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3-22話:インペリアルガード

「――戻ってきて、アリーシャ!」


 ライラが喉の奥で、そして心の中で強く強く願ったその叫び。精神世界の光の道を全力で駆け抜けたアリーシャの足跡が、いま、現実の境界線でピタリと重なった。

 どくん。

 アリーシャの胸が大きく脈打つ。それは、一度は完全に停止しかけていた命の時計が、再び力強く秒針を刻み始めた音だった。

 ライラとセレスの二人の神官が、自らの全魔力と信仰を捧げて紡ぎ上げた絶対聖域『デュアル・サンクチュアリ(双子なる聖域)』。その戦場一面を埋め尽くすまばゆい純白の光のなかで、アリーシャの長い睫毛がかすかに震えた。

 彼女の白い肌を醜く這い回っていた黒い呪いの紋様が、光に焼かれてボロボロと剥がれ落ち、不気味な黒い煙となって大気へと完全に消え去っていく。

 それと同時に、その琥珀色の瞳が、ゆっくりと、しかし確かな力強さを持って見開かれた。


「……アリーシャ!」


 誰よりも近く、祈るように彼女の傍で見守っていたレオが、堰を切ったようにその名前を呼んだ。 引き金を引き続け、指の感覚がなくなるまで支援弾を撃ち込んでいたレオの瞳に、熱いものが込み上げる。視界が涙で滲むのを、止めることなんてできなかった。


「マス、ター……」

 

 まだ少し掠れた声ではあったが、それは間違いなく、アリーシャ自身の、どこまでも凛としたアルトの声だった。


「あ……ああ、よかった……っ! 本当に、本当によかった……っ!」


 レオの顔に、この日初めて安堵の、むせび泣くような笑みが浮かぶ。アリーシャが生きて戻ってきてくれた。ただそれだけの事実が、張り詰めていたレオの心を救い、熱い涙となって頬を伝い落ちた。

 だが、仲間たちが勝利を確信し、その生還に安堵したのも束の間だった。


 ――ゴオォォォオオッ!!


 突然、戦場にいたすべての生者、そしてバインドされ身動きの取れなくなっていた魔物たちの肌を、見たこともないほど濃密で圧倒的な『圧』が駆け抜けた。 大地が激しく鳴動し、アリーシャの身体から、まるで世界の地脈そのものが溢れ出したかのような、黄金の魔力光が爆発的に吹き荒れたのだ。

 それは、パラディンとしての神聖力など遥かに凌駕する、世界そのものを威圧し、従えるような絶対的な覇気だった。


「な、何……これ……!? 聖域の光が、全部アリーシャに吸い込まれていく……っ!?」

 

 術者であるライラが、その規格外の波動に息を呑み、思わず数歩よろめいた。隣に立つセレスもまた、信じられないものを見る目でアリーシャを見つめている。 世界を救うための神聖術のエネルギーが、すべて一人の少女の肉体へと収束し、恐るべき密度で再構成されていく。

 二人の最高位の神官が目を見張るその視線の先――アリーシャの胸元に刻まれた、神から授かりし『クラス』を示す聖印が、あり得ない速度で異常な明滅を繰り返していた。

 通常、この世界に生きる者は15歳を迎えると『神託の儀』を執り行う。そこで神から授かった職業は、個人の魂の形そのものであり、死ぬまで変わることはない。アルケミストを授かったレオも、パラディンを授かったアリーシャも、その世界の絶対不変の真理の枠の中にいたはずだった。

 しかし今、アリーシャの胸元の聖印から『パラディン(聖騎士)』を示す光の紋章が、ドロドロと光の熱のなかで融解を始めていた。

 それは世界の崩壊か、あるいは神の理への反逆か。

 融解していく聖印は、天へと還ったレイナ、ダン、ソニア、アイザックたちの――かつてアリーシャと共に戦い、そして彼女の背中を笑顔で押した仲間たちの魂の輝きを吸収するようにして、劇的な変貌を遂げていく。

 一度ヘルヴィーナの呪いによって擬似的な死の淵に臨み、過去の呪縛を乗り越えて魂を生まれ変わらせた(転生した)こと。 そして、二人の天才神官による膨大な神聖力を、文字通り産湯のように浴びたこと。 幾重もの奇跡が世界のシステムにバグを引き起こし、神の常識を完全に破壊したのだ。

 黄金の輝きがピタリと収まったとき、彼女の胸元に再構築されていたのは、歴史上、世界のどの英雄も、どの統治者も授かったことのない、伝説の職業を示す文字だった。


 ――『インペリアルガード(皇帝の守護者)』。


 アリーシャは静かに自分の手のひらに宿る力を確かめる様に見つめ、グッと拳を握りしめる。 その掌には、かつてないほど濃密で、かつ極限まで洗練された黄金のオーラが渦巻いていた。失ったはずの命は完璧に満たされ、それどころか魂そのものが一新されたかのような万能感が全身を駆け巡る。

 彼女は、これまで共に戦い、傷だらけになりながらも自分を護り通してくれた大盾へと視線を落とした。


「……私の、新しい力」


 アリーシャはその盾の柄を力強く握ると、溢れ出る黄金の魔力を一気に盾へと込めた。 そして、思い

切り地面へ盾の先端を突き刺す。


 ――ドゴォォォォンッ!!!


