表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
家を追われた無能の三男坊、最速リロードで戦場を支配する ―父の剣術で放つ錬金銃(バレット)―  作者: Ni.Akki
第1章黎明のリロード ―無能と蔑まれた少年の5年間の旋律―
PR
7/101

1-6話:不器用な餞別(せんべつ)

 城下町でテオたちと再会してから、数日が過ぎた。

 裏山の修練場には、今日も木刀のぶつかり合う鋭い音が響いている。

 父上が放った横薙ぎの一撃を、僕は木刀で受け止めた。


 ガンッ――!


 まるで鉄塊を叩きつけられたような衝撃が、両腕を突き抜ける。


(――重い。だけど、見える)


 五年前の僕なら、今の一撃だけで木刀を弾き飛ばされていただろう。

 けれど今は、父上の肩や腰の動きから、次にどこを狙ってくるのかを予測できる。

 真正面から力で受けるのではない。

 木刀の角度をわずかに傾け、攻撃の軌道を逸らす。

 足を半歩だけ滑らせ、空いた父上の懐へ踏み込んだ。


(剣を振り上げる必要はない。最小限の動きで、次の一手へつなげる!)


 脳裏で、錬金銃のシリンダーが回転する。

 一つの動作を終えた瞬間には、次の動作がすでに始まっている。

 受け流しから反撃へ。

 発砲から再装填へ。

 五年間、父上から叩き込まれてきた型と、自分で造り上げた錬金銃の機構が、僕の中で一つに重なっていた。


「はあっ!」


 僕は鋭く手首を返し、父上の胴へ木刀を振り抜いた。

 しかし、その一撃が届く直前。

 父上の姿が視界から消えた。


「えっ――」

「意識を一つへ集中させるな」


 背後から声が聞こえた。

 次の瞬間、木刀が僕の脇腹を打ち据える。


「ぐっ……!」


 息が詰まり、身体が地面へ投げ出された。

 土の上を転がった僕は、すぐに木刀を支えとして起き上がろうとする。

 けれど、父上から次の攻撃が来ることはなかった。


「……そこまでだ」


 低い声が、修練場へ響いた。

 荒い息を整えながら顔を上げると、父上は木刀を下ろし、僕をじっと見つめていた。

 その表情からは、いつものように何を考えているのか読み取れない。


「五年かけて、その程度か」


 冷たい言葉が落とされる。

 僕は木刀を握ったまま、ゆっくりと立ち上がった。

 以前の僕なら、その一言だけで胸をえぐられ、涙を堪えることもできなかっただろう。

 けれど今は、黙って父上の次の言葉を待った。


「やはり、お前にヴァレンタインの名を継ぐ資格はない」


 父上は僕から視線を外し、背を向けた。


「本日をもって、お前をヴァレンタイン家から追放する」


 一瞬、風の音が消えたように感じた。


「……追放、ですか」

「そうだ」


 父上はこちらを振り返らない。


「今日中に荷物をまとめ、この領地から立ち去れ。以後、ヴァレンタインの名を名乗ることも、二度とこの屋敷へ戻ることも許さん」

 

