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3-20話:重なる祈り、双子なる聖域

 ライラとセレスの二人が練り上げた神聖力は、いよいよ臨界点を突破し、最高潮へと達していた。

 二人を中心として湧き出した純白の輝きは、微細な粒子となって大気を震わせ、またたく間に膨れ上がっていく。暗鬱とした夜の戦場をまるで真昼のようにまばゆく、そして厳かに照らし出していくその光景は、戦慄するほどに美しかった。


「――ッ!? 何をしてるの!? 早く、早くあの二人を止めろぉぉぉお!!」


 その圧倒的な光の奔流を目にしたヘルヴィーナが、文字通り血相を変えて絶叫した。 本能的な恐怖に駆られた彼女の怒号のような気迫を受け、魔物やアンデッドたちは狂ったようにその勢いを増す。地響きを鳴らし、咆哮を上げ、文字通り津波のような質量で、無防備な二人の神官へと殺到し始めた。剥き出しの殺意が、凄まじい風圧となって防衛線を圧迫する。

 だが、その絶望的な突撃の前に、一人の戦士が立ち塞がった。


「んな、来ることがわかってて、はいそうですかと通すヤツがどこにいんだよぉぉぉお!!」


 野獣のような咆哮。ジークだ。 レオの錬金術によって紅蓮の炎を宿した愛槍『ゲイボルグ』を、彼は暴風の如き速度でぶん回す。 猛烈な炎の回転が夜闇に巨大な火の輪を描き、ジークはその勢いのまま、死をも恐れぬ魔物の群れのど真ん中へと自ら飛び込んでいった。一閃ごとに魔物の肉体が爆ぜ、骨が砕け、灰へと変わっていく。


「イグニス! お前も責任感じてるなら、ここで気張れよ!!」


 群れを蹴散らし、道を阻みながら、ジークが後方の頼れる相棒へと鋭い檄を飛ばす。 その言葉に、巨大な大剣を構えたイグニスの瞳に、竜族としての、そして一人の冒険者としての誇りの火が灯った。


「あぁ、わかってる! ――種族は違えど、共に戦えば皆、同士よ!!」


 イグニスは小さく息を吸い込むと、自らの身の丈ほどもある大剣を頭上高くに振りかぶった。 そして、大気を引き裂くほどの力任せな横一文字の薙ぎ払い。 放たれた一撃は、ただの剣撃ではない。竜の怪力が生み出した凄まじい衝撃波が、真空の刃となって扇状に炸裂したのだ。肉薄していた周囲の敵が、その圧倒的な破壊力の前に、文字通り一刀両断にされて消し飛んでいく。

 さらに城壁の上からは、ミレイユとエレナの絶え間ない魔法が降り注ぐ。 「燃え上がれ!」という短い詠唱と共に放たれる炎、大気を引き裂く雷撃。二人は息を合わせ、交互に魔法を撃ち放つことで、絶え間なく魔物の数を減らし、前衛の負担を軽減させていく。


(みんなが命懸けで繋いでくれている……。なら、俺は!)


 戦場を縦横無尽に駆ける仲間たちの姿を目に焼き付けながら、レオは自らの心に強く刻み込んだ。 今、自分ができる事は、この二挺のツインレゾナンスで仲間たちの背中を支え続けることだけだ。


「――『エーテルバレット』、装填!」


 レオは素早く術式を編み込み、城壁の上のミレイユとエレナに向けて、魔力を強制回復・活性化させる輝かしい弾丸を撃ち込んだ。光の弾は二人の身体に吸い込まれ、魔法の連発で枯渇しかけていた魔力を瞬時に底上げする。


「――続いて、『ドーピングバレット』、装填!」


 すかさず銃身を前線へと向け、泥臭く立ち回るジークとイグニスの背中へ、身体能力を限界突破させる強化弾を正確に撃ち込む。二人の動きが一層鋭さを増し、敵の包囲網を力強く押し返していく。

 レオは仲間を的確に支援しながらも、その激しい攻撃の隙間をかいくぐってライラたちへ迫る魔物を、自らの『ピアーシングバレット(貫通弾)』で次々と撃ち抜いて応戦した。 右、左、そして正面。錬金銃から放たれる光条が魔物の眉間を捉え、その肉体を撃ち抜いていく。

 だが、敵の数はあまりにも多すぎた。焦燥に駆られた魔物の一陣が、わずかな隙を突く。


「――あっ!?」


 引き金を引いた直後、レオは思わず声を上げた。 あまりの物量に、一瞬だけ処理が追いつかない。獰猛な牙を剥いた一匹の魔物が、レオの照準の死角をすり抜け、ライラたちの元へと跳躍したのだ。


(しまっ――間に合わない!)


 慌ててレオがそちらへ銃口を向け直そうとした、その時だった。


 シュシュシュンッ!!


