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3-18話:絶望の戦域、光射す生還

「レオォォ! 無事か!?」


 石壁の角を猛然と曲がり、暗闇を切り裂くようにして現れたのは、息を荒く乱したカイトだった。カイトは即座にレオの元へと駆け寄り、その五体に大きな傷がないかを確認すると、すぐにレオの背にぐったりと預けられているアリーシャへと鋭い視線を走らせた。


「カイトさん……!!」

「アリーシャの具合はどうなの?」


 カイトの切迫した問いかけに、レオは一瞬だけ視線を落とし、その表情を苦痛と焦燥で激しく曇らせた。


「ヘルヴィーナの呪いです……。進行が徐々に進んでいて、このままだと……。早く、ライラやセレスさんに見せないと、本当に危ないんです……!」


  背中から伝わってくるアリーシャの呼吸は、先ほどよりも一段と浅く、冷たくなっている。刻一刻と迫る命のタイムリミットが、レオの心を容赦なく締め付けていた。


「レオ! アリーシャを俺が連れていくよ! お前もその体で長時間彼女を背負って、もう限界だろう?」


 カイトがレオの満身創痍の身体を気遣い、アリーシャを引き取ろうと手を伸ばす。レオの右腕はだらりと垂れ下がり、全身からは噛み砕いた『アクセル・バレット』の過剰な魔力が蒼い光となって痛々しく吹き出していた。客観的に見れば、レオの体力はとっくに底を突いているはずだった。

 しかし、レオはその差し出された手を拒むように、一歩足を引き、背中のアリーシャを力強く背負い直した。


「いえ……アリーシャは俺が連れていきます! お気遣い、ありがとうございます」


 少年の口から出た、低く、しかし恐ろしいほどに芯の通った声。 その瞳に宿る真剣そのものの光、そして何者にも揺るがされることのない強固な覚悟を正面から受け止め、カイトは息を呑んだ。ただ守られるだけだった少年が、一人の男として、一人の「マスター」として、命に代えても彼女を背負い続けると決意している。

 カイトは小さく笑みを浮かべると、力強く頷いた。


「――わかった。あと少しだ! 頑張れ!!」


 カイトは短剣を握り直し、案内を再開すべく反転した。


「俺の後ろを死に物狂いでついてきな! 道は俺が切り開く!」

「はいっ!!」


 カイトのエールを背に受け、レオは再び蒼い閃光となって石畳を疾走し始めた。

 一方、地上の跳ね橋の上では、ジークたちが文字通りの「地獄」の中に立たされていた。


「くそっ! どいつもこいつも、倒しても倒してもキリがねぇように復活してきやがるじゃねぇか!!」


 ジークは咆哮を上げながら魔槍ゲイボルクを振るい、迫りくるソルジャーグールの首を撥ね飛ばす。しかし、飛び散った肉片や骨は、不気味な黒い霧に引かれるようにして再び結合し、何事もなかったかのように立ち上がってくる。激しい魔力の消耗に伴い、ジークの呼吸はすでに限界近くまで荒くなっていた。


「ライラ! 何かこいつらを一発で浄化するような、聖属性のデカい技はねぇのか!?」


  ジークが背後のライラに向かって怒鳴る。


「あるにはあるけど、それには膨大な詠唱の時間が必要よ!」


  ライラは拳を構え、ジークの死角から迫る魔物を引き裂きながら叫び返す。


「それに、これだけの規模の不死者を完全に滅するほどの強力な効果を得るには……そうね、セレスにも手伝ってもらうしかないわ! だけど、四方八方から魔物が押し寄せるこの最悪の状況で、そんな無防備な時間を稼ぐ余裕がどこにあるっていうのよ!」


 戦線は完全に崩壊しかけていた。 前衛で盾となるべきアリーシャを欠いた穴はあまりにも大きく、ジークとライラ、そして竜人族のイグニスの3人だけでは、無限に湧き出る魔物の群れと、その後方に鎮座するドラゴンゾンビの猛攻を防ぎ止めるだけで精一杯だった。


「イグニスもいるが……チッ、確かにそんな余裕は一秒だってねぇな!」


  ジークは、かつてないほどの絶望的な戦況に歯噛みした。そして、激しい戦火のただ中で、無意識のうちに「ある少年」の存在を強く意識していた。

(くそっ……あいつが、あの頼りねぇ錬金術師のボウズが居たら、この状況でも何か一手を考えて、どうにかしてくれそうなもんだが……!)