 胸の奥が、ずきりと痛んだ。

 覚悟していなかったわけではない。

 神託の儀で《アルケミスト》を授かったあの日から、自分がこの家に必要とされていないことは分かっていた。

 屋敷には、僕を蔑むエレオノーラ様と二人の兄がいる。

 城下町にも、もう僕の居場所は残されていない。

 それでも心のどこかで、父上との稽古だけは明日も続くのではないかと思っていた。

 どれほど厳しくても。

 一度も褒めてもらえなくても。

 この修練場で木刀を交える時間だけが、僕と父上をつなぐ最後の糸だった。

 その糸が、今、断ち切られた。

 木刀を握る指へ、無意識に力が入る。

 それでも僕は泣かなかった。

 父上から教わった構えを崩さないように背筋を伸ばし、静かに頭を下げた。


「……承知しました、お父様」


 自分でも驚くほど、声は震えていなかった。

 父上の肩が、ほんのわずかに動いたように見えた。

 けれど、こちらを振り返ることはない。


「ただし――」


 しばらくの沈黙のあと、父上が再び口を開いた。


「この家へ生まれた者に対する、最後の情けだ。屋敷を出る前に、私の宝物庫へ行け」

「宝物庫へ……?」

「そこにあるものを、一つだけ持っていくことを許す」


 予想していなかった言葉に、僕は目を見開いた。

 ヴァレンタイン家の宝物庫には、歴代の当主が集めてきた財宝や武具が収められている。

 家督を継がない三男どころか、使用人が近づくことすら許されない場所だ。


「金へ換えれば、しばらくは生きていけるだろう。何を選ぶかはお前の自由だ」


 父上は、それ以上の説明をしなかった。


「……ありがとうございます」

「礼などいらん」


 短い返答とともに、父上は修練場から歩き去っていく。

 その足取りは普段と変わらず、最後まで一度も振り返らなかった。

   

       ◆


 屋敷の地下にある宝物庫。

 分厚い鉄の扉が、番兵二人の手によってゆっくりと開かれた。

 扉の奥に広がっていた光景を目にした瞬間、僕は思わず息を呑んだ。

 金貨が詰められた大箱。

 色とりどりの宝石。

 細かな装飾が施された黄金の杯。

 壁には、魔力を帯びた剣や槍、鎧が整然と並べられている。

 そのどれもが、僕には価値を想像できないほど高価な品に見えた。


「こちらにあるものから、お一つお選びください」


 案内役の侍従が告げる。

 僕は金貨の箱の前で足を止めた。

 これだけあれば、屋敷を出たあとも当分は困らないだろう。

 宝石を一つ持っていけば、小さな家を買えるかもしれない。

 伝説級の武器ならば、使えなくても売ることで莫大な金を得られる。

 それでも、どれも自分のものには思えなかった。


(確かに、これから生きていくにはお金が必要だ)


 屋敷を追われた僕には、帰る場所も頼れる相手もいない。

 金銭的な価値だけで選ぶなら、宝石か魔導武器を持っていくべきなのだろう。


 けれど――。


 宝物庫の奥へ進んだ僕は、棚の隅で足を止めた。

 豪華な宝石箱や魔道具の陰に、ひっそりと置かれた小さな箱がある。

 蓋の上には薄く埃が積もっていた。

 なぜか気になり、手に取って蓋を開く。


「……これ」

 

 中に収められていたのは、剣と盾をかたどった小さなブローチだった。

 華美な宝石は使われていない。

 銀色の表面も、長い年月によって少しくすんでいる。

 けれど僕は、このブローチを知っていた。

 幼い頃の記憶。

 まだ母・セレナが生きていた頃、その胸元にはいつもこのブローチが飾られていた。

 錬金術書を開き、僕へ文字を教えてくれた母。

 薬草をすり潰す僕の手つきを見て、優しく笑ってくれた母。

 顔も声も、今では少しずつ曖昧になり始めている。

 それでも、胸元で揺れていたこの小さなブローチだけは、はっきりと覚えていた。


「これにします」


 僕が告げると、侍従は驚いたように目を瞬いた。


「こちらで、よろしいのですか?」

「はい」

「しかし、あちらには高位の魔導剣もございます。宝石であれば、今後の生活にも――」

「これがいいんです」


 僕はブローチを掌で包み込んだ。


「僕にとっては、これが一番大切なものだから」


 もう迷いはなかった。

 

         ◆


 宝物庫を出ると、父上が廊下で待っていた。

 何を選んだのか、確認するためだろう。

 僕が手にした小箱を開き、中のブローチを見せる。

 その瞬間、父上の目が大きく見開かれた。


「……それを選んだのか」

「はい。母が身につけていたものです」


 父上の視線が、ブローチへ注がれる。

 何かを言いかけるように唇がわずかに動いた。

 けれど、言葉が発せられることはなかった。


「お金にはならないと思います。でも、僕はこれを持っていきたいです」

「……好きなものを一つ選べと言った」


 父上は僕から顔を背けた。


「それがお前の選択ならば、もはや私が口を挟むことではない」


 許しを得た僕は、ブローチを胸元へ留めた。

 銀色の剣と盾が、窓から差し込む光を受けて小さく輝く。

 その光を見つめていた父上の手が、強く握られていることに、そのときの僕は気づかなかった。

  

