3-17話:無力な自分
「はぁ、はぁ……くそっ! この道は一体どこまで続いているんだ……!」
暗闇がどこまでも続く、終わりなき一本道。 背中に感じるアリーシャの体温はだんだんと冷たくなっており、右横腹の呪いの黒ずみが刻一刻と彼女の命を蝕んでいるのが、触れ合っている背中越しに痛いほど伝わってくる。
早く地上へ。早くみんなのところへ。 焦燥感はいつしか、自分自身に対する激しい苛立ちへと変わっていた。
(……結局、僕は何も変わっていないじゃないか)
脳裏に、苦い過去の記憶がよみがえる。 実家を追い出され、自分の力だけで生きていこうと決意したあの時から、今日にいたるまで。 自分一人で強くなったつもりでいた。この錬金銃を手にしたとき、今度こそ自分の足で立ち、変われるのだと信じていた。
だが、現実はどうだ。 結局はいろいろな人たちと関わり、そのたびに助けられ、守られてきただけだ。 アリーシャ、ミレイユ、ジーク、ライラ。 今だって、アリーシャが命懸けで自分を庇ってくれたから、こうして息をしている。自分はいつだって、誰かの犠牲の上に生かされているだけではないのか。何もできていない自分、昔の無力な自分のまま、一歩も進めていない現実。
その自責の念が、胸を焦がすような悔しさへと変貌する。
「くそぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
レオは悔しさのあまり、暗闇の空洞に向かって大声で叫んだ。 喉がちぎれんばかりの咆哮が、冷たい岩壁にぶつかって反響する。
仲間一人、自分の力で助けられていない。 なんとか助けたい……いや、絶対に助ける! 何としてでもだ! アリーシャは、出会ったあの時からずっと僕の傍にいて、僕を支え続けてくれた。 どんな時も「マスター」と呼んで、まっすぐな瞳で僕を信じてくれたんだ。
(それなら……俺だって! マスターとして、彼女を死なせるわけにはいかないんだ!!)
だが、アリーシャを背負うために両手は完全に塞がっている。愛銃『ツインレゾナンス』を手に取って『アクセル・バレット』を撃ち込むことは物理的に不可能。
ならば――一か八か、やるしかない。
「『ディメンション・ドロウ』……ッ!」
レオは脳内に、銃ではなく「弾丸そのもの」を直接取り出すイメージを強烈に思い描いた。 カチッ、と空間が爆ぜるような独特の機械音が、彼の口元で鳴り響く。
(――きたッ!)
レオの口内に顕現したのは、紛れもない『アクセル・バレット(自己強化弾)』。 しかし、銃がなければ撃ち出すことはできない。レオは瞬時に頭をフル回転させ、錬金術師としての知識を手繰り寄せた。
(そうだ……支援弾の弾頭は、間違って人に当たっても危害を加えないよう、あえて衝撃で壊れやすい軽い素材で作られている。なら……!)
レオは覚悟を決め、口内に生じた魔力弾の弾頭部分を、奥歯で思い切り噛み締めた。
パリンッ!!!