 ジークたちのそんな会話は、激しく戦うイグニスの耳にも届いていた。 イグニスの胸は、張り裂けんばかりの罪悪感と後悔で満たされていた。自分の注意が怠ったせいで、アリーシャを奈落へ落とし、他人の大切な命を危機に晒してしまった。その重すぎる現実が、彼女の誇り高き心を激しく責め立てる。


「……私の失態だ。私のせいで、皆をこんな窮地に……!」


 イグニスは真っ赤な大剣を強く握り締め、覚悟を決めたように視線を鋭く光らせた。


「私が何とかする! 盾にでも何にでもなって、時間を稼いでみせる! だからライラ、お前は浄化の術をやってくれ! そして……どうか、操られた私の同胞たちを、あの苦しみから救ってほしい!」


 命を投げ打つ覚悟のイグニスの言葉。 だが、それを冷ややかに見下ろす存在がいた。


「あはははは! 本当に貴方たちは、死に際までおしゃべりが大好きなのねぇ」


 禍々しい玉座に腰掛けたヘルヴィーナが、じれったそうに長い爪を鳴らす。


「もう退屈だわ。楽にしてあげる。――殺しなさい」


 ヘルヴィーナの冷酷な命令が下ると同時に、巨大なドラゴンゾンビが地響きを立てて前進し、その凶悪な顎を開いた。さらにヘルヴィーナ自身の周囲に、陽炎のように歪む「漆黒の魔力弾」が何十個も同時に生成される。それは触れるものすべてを腐食させ、消滅させる死の魔力。


「死ね」


 ヘルヴィーナの手が振るわれ、無数の漆黒の魔力弾が、豪雨のような勢いでジークたちめがけて一斉に放たれた。


「――しまっ……!」


 ジークが槍を構えるが、防ぎきれる数ではない。 イグニスは全ての攻撃をその身で受けるべく、大剣を掲げてジークたちの前に飛び出そうとした。誰もが、全滅の二文字を覚悟したその瞬間――。


「――『スペル・ブレイカー』!!」


 鋭く、そしてどこまでも聞き覚えのある少年の声が、戦場に響き渡った。

 直後、ジークたちの頭上へ降り注ぐはずだった無数の漆黒の魔力弾が、まるで最初から存在していなかったかのように、一瞬にして音もなく消滅したのだ。


「な……っ!?」


 ヘルヴィーナが初めてその優美な顔を驚愕に歪め、立ち上がる。 ジーク、ライラ、イグニスの3人もまた、突如として訪れた静寂と、あまりにも聞き馴染みのある声に、弾かれたように後ろを振り返った。

 跳ね橋のすぐ裏にある、石造りの隠し扉。 その破壊された瓦礫の中に、カイトと共に立っている一人の少年の姿があった。 右手には愛銃『ツインレゾナンス』を構え、その銃口からは空間の魔力を打ち消す特殊弾の残渣が煙となって揺らめいている。全身を蒼い魔力で発光させ、汗まみれになりながらも、その瞳には一切の衰えを知らない闘志が宿っていた。


「遅くなりました。なんとか……戻れました」


 レオは不敵に、しかし少しだけ申し訳なさそうに言った。

 その姿を見た瞬間、ジークの顔に、これまでにないほど凶悪で、そして最高に嬉しそうな笑みが浮かんだ。


「ったく……おせぇんだよ! 早く支援をよこせ、この馬鹿野郎が……!!」


 ジークはあえてレオに背を向けると、にぃっと口角を大きく吊り上げた。張り詰めていた絶望が消え去り、身体の奥底から爆発的な力が湧き上がってくるのを感じていた。


「ライラ! アリーシャを診てやれ! ここは俺が何とかする!!」


 ジークはゲイボルクを強く握り直すと、再びドラゴンゾンビの巨躯めがけて猛然と走り出した。 その逞しい背中に向けて、レオは一瞬の躊躇もなく引き金を引く。


 ドンッ!!


