1. 死者の羽衣①
私がその界隈に足を踏み入れるきっかけを得たのは、思春期頃だったかと思います。
なにぶん多感な時期ですので、良くも悪くも様々な人、モノに遭う事が多かったのですが、まず先に『良い方』と行き遭ったのは、これ幸いと申しましょうか。
たまたま知り合った方が、私の生まれついての性質を看破なさり、今後を生きていくのに役立つであろう手ほどきを教授して下さったのです。
そのひとつに、油を使った呪法なるものがありました。
これはいわゆる、西洋の魔術における魔術油、魔女の軟膏と呼ばれるものの類です。ただひとつ、そういった魔術品とは異なる点があるとすれば、それは物理的薬効でありましょうか。
例えば、西洋の魔術界隈で扱われる、あれ等の油の中には、ベラドンナなどの植物や、ハンミョウ類などの虫が分泌する毒液など、実際に肉体へと作用する成分が使用されております。
そうした油は直接飲用してしまえば激毒となるものもございますが、身体に塗りつける事により、静かにゆっくりと、僅かずつ体内へと吸収させることができ、そうすることで薬効成分が毒とはならず、儀式による精神変容をおこなう手助けをしてくれます。
つまり、西洋での魔術油や魔女の軟膏というものは、儀式のための補助道具であり、油や軟膏それ自体に何らかの呪法が組み込まれているわけではありません。
打って変わり、私の扱う油の呪法は、それ自体が呪法となっております。
こう言うと、なんぞ大それた呪法のようだなと思われるかもしれませんが、蓋を開けてみれば至極単純なものです。
私の呪法では、人の油脂を使います。
少し順を追って説明いたします。
この油の呪法は、使われる油脂はどこの部位でも構いません。極論すると、鼻の頭や小鼻の横にあるテカテカとした油脂でも成立いたします。自分自身から分泌された油であることが肝要なのです。
これには理由がありますが、一言で表せば聖別や修祓といった類になるかと思います。邪な不純物を除いた、己のみで構成された純度の高い油とも言い換えられるかと思います。
この油は、自身の分体、分身であると認識していただければ結構です。
さて、次にこの油を、中指と人差しで掬い、額の中心へ、円を描くようにすり込みます。
そしてそこからじわりと、油が温かく広がり、頭を包む感覚をイメージをします。頭が包まれたら首へ、肩と胸、腕と腹、そして足先へとイメージを広げていきます。
いかがでしょうか。実際にやってみると、自分の周りにもうひとつ膜が出来たような気分になるのが分かると思います。
この感覚はしばらく時間が経つと、意識下から忘れられた時点で消えてしまいますが、慣れてきたらある程度の延長が可能です。または、再び油脂を掬い取り、もう一度この術を重ねがけるのも良いと思います。
既にご理解いただけたと思いますが、これは簡易的な防衛法となっております。肌寒い日に服をもう一枚、上着を羽織るようなものですが、右も左も分からなかった子供の時分からすると、この呪法を授けられた時には随分と気が軽くなったものでした。
私はこれにより、日々を幾分か気楽に過ごせるようになりました。
私にこれを授けられた方は、この油脂の呪法を『はごろも』と呼んでいました。実際、見えない羽衣を纏ったような心地です。
しかし、あくまで気休め程度と申しますか、特にこれといって特別な手ほどきを受けていない、当時の私にも扱える呪法ですから、まるで太刀打ちできないケースもございました。
そうした時には、決まってその、私へ呪法を授けた方の元へ泣きついたものです。
その方はそろばん塾を営む傍ら、秋の例大祭の時期になると、近所の神社にて巫女の仕事、そして奉納される舞の指導役を担っておりました。
小学校の中学年か、高学年にさしかかった女の子ぐらいの身長に、長い白髪の二人組。近隣では双子の巫女さんと呼ばれる老婆のうち一人が、私に呪法による自衛手段を授け、この界隈へと足を踏み入れるきっかけとなった方でした。
私はそろばん塾に通う生徒であり、呪法の生徒でもあったのです。
通常、こういった場合には師弟関係と説明するのが明快だとは思いますが、あの方を師とする場合、私は破門された弟子という立ち位置になります。そのため、師と呼ぶことに躊躇いがあり、どうしてもこのような言い回しになってしまいます。
そしてこの破門のきっかけとなった出来事こそが、私がこの界隈に深く足を踏み入れる業を背負った出来事にもなったのです。