ガラスが砕けるような鋭い音が、レオの口の中で響く。 中から溢れ出た、高濃度の魔力を含む液体が喉を伝わり、一気に体内へと流れ込んでいく。直後、レオの全身が爆発的な蒼い光を放ち、心臓が爆音を立てて脈打ち始めた。
「よし……いけたッ!!」
過剰な魔力が体内を駆け巡り、筋肉が引き裂かれるような激痛が走る。だが、それ以上の速度で、レオの脚力は爆発的に跳ね上がった。 一歩の歩幅が劇的に伸び、景色が凄まじいスピードで後ろへと吹き飛んでいく。
「絶対にアリーシャを助けるんだ……!」
額から大粒の汗が吹き出し、視界が滲んでも、レオは絶対にスピードを緩めない。ただひたすらに、目の前の闇を切り裂くようにして突っ走る。 もはや、プライドも計算もない。とにかくこの絶望的な状況を切り抜けたい、その一心だけで、彼は声を枯らして叫び続けた。
「だれか……! だれかあぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
少年の必死の叫びは、どこまでも続く洞窟の奥深くへと反響し、遠く、遥か遠くまで響き渡っていく。
その頃、隠し通路の捜索のために、城壁の階段を降りて地下深くへと進んでいたカイトは、冷たい岩肌に耳を澄ませていた。
「ハァ……ハァ……どこだ、どこに仕掛けが――」
その時、暗闇の奥から、信じられないほど必死な、聞き覚えのある少年の叫び声が鼓膜を震わせた。
『だれか……! だれかあぁぁぁッ!!』
「――っ!? この声は……!」
カイトの瞳が見開かれる。間違いない、奈落の底に落ちたはずの、レオの声だ。
「レオォォォォォォッ!!」
カイトは喉が破裂せんばかりの声で叫び返した。 彼は即座に声のした方向へ向かって地を蹴った。同時に、最上級の冒険者としての冷静さも失わない。入り組んだ地下遺構で自分が迷わないよう、また、後から追ってくるかもしれない仲間の道標になるよう、懐から取り出した光苔を壁や床へ手際よく撒き散らしながら、一筋の影となって駆け寄っていく。
(待ってろ、今行く……っ!)
一方、遠くから自分の名を呼ぶ声を聞き取ったレオの胸に、言葉にできない喜びが突き上げた。
「カイトさんの声だ……っ!」
レオはさらに懸命に地を踏みしめて走る。しかし、それまで続いていた単純な一本道は突如として終わりを告げ、周囲の情景が一変した。 地面はむき出しの土から、古びた、しかし強固な石畳へと変わり、行く手を阻むようにいくつもの分かれ道が複雑に入り組む、まるで迷路のような構造に足を踏み入れてしまったのだ。
「しまっ――どっちだ!?」
スピードを落とさざるを得ないレオの焦りを察したかのように、再び遠くの闇からカイトの鋭い怒号が響く。
「レオォ! そこで声を出して待ってろ!」
複雑に入り組んだ構造のせいで、音が反響して正確な位置が掴みづらくなっているのだ。下手に動き回れば、互いにすれ違って永久に合流できなくなる恐れがある。長年の経験に裏打ちされた、Sランク冒険者としての的確な指示だった。
レオは言われた通り、その場に足を止めた。背中のアリーシャをしっかりと抱え直しながら、肺に溜まった空気をすべて吐き出すように叫ぶ。
「カイトさん! こっちです! こっち!!」
その声を聞いた瞬間、カイトの思考が限界を超えて加速した。 常人なら耳を疑うような、迷路の壁にぶつかって幾重にも歪んだ反響音。しかし、カイトの培ってきた『Sランク冒険者の勘』と卓越した聴覚は、その音の僅かなズレ、空気の振動の強弱から、レオが点在する通路の「どの区画」にいるのかを瞬時に看破した。
「そこかッ!!」
カイトは一切の迷いなく角を曲がり、時に壁を蹴り、跳躍しながら最短ルートを猛スピードで突き進む。光苔を撒く手は止めず、しかしその速度はさながら疾風の如し。入り組んだ迷路など、彼の研ぎ澄まされた野生の勘の前には、ただの直進道路も同然だった。
「カイトさん! こっち!」
レオは声を枯らしながら、ひたすら叫び続ける。 すると、暗闇の奥、複雑に折れ曲がった石壁の向こうから、だんだんと、確実にこちらへと近づいてくる鋭い足音が聞こえてきた。
暗くて冷たい奈落の底に、確かな希望の足音が響き渡る。レオはアリーシャの冷えた手をもう一度強く意識し、その足音が自らの元へ到達する瞬間を、じっと待ち続けた。
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