3-13話:奈落へのダイブ
アイゼン・ガルドの空を、死の旋風が切り裂いていた。
「くっ……!」
レオは二丁の錬金銃を構え、迫りくる戦斧へと『ピアーシングバレット』を撃ちまくった。だが、超高速で回転する鋼の塊は、魔力の弾丸を無情にも弾き飛ばしていく。 死が、目の前まで迫っていた。 レオは覚悟を決め、銃をブレイドモードへと変形させてクロスに構える。背後のセレスを守るため、細い腕に全神経を集中させたその時――。
――ガキィィィィンッ!!!
鼓膜を突き破らんばかりの金属音が炸裂した。 レオが恐る恐る目を開けると、そこには絶望を切り払った「背中」があった。 燃え盛る炎のような赤髪。頭部からは猛々しい角が突き出し、腰からは力強い尻尾が伸びている。その女剣士は、自身の背丈ほどもある大剣一本で、あの巨大な斧を弾き返していた。
「大丈夫か?」
「え? あ……だ、大丈夫です!」
ようやく答えたレオだったが、握りしめた錬金銃を持つ手は、死の淵を覗いた恐怖で激しく震えていた。 赤い女――竜人族の剣士は、その震えを気にかける様子もなく、前方のデビルエレファントの玉座を見据える。
「――ようやく、その面を拝めるのだなッ!!」
戦場を震わせる咆哮。それを受けたヘルヴィーナは、際どいモノキニ風のローブを翻し、挑発的な笑みを浮かべた。
「ふっ、どこぞのと思えば、この前の竜人族ではないか。さしずめ同胞を殺した仇だとか言いに来たのかしら?」
「くっ……くそやろうがぁぁぁ!!」
その言葉が、竜人族の女の逆鱗を完膚なきまでに叩き割った。 彼女は爆発的な脚力で地面を蹴り飛ばし、紅蓮の閃光となって突っ込んでいく。その威力に、ヘルヴィーナを守るべく盾のスケルトンが立ちはだかった。
「邪魔だぁぁぁ!」
アリーシャが瞬時に放った『シールドチェイン』がスケルトンを拘束する。そこへ、竜人族の女が上段から大剣を叩きつけた。 凄まじい衝撃波と共に、鉄壁を誇ったはずの盾のスケルトンが、まるで枯れ木のように粉々に砕け散る。
「うそ……!?」
ライラが驚愕に目を見開いた。ジークの渾身の一撃さえ防ぎ切ったあのガードを、力任せに粉砕するその「剛」の力。 竜人族の女は、振り下ろした大剣の反動をそのまま利用し、独楽のように回転しながらヘルヴィーナへと切りかかる。
だが、ヘルヴィーナは動じない。 彼女はニィと口角を上げ、不気味な笑みを浮かべた。
ガキィィィィィィィィンッ!
再び響き渡る金属音。だが、そこにあったのは武器同士のぶつかり合いではなかった。 竜人族の女の目の前に現れたのは、腐敗し、骨を晒しながらも、かつての威厳を辛うじて留めている「同胞」の姿だった。
「ふふ……ははははっ! なんだ? これが探していたヤツじゃないのかしら?」
ヘルヴィーナが勝ち誇ったように嘲笑う。 竜人族は、ドラゴンと共に里で暮らす誇り高き一族。彼女にとってそのドラゴンは、ただの生き物ではなく、魂を分け合った家族であり、戦友だった。 それが今、ヘルヴィーナの呪いによって、見るも無残なアンデッド――ドラゴンゾンビへと変わり果て、盾として使われている。
「この、くそ野郎がぁぁぁぁッ!!」
視界が怒りで真っ赤に染まる。 竜人族の女は、同胞の哀れな姿を前に理性を失った。ドラゴンゾンビごと、その背後のヘルヴィーナを両断せんと大剣を振り上げる。
だが、ヘルヴィーナはその「動揺」が生んだ無防備な隙を逃さなかった。
「『カース・オブ・タッチ』」
ヘルヴィーナの指先から、黒い触手のような影の手が伸びる。それは呪いの具現化であり、触れた者の命を根こそぎ奪う死の接触。
「危ない!!」
アリーシャが叫んだ。 理性を失い、呪いの手に気づかない竜人族の女。アリーシャは自身の安全を顧みず、シールドバッシュで彼女を力任せに弾き飛ばした。
「アリーシャ!!」
レオの悲鳴が上がる。 竜人族の女を救った反動で、アリーシャは防御の姿勢を取ることができない。そこへ、漆黒の呪いの手が、容赦なく彼女の胸元へと突き刺さった。
「――が、ぁっ……!」
凄まじい衝撃。アリーシャの身体は木の葉のように宙を舞い、そのまま制御を失って跳ね橋の下、深い霧が立ち込める崖下へと落下していく。
「アリーシャ!!」
「アリーシャァァッ!!」
ジークとライラの絶叫がこだまする。 だが、誰よりも早く動いたのはレオだった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁッ! アリーシャアアア!!」
レオの瞳から理性が消え、ただ「彼女を失いたくない」という本能だけが彼を突き動かした。 彼は走りながら、自分自身の脚に何度も『アクセル・バレット』を撃ち込む。筋肉が悲鳴を上げ、血管が浮き出るほどの過剰な自己強化。
「離さない……! 絶対に、離してなるものか!!」
レオは崖の縁を迷うことなく蹴った。 重力に引かれ、闇の中へと落ちていくアリーシャの小さな背中。レオは空中でもがき、崖の壁を蹴りその反動を利用して、その距離を縮めていく。
死の呪いを受けた愛する仲間が、奈落の底へ消えようとしている。 それを追う少年の姿は、一筋の蒼い流星となって、闇の中へと消えていった。
戦場に残されたのは、ヘルヴィーナの冷たい笑い声と、理気を取り戻し、絶望に顔を歪める竜人族の女。 そして、仲間の脱落に激昂するジークとライラの怒気だけだった。
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