もうそろばんも呪法の手ほどきも教えてやれないこと。

そして、先ほどの首飾りは自身を守るために身につけたもので、私から流れ込む縁を遮断するためのものであるということ。


つまり、事実上の絶縁を申し渡されたということになります。

私の一切は、このそろばん塾にいる双子の巫女たちにとって、命取りの害悪になりかねないのです。


これでお分かりでしょうか。

私があの方を師とも呼ばなければ、名前や正確な生い立ち、どういった流れの呪法を扱うかも語らない理由が。

そういった発言、思考からでも縁を手繰る道は開きかねないのです。だからこそ私はこの過去の出来事を、今の今まで隠匿し続けてきたのです。


そして、今こうして筆をとっている理由もお分かりでしょう。


あの家との繋がりができているご様子でしたので、自己紹介までに、急いで手紙をしたためたのです。

手遅れになる前に、少しばかりの助言を。そう思い、勝手ながらお手紙を投函いたしました。

少しでも私の話が役に立ち、ご健勝に繋がれば良いと思っております。


また引き続き、その後の出来事を書き連ねた手紙をお送りしたいと思っております。

ご興味が無ければ、破り捨てて下さって結構です。私の身勝手な、罪滅ぼしにも似た感情によってだしたものですので、迷惑だという事が分かれば取りやめます。


それではくれぐれも、健康にはご留意ください。




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