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1-5話:断絶の旋律

 久しぶりの休日。父上との稽古もない朝、僕は身なりを整えて屋敷を飛び出した。 5年間、自分を追い込み続けてきたけれど、今日はあの日逃げるように別れてしまったテオやニナに謝りたかった。


「(ちゃんと話せば、きっとまた笑い合える……)」


 期待に胸を膨らませ、僕は懐かしい領地街の坂道を駆け下りた。 石畳の道、朝市の活気、焼き立てのパンの匂い。いつもと変わらない風景のはずなのに、走っていると肌を刺すような違和感があった。

 すれ違う大人の視線が、どこか刺々しい。 気のせいだ、と思い込もうとしながら、僕はいつもの広場へ辿り着いた。


「みんな!……あ、いた! テオ、ニナ!」


 僕は大きく手を振り、陽気な声を上げた。


「この前はごめん! 突然走り去っちゃってさ。……あ、そうだ、これお詫びに――」

「……っ。えっ……やだ。なんで来てるの?」


 差し出そうとした言葉を遮ったのは、ニナの拒絶の声だった。 彼女は僕を見て、信じられないものを見るように頬を引きつらせている。


「へ……? ニナ、どうしたの?」


 困惑して一歩歩み寄ろうとした瞬間。 宿屋の息子のテオが、ニナを庇うように僕の前に立ち塞がった。その瞳には、かつての親愛の情など微塵も残っていない。


「……こっちに来るなよ! この『でき損ない』が!」

「……っ!?」


 心臓が、冷たい氷の棘で貫かれたような気がした。 テオ。剣の練習をして、将来は父上の騎士団に入ると笑い合っていた親友。その彼から放たれた、あの日兄上たちが浴びせてきたのと同じ言葉。


「なんで……? なんでそんなこと言うんだよ、テオ」


 顔を強張らせ、震える声で問い返す僕に、テオは顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。


「ここは辺境伯様の領地だろ! 魔物から俺たちを守ってくれるのがヴァレンタイン家のはずだ! なのに、三男のお前が『無能』だなんて噂、街中に広まってるんだぜ! 俺たち領民を守れもしない奴と、対等だと思うなよ!」

「…………」

 

言葉が出なかった。 ふと周囲を見渡すと、広場にいた大人たちも足を止め、僕を遠巻きに眺めていた。 そこにあるのは、失望と、蔑みと、そして自分たちの安全を脅かしかねない「欠陥品」への冷ややかな拒絶。

 あの日、街に入った時に感じた違和感の正体が、これだったんだ。


「帰れよ! もう僕たちのところに来るな!」


 テオの投げた小石が、僕の足元で乾いた音を立てて弾けた。 かつて僕が「守りたい」と願った場所。僕が僕でいられた唯一の場所は、もうどこにも存在しなかった。

 僕は唇を噛み締め、溢れそうになる熱いものをぐっと堪えた。 何も言わなかった。何も言えなかった。 ただ踵を返し、屋敷へと向かって無我夢中で走った。

(――ああ、そうか。わかったよ、神様)

 風を切る音だけが耳元で響く。 もう、この場所に僕を繋ぎ止める鎖は何一つ残っていない。

 僕は屋敷の自室へ駆け込み、5年間磨き続けてきた「二丁の鉄」を掴んだ。 悲しみはもう、十分に燃料になった。 これからは、僕の戦律メロディを、僕自身の力で世界に叩きつけるだけだ。


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