2-1話:勇者の影と、母の微笑み
ヴァレンタインの領地を離れ、王都へと続く街道。 十五歳になったレオは、硬い革靴の底を通してt伝わる地面の感触を噛み締めていた。背負い袋には、鉄くずにしか見えない二丁の「自作銃」と、母の形見のブローチ。
街道を歩く商人の馬車を横目に、レオはひたすら歩き続けた。金貨数枚で馬車に乗る余裕さえ、今の彼にはない。日銭を稼ぐために冒険者登録をする――それが、家を追われた「無能」が生き延びるための、唯一の現実的な選択肢だった。
夕刻、沈みゆく太陽が街道を長く赤く染める。 レオは道端の大きな岩に腰を下ろし、水筒の水を一口飲んだ。静寂が訪れると、脳裏に浮かぶのは、かつて母セレナが寝物語に聞かせてくれた、少し変わったお伽噺だった。
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「昔、昔。魔物が村や街を襲っていたころ……ある勇者パーティーが魔王討伐のために冒険をしていました」
母の優しく、どこか寂しげな声。レオの髪を撫でる指の感触。 物語の中で、勇者の仲間たちは一人、また一人と倒れていく。そして最後に魔王の玉座に辿り着いたのは、たった一人の女勇者、名前はアテナ・グランジェ。
「勇者は一人で魔王を討伐し、ボロボロになりながら王都へ凱旋しました。けれど……喜んでいる人は、誰もいなかったの」
沿道を埋め尽くす民衆。彼らの目は、救世主を敬うものではなかった。 まるですぐ側に魔物が現れたかのように、怯え、遠巻きにし、汚物を見るような冷たい視線。
「王様に討伐を知らせに行くと、そこには国の魔導士たちが集まっていました。そして、こう言ったの。『強すぎる力は正義ではない。それは恐怖である。よって、その恐怖を排除して初めて、真の平和が訪れるのだ』……とね」
母はそこで物語を止め、幼いレオの顔をのぞき込んで、ふわりと優しく微笑んだ。
「ねぇレオ。なんだか、おかしな話だと思わない? 力があったら怖い。無かったらダメ。それじゃ一体、何が良いのかしらね? 一体何が本当で、何が嘘で……何が本当の平和なのか、わからなくなっちゃうわよね」
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岩の上で目を開けたレオは、自嘲気味に笑った。 かつてその勇者を排除した「強大な力への恐怖」は、今の時代、自分に向けられている「無能への蔑み」と根っこは同じなのかもしれない。
『守ってくれるはずのヴァレンタイン家が、無能だなんて……』
昨日のように思い出す、テオの拒絶の言葉。 力を持てば畏怖され、持たなければ踏みにじられる。 「平和」という言葉の裏側に隠された、人間の身勝手な防衛本能。
「……何が本当か、か」
レオは背負い袋の中から、歪な形をした鉄塊を取り出した。 自分の魔力を流し込み、無理やり形を維持させているだけの、未完成の「銃」。
「母様。僕は、最強の力なんていらないよ。ただ、自分の手が届く範囲の人間が、笑って眠れるくらいの……そんな『本当』を、この手で作ってみたいんだ」
レオは再び立ち上がった。 王都までの道のりはまだ遠い。だが、母が語った「孤独な勇者」の物語は、今のレオにとって、不思議と孤独を分かち合える道標のように感じられた。
夕闇が迫る中、少年の足取りは、先ほどよりも少しだけ確かなものになっていた。