        ◆


 自室へ戻った僕は、旅立ちの準備を始めた。

 持っていけるものは多くない。

 最低限の着替え。

 わずかな食料と水。

 薬草を入れた小袋。

 そして、母が大切にしていた古い錬金術書。

 最後に、机の上へ置かれた二丁の錬金銃を布で包んだ。

 完成したばかりのそれは、設計図に描いた姿とは程遠い。

 金属の表面には錬成時に生じた細かなひびや歪みが残り、接合部分も不格好に盛り上がっている。

 魔力回路も安定しているとは言い難く、何度か撃てば壊れてしまう可能性さえあった。

 洗練された武器というより、寄せ集めた金属で造った子供の玩具に見えるかもしれない。

 それでも、僕にとっては五年間のすべてを注ぎ込んだ、かけがえのない武器だった。

 二丁の錬金銃と錬金術書を背負い袋へ収める。


 部屋を見回す。

 机。

 椅子。


 何度も設計図を描き直した窓辺。

 失敗した部品を隠していた棚。

 十五年間暮らしてきた場所なのに、持ち出せる思い出は驚くほど少なかった。

 僕は最後に扉へ手をかけ、自室を後にした。


          ◆


 屋敷の正門まで来ると、父上が一人で立っていた。

 エレオノーラ様も、二人の兄もいない。

 見送りの使用人すら、近くにはいなかった。

 父上は僕の背負い袋へ一度だけ目を向けた。

 袋の中に何が入っているのか、尋ねようとはしなかった。


「お父様」


 僕は父上と向き合い、深く頭を下げた。


「十五年間、お世話になりました」


 父上は答えない。


「僕に剣を教えてくださり、ありがとうございました」


 修練場で過ごした五年間。

 打たれ、倒され、何度も泥を噛んだ。

 一度も優しい言葉をかけてもらえなかった。

 それでも、父上から教わった型がなければ、あの二丁の錬金銃を扱う術も生まれなかった。

 追放されても、その事実まで消えるわけではない。


「父上の教えは、絶対に忘れません」


 長い沈黙のあと、父上の口から落とされたのは、たった一言だった。


「……行け」


 冷たい声だった。

 僕はもう一度頭を下げ、踵を返した。

 重い門が開かれる。

 一歩、屋敷の外へ踏み出す。

 母のブローチが胸元で小さく揺れた。

 背負い袋の中には、古い錬金術書と二丁の錬金銃。

 身体には、父から叩き込まれた剣の型が刻まれている。

 家族も、帰る場所も、これから進むべき道さえ分からない。

 それでも、僕は歩き出した。

 自分の力が通用するのか。

 この先、どんな人と出会うのか。

 何一つ分からないまま、十五年間暮らした屋敷から離れていく。

 門が閉じる直前、振り返ろうかと思った。

 けれど僕は前を向き、そのまま歩き続けた。

 

         ◆


 重い門が閉じ、少年の背中が見えなくなったあと。

 ギルバートは、その場に一人で立ち尽くしていた。

 固く握られていた拳が、ゆっくりと開かれる。

 掌には、爪が食い込んだ赤い痕が残っていた。


「……命は一つしかない」


 誰にも届かない声が、閉ざされた門の前へ落ちる。


「死んだら、そこで終わりだ」


 それはかつて、泣きじゃくる幼い息子へ突きつけた言葉だった。

 ギルバートはそれ以上何も語らず、屋敷へ背を向けた。

 一方、レオはまだ知らない。

 母の形見と、誰にも認められなかった二丁の錬金銃。そして父から授かった剣の型が、これから幾つもの命を救うことを。

 最速の戦律が奏でられるのは、まだ少し先の話。

 けれど、少年の運命を変える歯車シリンダーは――。

 今、確かに回り始めていた。


最後まで読んでいただきありがとうございます。評価、ブックマーク、リアクション等を付けて頂けると非常に励みになりますので、ぜひともよろしくお願いします!


第1章テーマソング『Reload My Life』公開しました!


第1章をイメージして制作したオリジナルテーマソングです。

レオの葛藤や決意、そしてこれから始まる物語を音楽でも感じていただけたら嬉しいです。


YouTubeにて公開中!

【https://youtu.be/foQwHtcf70g】


小説とあわせて、ぜひ聴いてみてください!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