2-2話:残火に宿る父の背中
太陽が完全に地平線の彼方へ消え去ると、昼間の穏やかさが嘘のように、鋭い冷気が街道を支配し始めた。 まだ春の浅い季節。吹き抜ける風は、薄手の服を容易に通り抜け、容赦なく体温を奪っていく。
「(……寒いな。さすがに、これほどとは思わなかった)」
レオは身を縮め、どこか風をしのげる場所を求めて街道の脇を歩いた。幸い、大きな岩の重なりと斜面が作る小さな窪みを見つけ、そこを今夜の寝床に決める。
背負い袋から火打ち石と火口を取り出した。父との過酷な修行の日々、野外での心得として叩き込まれた技術の一つだ。 カチ、カチと火花を散らし、ようやく小さな火が枯れ枝に宿る。パチパチとはぜる音と共に立ち上がる橙色の炎を眺めて、レオはふと、自分が今立っている「道」に思いを馳せた。
ここは、ヴァレンタイン領と王都を繋ぐ主要街道の境界付近。 この道は、父・ギルバートが「領民が魔物に怯えることなく、安全に王都と行き来できるように」と、心血を注いで整備し、警備を固めてきた場所だった。
そのおかげで、ヴァレンタイン領は辺境でありながら流通が絶えることなく、品物は豊富で、供給も安定していた。街の子供たちが腹一杯にパンを食べ、テオが宿屋の息子として忙しく働けていたのも、すべてはこの街道の安全が保たれていたからこそだ。
「……こんなところまで来て、まだ父さんに守られてるのかな」
ポツリと、独り言が漏れた。 自分を突き放し、冷酷に追い出したはずの父。けれど、レオが今こうして魔物に襲われる懸念を最小限にして野宿できているのは、紛れもなく「辺境伯・ギルバート」の仕事の結果だった。
一五歳。大人として扱われる年齢とはいえ、一人で迎える初めての夜。 屋敷の冷たい廊下よりも、さらに静かで、さらに暗い。 火の粉が舞い上がるたびに、昼間は押し殺していた「心細さ」が、じわじわと胸の奥に広がっていく。
「(……寂しいなんて、言っちゃダメだ。僕は、もう捨てられたんだから)」
レオは膝を抱え、膝の上に置いた「鉄くず」の二丁に指を触れた。 火の光に照らされた不格好な鉄の塊。自分の魔力を流し込まなければ、その形状すら保てない脆い存在。
もし今、暗闇から魔物が現れたら? もし明日、道が途絶えていたら?
不安が頭をもたげるたびに、レオは火の温もりに手をかざした。 この火の熱も、座っているこの道の平坦さも、かつて自分を鍛えた父の厳格さの一部なのだと思うと、皮肉にも少しだけ震えが収まった。
「……ありがとう、お父様。……さようなら」
夜風がブローチを叩き、小さな金属音が響く。 レオは消えゆく残火を見つめながら、毛布を深く被った。 父が築いた安全な道の上で、レオは明日、自分の力だけでその一歩を踏み出すための力を、浅い眠りの中で蓄えていった。




