1-6話:不器用な餞別(せんべつ)
5年という月日は、少年の体格を青年へと変えた。 裏山の修練場。レオは父・ギルバートと対峙していた。木刀が交差するたび、鋭い衝撃がレオの腕を伝う。
(――重い。けれど、見える)
レオの動きは、5年前とは比較にならないほど洗練されていた。父に叩き込まれた基礎を、脳内のシリンダーの動きと同期させ、最小限の軌道で受け流す。
ギルバートは、木刀越しに伝わってくる息子の確かな成長を肌で感じていた。
(……良くなった。この5年、一度も腐らず、お前は私の理不尽なまでのシゴキに耐え抜いたな、レオ)
ギルバートは内心、レオを抱きしめ、その努力を称えてやりたかった。だが、今のヴァレンタイン家において、それは許されない。 街の人々の失望、正妻エレオノーラとその息子たちの圧力。レオをこのまま家においておけば、いずれ暗殺されるか、惨めな一生を強いられる。
(お前を愛しているからこそ、私はお前を「捨て」なければならない……!)
ギルバートはあえて冷徹な仮面を被り、レオの木刀を強引に叩き伏せた。
「……そこまでだ。5年かけてその程度か。やはりお前に、この家の名を継ぐ資格はない」
レオは泥の中に膝をつき、黙って父を見上げた。その瞳には、5年前のような迷いも、涙もなかった。
「……はい、お父様」
「今日限りで、お前をヴァレンタイン家から追放する。二度と、私の前に面を見せるな」
ギルバートは背を向け、震える声を押し殺した。そして、最後の「手向け」を口にする。
「……ただし。私の宝物庫へ行き、一つだけ好きなものを持っていくがいい。それを売って、野垂れ死なぬ程度の生活資金にするがいい」
それは、父としての精一杯の「一生遊んで暮らせるだけの財産を持っていけ」という願いだった。
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宝物庫の重い扉が開く。 そこには、歴代の辺境伯が集めた金銀財宝や、魔力を帯びた伝説級の武器が並んでいた。
「(金になるもの……。でも、僕に必要なのはそんなものじゃない)」
レオが迷わず歩み寄ったのは、棚の隅で埃を被っていた、古ぼけた剣と盾のブローチだった。かつて母セレナが愛用していたもの、あるいはヴァレンタインの家紋を模した、金銭的価値などほとんどない記念品だ。
ギルバートは、レオが手に取ったものを見て絶句した。
(……なぜ、それを選ぶ!? 宝石が埋め込まれた聖剣があるだろう。一粒で城が建つダイヤがあるだろう。それを持っていって、何になるというのだ……!)
喉まで出かかった言葉を、ギルバートは必死に飲み込んだ。 「好きなものを持っていけ」と言ってしまった手前、それを取り上げさせることは、武人としての誇りが許さない。
レオは、その価値のないブローチを大切そうに胸に付け、背負ったボロ布の包みを握りしめた。 そこには、5年間の夜を捧げて作り上げた、不格好な二丁の鉄塊が入っている。
錬金術の未熟さゆえに、形は歪み、表面は錆びた鉄くずのようにひび割れている。設計図通りの洗練された姿とは程遠い、まるで子供の玩具のような「へんてこな鉄」。
「お父様。……今まで、ありがとうございました」
レオは深く、深く頭を下げた。 ギルバートはレオの顔を見ることができず、ただ小さく「行け」とだけ告げた。
屋敷の門を出るレオの背中を、ギルバートは窓越しに、一人血の涙を流しながら見つめていた。
(行け、レオ。……お前が選んだそのブローチと、その汚い鉄くずが、どうかお前の命を守る盾になってくれることを……私は、それだけを願っているぞ……!)
太陽が沈み、レオの長い旅が始まった。 手元にあるのは、母の遺した小さなブローチと、誰にも理解されない二丁の鉄くず、そして父から授かった「剣の型」。
最速の旋律が奏でられるのは、まだ少し先の話。 けれど、運命の歯車は、確実に回り始めていた。
この6話で第1章が終わりとなります。ストックが少なくなりましたが、とりあえず1章まで投稿しました。読んでリアクションや感想いただけると幸いです。この旅立ちからレオの冒険は始まります。次は2章へ移ります。レオが一体どんな冒険をするのか楽しみにしていただけたら幸いです。