 激しい風切り音と共に、どこからか飛来した複数の鋭い矢が、空中の魔物の肉体を寸分の狂いもなく貫通した。強烈な衝撃に縫い止められた魔物は、ライラたちに届く手前で地面に激突し、物言わぬ肉塊へと変わる。


「……え?」


 レオがハッとして上を見上げると、城壁の上から、弓を構えたカイトがこちらを見下ろしていた。 カイトはすかさず階段を上り、城壁の上という最高の狙撃ポイントから、レオを援護すべくその動向をずっと注視していたのだ。目が合うと、カイトは不敵に、そして「心配するな」と言うようにフフッと笑ってみせた。

 仲間が、自分を信じて背中を預けてくれている。レオがさばききれない魔物を、完璧なコンビネーションでフォローし、処理してくれている。 その絆の温かさに、レオの胸が熱く震えた。

 そして――。 戦場が最高潮の熱量に達したその瞬間、外界の喧騒をすべて置き去りにするように、静かに目を閉じたままのライラの口が開いた。 厳かで、どこまでも気高い響きを伴った、祈りの声が戦場に木霊する。


【ライラ】 「――目覚めよ、聖なる烈火! 我が魂をやいばとし、果てなき闇を根絶こんぜつせん!」


 呼応するように、その隣で、セレスの透き通った声が重なる。


【セレス】 「――来たれ、光の源流! その気高き刃に寄り添い、不滅の盾をここに築かん!」


 二人の祈りが完全にシンクロし、戦場の魔力が一気に反転していく。 ライラを中心に、不浄を焼き尽くす白銀の炎が巻き起こり、彼女の魔力が爆発的に膨れ上がった。


【ライラ】 「絶望の夜を拒絶し、至高の光で世界を満たせ――!」


 その滾るような魔力に、セレスが自らのすべての神聖力を優しく、しかし絶対的な質量で合流させる。純白の光の波が、二人の足元から波紋のように戦場全体へと波及していった。


【セレス】 「重なり合う二つの祈り、今ここに絶対の聖域と化し――!」


 光は闇を焼き、煤を払い、世界のすべてを浄化していく。 ヘルヴィーナが悲鳴のような呪詛を叫ぶ中、二人の聖職者は同時に目を見開き、声を揃えてその名を叫んだ。


【二人】 「「――『デュアル・サンクチュアリ(双子なる聖域)』!!」」


 その瞬間、分厚い暗雲を打ち破り、天からまばゆい聖なる光が次々と戦場へと差し込んできた。 一筋、二筋、いや、無数の光の柱が天と地を繋ぎ、瞬く間に辺り一面を神聖な輝きで包み込んでいく。それは、この広大な戦場すべてを覆い尽くすほどの、圧倒的な広範囲だった。


「……ああ、傷が……消えていく……」


 満身創痍で戦っていた兵士たちが、恍惚とした声を漏らす。 戦場を埋め尽くした聖なる光の浄化効果により、傷ついた者たちの傷口はみるみる塞がり、消耗しきっていた体力は濁流のような勢いで回復していっていった。

 対照的に、光に照らされたアンデッドの魔物たちは、断末魔の叫びをあげることすら許されず、次々と浄化されて黒い灰へと姿を変え、夜風に溶けて消え去っていく。


「くっ……くそぉぉぉおおおっっ!!」


 はるか後方で、ヘルヴィーナが地を震わせるような悔し涙の叫びをあげた。 これほどの絶対的な聖域を展開されてしまっては、彼女の得意とする闇の魔術は完全に遮断され、新たなアンデッドを召喚することなど天地がひっくり返っても不可能だった。彼女がこれまで積み上げてきた絶望の軍勢が、根底から瓦解していく。

 さらに、この聖なる光は前線で戦う仲間たちに途方もない恩恵をもたらす。 ジークとイグニスの身体に、黄金の紋章が浮かび上がった。『神の加護』のバフが二人に付与されたのだ。元々高まっていた身体能力がさらに何倍にも強化され、たとえ敵の攻撃をかすめて傷ついても、その傷が瞬時に自動で回復していく『リジェネ効果』までが追加される。


「おいおい、身体が羽みたいに軽いぜ……! 傷が勝手に治りやがる!」

「すごい、これが奇跡の力……! 負ける気がしないよ!」


 ジークとイグニスの攻撃がさらに苛烈さを増し、残った魔物たちを瞬く間に圧倒していく。

 それだけではない。聖域内に残存していた生身の魔物たちにも、聖なる光の審判が下る。 頭上から降り注ぐ光の粒子が、目に見えない鎖となって魔物たちの身体をがんじがらめに縛り上げたのだ。 「ギチチチッ!」「ガアァッ!?」と困惑した悲鳴を上げながら、魔物たちはどれだけ力を込めても一歩も動くことができず、その場に完全にとどめ置かれ、バインドされて身動きが取れなくなる。形勢は完全に逆転した。

 そして――光が最も強く、優しく集まったのは、やはりアリーシャの元だった。

 ライラとセレスの前に静かに横たわっているアリーシャ。 彼女の肉体と魂を蝕み、死の淵へと引きずり込もうとしていた最高位の暗黒呪詛が、聖域の光に耐えかねたように、黒い不気味な煙となって体内から徐々に抜け始めていく。血管に浮かび上がっていた黒い不浄の脈動が、見る見るうちに消えていった。


「アリーシャ……!」


 レオはその様子を固唾を呑んで見つめ、ただひたすらに、彼女の回復を強く、強く願った。全員でここまで繋いだ命だ。届いてくれ、と胸の中で叫び続ける。


「……アリーシャ」


 ライラはゆっくりと、重い瞼を開けた。 溢れる光の中で、アリーシャの肌に本来の健康的な赤みが戻りつつあるのを見つめる。

 まだ意識は戻らない。けれど、確かに呪いは解け、命の火が力強く灯り直している。 ライラは息を整えながら、横たわる大切な後輩の胸元にそっと視線を落とし、心の中で力強く、祈るように願った。


(戻ってきて、アリーシャ――!)


 二人の命を賭けた祈りが、戦場のすべての闇を払い去り、奇跡の夜が明命を迎えようとしていた。


最後まで読んでいただきありがとうございます。また、評価、ブックマーク、リアクション等を付けていただき、誠にありがとうございます!とても励みになります!!次話も読んでいただけると嬉しいです。


次の更新予定は7月10日(金)のAM1時を予定しておりますので、よろしくお願いします!

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