 地響きの如き重低音が戦場に炸裂した。 彼女の足元から放たれた黄金のオーラは、物理的な衝撃波となって一面へと波動のように広がっていく。その凄まじい威圧感は、生き残っていた魔物たちを瞬時に呑み込んだ。


「ガ、ギ、アァ……ッ!?」


 残党の魔物たちは、その絶対的な覇気に圧し潰され、一歩も動くことができなくなる。強力なバインド(行動不能)状態に陥った魔物たちは、恐怖に怯えながらただ平伏するしかなかった。盾一つで、戦場のすべての敵の自由を奪い去ったのだ。

 黄金の光を背に背負い、アリーシャはキリっとした表情で、あまりにも凛々しく立っていた。その姿は、まさに一国の軍勢すら一人で護り抜く、伝説の守護者そのものだった。

 アリーシャはゆっくりと顔を上げると、まず、涙を浮かべている最愛の少年へと視線を向けた。その琥珀色の瞳には、先ほどまでの威圧感とは打って変わった、温かで優しい光が宿っている。


「お待たせしました、マスター。そして、私を助けてくださりありがとうございます」


 ふわりと咲くような、どこまでも愛らしく、そして深い慈愛に満ちた笑顔。その言葉を聞いた瞬間、レオは喉の奥が熱くなり、何度も、何度も強く頷いた。アリーシャが、本当に、自分の意思でここに立っている。その事実だけで、五臓六腑が歓喜に震えた。

 アリーシャは続いて、息を切らせながら聖域を維持してくれた二人の少女へと向き直る。


「ライラ、セレス達も私を助けてくださりありがとうございます。……ここからは私が頑張りますね」


 その言葉は、優しくも、絶対に折れない剣のような力強さに満ちていた。 再び、アリーシャの表情がキリっとした目つきに変わる。その鋭い視線が捉えたのは、聖域の光の向こうで、あり得ないものを見たという風に顔を歪めている、元凶――死霊使いヘルヴィーナの姿だった。


「マスター。私に支援弾をいただけますか?」


 アリーシャが盾を構え直し、静かに告げる。


「――っ、あぁ!」


 レオは迷わず叫んだ。感覚の消えかけていた右腕を力強く突き出し、愛銃の銃口をアリーシャへと向ける。 お母さんの形見の本から得た知識、そしてこれまでの旅で磨き上げてきたレオの錬金術のすべてを、いま、この一発に込める。

 カチリ、と心の引き金が引かれた。


『ドーピングバレット』――それも、レオの全魔力を込めた、最大出力の特製支援弾だ。

 放たれた光の弾丸がアリーシャの背中に吸い込まれた瞬間、彼女の身体を取り巻く黄金のオーラが、さらに爆発的な輝きへと膨れ上がった。速度、筋力、魔力、そのすべてが限界を超えてブーストされる。


「行きます……!」


 ドンッ!!!


 次の瞬間、鼓膜を震わせる凄まじい爆音が響いた。 アリーシャが力強く地面を蹴り上げたのだ。その凄まじい脚力と支援弾のシナジーにより、彼女の身体は一条の黄金の流星と化して突撃する。

 蹴り上げられた風の反動は、凄まじい暴風となって周囲に吹き荒れた。 あまりの風圧に、近くにいたレオやライラ、セレスたちの服や髪が激しく、狂ったように揺さぶられる。視界が遮られるほどの砂塵のなかを、アリーシャはもの凄い勢いで、一直線にヘルヴィーナの元へと肉薄していく。


「な、何者だお前はぁぁぁっ! たかが人間の小娘がぁぁぁ!!」


 絶叫するヘルヴィーナの視界に、眩いばかりの黄金の盾が迫る。

 魂の枷を外し、亡き仲間たちの想いを背負って生まれ変わった『皇帝の守護者』。その圧倒的な無双の戦いが、いま、幕を開けた。


最後まで読んでいただきありがとうございます。また、ブックマーク、評価、リアクション等を付けて頂けると非常に励みになりますので、ぜひともよろしくお願いします!次話も読んでいただけると嬉しいです。


次回の更新は7月24日(金)AM1時を予定しておりますので、よろしくお願いします!

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