3-10話:戦場の喜劇
アイゼン・ガルド砦の跳ね橋付近は、もはや石畳の原型を留めていなかった。魔物の血と破壊された鎧の破片が散乱し、硝煙と鉄の匂いが立ち込める中、一人の少女が戦場を縦横無尽に駆け抜けていた。
「はああっ!」
鋭い気合と共に放たれたのは、華奢な見た目からは想像もつかないほど重い、ライラの正拳突きだ。自分よりも二回りは巨大なオークの腹部に拳がめり込み、次の瞬間、巨体が「く」の字に折れ曲がって数メートル後方へと吹き飛ぶ。彼女は着地の勢いを利用し、流れるような回し蹴りで側面のコボルトを薙ぎ払った。
「おらぁ! 動けねぇ奴はさっさと砦にいけぇ!!」
そのすぐ側では、ジークが巨大な槍を旋風の如く振り回していた。彼の一振りは、単なる攻撃ではない。それは暴力的なまでの衝撃波を伴う「面」の制圧だ。群がる魔物たちは木の葉のように散らされ、道を切り開いていく。
一方で、アリーシャは守護の要として、魔物に襲われかけている負傷兵や、腰を抜かした冒険者たちの前に立ちはだかっていた。「死なせません!」と叫びながら、突進してくるオーガに対して白銀の盾を叩きつける――シールドバッシュ。衝撃で意識を飛ばされた魔物を横目に、彼女は素早く避難を促した。
「ちっ……魔族はどこだ! まだ出てこないのか! さっさと元凶を蹴散らしてしまえば、こんな茶番は終わるのによ!」
ジークが苛立ちを隠さず吐き捨てる。彼の視線は、群がる雑兵たちを通り越し、不気味な「紫の霧」が漂う戦場の奥底を睨みつけていた。
地上での混戦を援護するように、城壁の上からも圧倒的な火力が降り注いでいた。
ミレイユが魔力の高まりと共に詠唱を終える。
「焼き尽くせ、インフェルノ・ノヴァ!!」
魔物が密集していた一帯が、巨大な火柱によって一瞬で溶け落ちる。続けざまにエレナが杖を掲げた。
「逃がさないわ。ダイヤモンド・ダスト!」
火炎から逃れようとした残党が、一瞬にして冷気による彫像へと変わる。そこへ、カイトが待ち構えていた。
「トドメだ! ラピッドシャワー!!」
黄金の雨が氷像を粉々に粉砕していく。完璧なまでの三人の連携。だが、その直後、カイトの背筋に冷たい何かが走った。
「……っ、この嫌な感じは……」
彼は即座にスキル『鷹の目』を発動し、戦場の最奥、霧の向こう側を凝視する。 そこには、一際巨大な影――地獄の象と称される『デビルエレファント』の背に揺られ、悠然とこちらを見下ろす魔族の姿があった。
「本命のお出ましだ! シューティングアロー!!」
警告代わりに放たれた光の矢が、魔族の周囲を切り裂く。それに気付いたジークが、喉が張り裂けんばかりの声で戦場に怒号を響かせた。
「おい! ライラ、アリーシャ! 本命がお出ましだぞ! 準備しな!!」
「ちょっと! こっちは、まだこいつらが片付いてないのよ!」
ライラが襲いかかるオークの頭部を蹴り抜きながら言い返す。その不満げな様子に、ジークはやれやれと首を振りながら、彼女に背後から迫っていた魔物を槍で貫いた。
「おせえじゃねぇか! んな、ちんたらしてんなよな! ほら、援護だ。感謝しろ!」
「うっさいわね! こっちだってこんだけ図体のでかいやつ相手にしてるんだから、しょうがないでしょ! こんな……『か弱い女一人』で戦ってるんだから!」
ライラはそう言いながら、さらに大きなオーガを一本背負いで地面に叩きつけ、追撃の拳で沈黙させた。
「……か弱い女、ねぇ。か弱い女が、拳一つでオーガをゴミみたいに倒すかねぇ?」
ジークの嫌味たらしい口ぶりに、ライラのこめかみに青筋が浮かぶ。彼女は一瞬、ジークの方を向き、にっこりと微笑んだ。
「……くっ! あっ! 手が滑ったわ!」
ドゴッ!!
「あだだだだだだっ!? おまっ、このアマ……!!」
わざとらしくジークの脇腹に拳を「滑らせた」ライラは、「ごめーん!」と棒読みで謝罪する。戦場のど真ん中で怒り狂うジークと、涼しい顔で次の獲物に向かうライラ。
「二人とも! そんなことしてる余裕なんて、一秒もないんですよ!」
アリーシャの悲鳴のような忠告に、二人が前を向く。 そこには、地響きと共に迫りくるデビルエレファントと、その上の魔族の不気味な笑みがあった。
「なんでもでかけりゃいいってもんじゃねぇだろ……やるか!」
ジークが不敵に笑い、武器を構え直したその時。
――カアァンッ!!
澄んだ乾いた音が三人の全身に響き渡った。
レオの錬金銃『ツイン・レゾナンス』から放たれた、三連の支援弾。 傷を癒やす『ヒールバレット』、魔力を充填する『エーテルバレット』、そして全能力を限界まで引き上げる『フルドーピングバレット』。
三人の身体を、レオの想いがこもった蒼い光の粒子が包み込む。
「……最高のタイミングだぜ、レオ!」
フルバフ(全強化)状態となった三人の英雄。 アイゼン・ガルド防衛戦でいよいよ魔族との直接対決へと突入する。
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