5. 一通目の手紙について
どうやら最後まで読んだところ、手紙には続きがあるらしい。
一回の手紙でもそれなりの分量ではあるが、面倒なのでこれ一回を一通目としてカウントする。次回作が届くのなら、それが二通目ということだ。
最初に気になったのは、生い立ちや生まれついての性質云々よりも何よりも、『はごろも』とやらのことだ。
こういった類に対しての情報で飯を食っている身からすると、当然ながら捨て置くわけにはいかない。
しかし『はごろも』などという呪術は、まるで聞いた覚えがない。
あえて平仮名で表記している部分からすると、おそらくこの手紙に出てくる私とやらも、本来どういった意味であるかは知らされなかったようだ。
また、手紙から察するに『はごろも』というものは、文字として何かに記されたものを見たわけではないようだ。
つまり判明しているのは『はごろも』という音のみということだ。ひょっとしたら聞き間違いで、「はどろも」だとか「はぐおろも」といった名前の可能性すらある。
しかしこれは気にしたところでどうしようもない問題なので、行き詰まりでもしない限りはひとまず後回しとする。
口伝の類という可能性も考えた。
元々名前の無かった術に、効果から連想する名称を付けただけの可能性もあるかもしれない。
そうなると、いよいよ考えるだけ無駄な気もしてくる。
双子の巫女とやらが「私」に名もない術を授ける時、便宜上の名前をつけただけであるならば、遡りようがない。
では、呪法そのものについてはどうだろうか。
たとえば額に油を塗るという行為に注目してみると、術の出処の更に大元ぐらいには見当がつくのかもしれない。
要するに、古今東西の額に油を塗るとケースから調べ上げていくという寸法だ。
その後、条件を細かく定義していく事で、少しずつ時代と場所を絞っていき、元となったであろう何かに辿り着く可能性があるわけだ。
これは調べ物の基本でもあるわけだが、ことが額と油に関してとなると、少し話が変わってくる。
なぜならば、それこそ油を塗るという行為は紀元前にまで遡る、太古の昔からおこなわれてきた儀式のひとつでもある。キリスト教でも行われるし、古くはギリシャやエジプトでも行われていた。
すなわち、文明のあるところではほぼ必ず行われているような、ありふれた行動となってくる。
当然、アジア圏にもそうした記録はあり、仏教の起源ともなるヒンドゥー教の時代から、額に油を塗るという行為が行われていた。
要するに、起源から遡ることに意味はないと言えるほど、額に油を塗るという行為は、原始的もしくは本能的に根付いたものだったといえる。
ならば別のアプローチではどうだろうか。
たとえば『はごろも』を授けたという双子の巫女だ。
こちらに関しては大体の見当はつく。
そろばん塾兼自宅にあったという仏壇のような小さなもの。これはまず間違いなく隠し本尊である。
民間の呪い師がよく用いるミニチュアの祭壇だ。
そして隠し本尊を持つ民間の呪術というのは、元を遡ればほぼ全てシャーマニズムを起源とする。つまり自然や動物を本尊として扱う。
邪馬台国の卑弥呼もシャーマンであったと言われるし、現代であれば魔女術もシャーマニズムの影響が濃い。日本では東北のイタコや、沖縄の民間霊媒師であるユタなどが有名ではないだろうか。
業務上の情報も入ってしまうため詳細は多く残せないが、他にもそうした民間呪術を扱うシャーマンは日本だけでも多数存在する。
日本全国、それこそ近所の顔見知りがそうであるケースすら珍しくないほど、実は身近に住んでいたりする。
そして特定の土地に居を構えるようなタイプのシャーマンは、自宅に一種の祭壇のようなものを設けることが多い。これは言わば仏間のようなものだが、様相としてはもっと原始的というか、エキゾチックとでもいうか、口悪く言えば雑多な印象の空間である。
そこにはシャーマンが奉じる本尊があり、あとは音霊を導くための楽器、これはほとんどの場合、太鼓のようなものが置いてある。
また大抵の場合、時代の流れとともに宗教的なエッセンスが持ち込まれるので、紙垂のようなものだとか、お鈴のようなものだとかもあったりする。
隠し本尊の場合は首に掛けて使うこともあったような覚えもあるが、この巫女はそうではなかったようだ。
これは本尊のサイズの問題か、もしくは死者の羽衣からの縁を、本尊へと直接繋がることがないようにワンクッション置きたかったという理由があるのかもしれない。
どちらにせよ、隠し本尊と思われるものについての描写が少なすぎるため、これ以上は判断が難しい。
だが少なくとも、この双子の巫女たちはそろばん塾を経営する傍ら、神社の関係者としての巫女ではなく、民間呪術師の巫女としての顔も持っていた事は間違いないようだ。
そして驚くべき話だが、そのような話がどこからも漏れ出ることなく、これまで続いていたということも判明した。
近所の住民たちのみならず、近隣の同業者にすら知られず、まるで存在すらしないように過ごしていたということだ。
これは伝わり辛いかもしれないが、非常に信じられないことでもある。
奇跡的にだとか、警戒心の賜物であるとか、そういったものではなく、通常であれば有り得ないことだ。
同業者にも関係者にも、誰一人にも気づかれることなく、それでいて神社の例大祭にも出張ってくる民間呪術師の系譜の巫女。
そんなものは、どこからどうやっても足が付く。にも関わらず、どこにも情報が残っていない。
これが百年以上も前の短期間での話であれば納得できるかもしれないが、そんな古い話でもない。
それにこのそろばん塾も、もはや塾としての経営はしていない様子ではあるが、現在も残っている。少し古い地図や電話帳を見ても、このそろばん塾は記載されていた。
残念ながら神社の例大祭については、奉納する舞をきちんと見たわけではないので、その辺りが悔やまれる。ああ、よくある秋祭りだとしか思わなかったし、遠目から見ても不自然な所は無かったように思う。
また、双子の巫女という人物についても、実在するという確証はある。とある知人に聞いたところ、すぐに分かった。
マンガやアニメに出てきそうな、子供のような体躯の老婆たちだと言っていた。凄く近所に住んでいるが、得体のしれない雰囲気があり、何をするにも二人連れ立っていたそうだ。
昔、その知人の家のすぐそばに八百屋があったそうだが、時々そこで見かけることがあったという。
そろばん塾の存在も知っていたようだが、誰かがそこに通っていたといったような話しは聞いた事もないそうだ。
また、双子であると聞いた時にはやや驚いていた。
背丈格好は似ていたが、顔立ちはあまり似ていなかったそうで、本物の姉妹かは不明とのことだった。
他に情報も出てこなかったが、知人の方でも興味を持ってくれたようなので、次回もし手紙が届くようであれば少しは情報を集めておきたいと思う。
もちろんまだタチの悪いイタズラの可能性も捨てきれないので本腰を入れる程ではないが、所々で妙に符合する出来事があるのが気に掛かっている。
とはいえまだ全てが憶測の域を出ない考えであるし、それをいまここで書き置きとして残しておくのも気が引ける。
イタズラであり、それにもっともらしい理由付けをして補完する遊びのようなものだとして、続く手紙を待とうかと思う。