 放たれた『ドーピング・バレット(能力上昇弾)』がジークの背中に命中した瞬間、彼の身体から黄金のオーラが爆発した。


「おおおおおっ! 身体が軽いぜぇ!!」


 ジークの移動速度が爆発的に跳ね上がり、ドラゴンゾンビの懐へと一瞬で肉薄する。

 レオはすかさず、呆然としていたイグニスに向けても銃口を向けた。


「イグニスさん、あなたもです! 行ってください!」

「あ、ああ……っ!」


 放たれた支援弾を受け、イグニスの大剣に凄まじい紅蓮の炎が宿る。能力を極限まで底上げされた二人の前衛が、再び魔物の群れへと突撃し、戦況を強引に押し戻し始めた。


「アリーシャ!!」


 ライラは、レオの元へと全力で駆け寄った。レオがそっと地面に横たえたアリーシャの身体を見た瞬間、ライラの顔から完全に血の気が引いた。


「セレス!? セレス、早く来てっ!!」


 ライラの大声での叫びを聞きつけ、後方で防衛にあたっていたセレスが、血相を変えてこちらへと駆けつけてくる。


「ライラさん、アリーシャちゃんは――っ!?」


 たどり着き、アリーシャの身体を見たセレスは、あまりの惨状に言葉を失った。

 アリーシャの衣服の隙間から見える肌は、右横腹を中心に、炭のように不気味な黒色に染まっていた。血管を伝うようにして首元、そして顔にまで徐々に侵食を進めており、ドクドクと不気味な脈動を繰り返している。それは、肉体だけでなく魂までも腐らせる、最高位の暗黒呪詛だった。


「……嘘、思ったよりずっと進行が早いわ。悪い状況なんてレベルじゃない……!」


  ライラの声が、真剣さと恐怖で微かに震える。


「そんな……アリーシャちゃん……」


  セレスの瞳に、みるみるうちに涙がたまっていった。しかし、彼女はただ怯えて立ち尽くすだけではなかった。ぎゅっと自らの聖印を握りしめ、覚悟を決めた眼差しでライラを見つめ返す。


「ライラさん、私に神聖力を注がせてください! 私の力だけじゃ足りなくても、ライラさんの魔力と合わせれば、きっと――!」


 その言葉に、ライラは一瞬驚いたように目を見張った。だが、すぐにいつもの不敵で頼もしい先輩の笑みをその唇に浮かべ、じわりと涙目を浮かべるセレスの肩に、ポンと力強く手を置く。


「言うようになったじゃない。……いいわ、私は、あんたの神聖力の力を信じてる」

「ライラさん……!」

「でも、ハッキリ言って、これだけの規模の解呪は命懸けよ。私のこの無茶な祈りに、ちゃんと遅れずについてこられる?」


 挑発するような、けれど絶対の信頼がこもったライラの問いかけに、セレスは涙を拭い、かつてないほど力強く頷いた。


「――はいっ! 当然です、どこまでだってついていきます!!」

「よく言ったわ! 始めるわよ!」


 二人は同時に目をつむり、胸の前で手を合わせる。静謐で、しかしどこまでも厳かな「祈り」が始まった。

 セレスの身体から溢れ出た、澄み切った純白の神聖力が、ライラへと流れ込んでいく。ライラはその莫大な魔力と神聖力を自らの内で練り上げ、アリーシャの胸元へとゆっくりと手をかざした。薄暗い戦場の中に、まるでお調子者の二人からは想像もつかないような、神聖で、張り詰めた祈りの結界が形成されていく。

 ライラは目を開けることなく、背後の少年に向けて、祈りの声のままに告げた。


「レオ……私たちは今から、完全に無防備になるわ。解呪が終わるまで、指一本だって動かせない。――あとは、頼むわね。アリーシャは私たちに任せて」

 

 その言葉には、レオに対する絶対的な信頼が込められていた。

 アリーシャの命を救うための、神聖な儀式。その背後では、未だに無数の魔物が咆哮を上げ、呪いの主であるヘルヴィーナが、忌々しそうにこちらを睨みつけている。ここを突破されれば、アリーシャの命だけでなく、全員の死が確定する。

 それを理解したレオは、愛銃を強く強く握り締め、二人の祈る背中の前に立ちはだかった。


「わかりました……。お願いします!!」


 レオの瞳に、かつてないほどに鋭く、冷徹な戦神の光が宿る。 背中を預けてくれる仲間たちのために、そして何よりも、自分を信じ続けてくれた大切な少女の命を繋ぐために。 少年は銃口を群れへと向け、この場を何が何でも死守すべく、深い迎撃の身構えをとった。


読んでいただきありがとうございます。また、評価、ブックマークしていただき誠にありがとうございます!!とても励みになります!!引き続き、評価、ブックマーク、リアクション等を付けて頂けると非常に励みになりますのでよろしくお願いします!


次回の更新は6月26日(金)のAM1時を予定しております。次話も読んでいただけると嬉しいです。

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