3-6話:北の砦「アイゼン・ガルド」
港での騒がしい凱旋から数時間。レオたちは指定された高級宿『白銀の翼亭』に一度荷を預け、旅の汚れを魔法と湯で軽く落としてから、身軽な装いに整えた。 といっても、これから向かうのは一国の王が待つ城だ。レオはヴァレンタイン辺境伯家から持たされた、動きやすさと気品を兼ね備えた深緑の正装に袖を通し、腰には錬金銃を、装備した。
「……よし。準備はいいかな?」
レオがロビーで声をかけると、そこには見違えるほど凛々しい姿の仲間たちがいた。 アリーシャは白銀の甲冑を磨き上げ、聖騎士としての神聖な威圧感を放っている。ミレイユもまた、淡いブルーの魔導師服に身を包み、その手にはレオが調整した魔導杖が握られていた。
だが、そこに「彼」の姿はない。
「ジークさんは……まだ来ないのかい?」
レオの問いに、ミレイユが引き攣った笑いを浮かべて上階を指差した。
「……さっきから、セレスさんの怒鳴り声がずっと聞こえてるわ。たぶん、まだ『説教』のフェーズ2くらいじゃないかしら」
耳を澄ませば、宿の二階から「この不届き者が!」「Sランクの自覚を!」というセレスの鋭い叱咤と、「悪かったって! 耳が、耳がちぎれる!」というジークの情けない悲鳴が断続的に響いてくる。
「……僕たちは、先に行こうか」
「そうですね。巻き込まれたら夜が明けてしまいます」
レオたちは苦笑いしながら、ジークの無事を(心の中で少しだけ)祈り、宿を出た。
王都の街並みは、港で見た以上に壮麗だった。道行く人々は皆、活気にあふれ、その中心に鎮座する『クレスヴァーデン城』は、まるで天に届くかのような巨大な白塔を備えていた。
城門に到着すると、そこには既にセバスが待機していた。
「レオ・ヴァレンタイン様。お待ちしておりました」
セバスは一切の無駄がない動作で一礼し、レオたちを城内へと導く。
「……広いな」
アリーシャが思わず漏らした言葉通り、城内は外観以上に広大だった。壁には歴代国王の肖像画が並び、その中には先ほど港で「親バカ」な一面を見せたアーサー王の、威厳に満ちた若かりし頃の姿もあった。
玉座の間に開かれた扉の先、真紅の絨毯をレオ、アリーシャ、ミレイユが進んでいく。その背後から、
「いてててっ……まだ耳がいてぇや」と情けない声を漏らしながらジークが、そして彼を冷ややかな目で見守るセレスが合流した。
全員が揃い、聖王アーサー・レギウス・クレスヴァーデンの前で一斉に膝をつく。
「全員集まったみたいだな。では、表を上げよ」
王の威厳ある声に顔を上げると、そこには港で見せた「親バカ」の影を完全に潜めた、戦時下の統治者としての顔があった。
「これから、北の『アイゼン・ガルド砦』の防衛線について話をしよう。誰か! 例のものを持ってきてくれ!」
王の号令に反応し、待機していた二人の兵が走り寄る。彼らは手慣れた動作で、精巧な装飾が施された台座と、2メートル四方の真っ白な布、そして淡く輝く「水晶球」を運び、手際よく組み立てていった。準備を終えた兵が速やかに立ち去ると、玉座の間には冷ややかな緊張が走る。
「うむ。では、これを見てほしい」
聖王が水晶に魔力を注ぐと、水晶が眩い光を放ち、正面の白い布に動画が映し出された。
「これは我が国の宮廷魔導士団の情報部隊が、命懸けで現場から持ち帰った記録だ」
映し出されたのは、これから向かうアイゼン・ガルド砦の戦闘風景だった。 砦を北に抜けると、深い谷に架かる巨大な跳ね橋がある。動画ではその橋を渡った先の大地で、聖王国の騎士たちと無数の魔物が激しく衝突していた。
しかし、そこに「魔族」の姿は見当たらない。画面を埋め尽くしているのは、理性を失い狂乱した魔物の群れ――スタンピードだった。
「これ、まだ序盤……なのか……」
レオがボソリと漏らすと、隣で映像を凝視していたジークが低く応えた。
「だろうな。……このやり方、敵は楽しんでやがる。戦いを知ってるヤツのやり口だぜ。聖王様、この規模のスタンピード、今回で何回目ですか?」
「……3回目だ」
聖王の顔に苦渋の色が滲む。その回答を聞いたレオは、思わず息を呑んだ。
「3回目!? あの、魔物の群れが3回も……」
動画の中だけでも、数百、数千という魔物の死骸が転がっている。それが既に3度も繰り返されているという事事実に、レオはゾッとした。砦を守る兵士たちの疲労、そして物資の消耗は、もはや限界に近い。
「やっぱりか」
ジークは確信したように深く頷く。
「兵も冒険者も、相当疲弊してるはずだ。陛下、この動画はいつのものです?」
「昨日の夕刻、魔導士団の者が持ち帰ったばかりだ」
「なら、明日……いや、明後日か。ここからアイゼン・ガルド砦までの日数は?」
ジークの質問は、Sランク冒険者らしい、極めて的確で現実的なものだった。
「早馬で3日というところだな。馬車であれば、荷物も含めて4日から5日はかかる」
「それじゃあ間に合わねぇ……。あっちの連中は今この瞬間も削られてるんだ。今から出るか?」
ジークが考え込むように眉根を寄せた。 馬を潰す覚悟で走っても3日。その間に4回目、5回目の波が来れば、アイゼン・ガルド砦は陥落する。その時、レオが静かに手を挙げた。
「あの……僕の『アクセル・バレット』を使って馬車を加速させれば、おそらく間に合うかと」
「アクセル・バレット……? ああ、船で戦った時のあれか!」
ジークの目が光る。その場にいたライラも、身をもってその速度を体感した者として強く頷いた。
「ええ、あの手があったわね! レオの錬金術なら、馬車であっても早馬以上の速度で移動できるはずよ。それなら、明後日には着けるわ!」
「明後日と言うより、僕達なら全力で走れば1日で着くかと。馬車にも撃ちますが、遅れて到着しても大丈夫なように準備しましょう」
レオの言葉に、その場の空気が震えた。早馬で3日かかる距離を1日で踏破するという驚愕の提案。
「わかった。じゃあ、明日の朝、ここを立って北へ向かう。今日は戦闘に備えての準備と休息をしよう」
ジークの言葉に、聖王は力強く応じた。
「うむ、承知した! 準備に必要な物があるなら、遠慮なく申せ。武器、防具、魔導触媒に食糧……我が国の国庫を開いてでも、すべて用意しよう!」
聖王は立ち上がり、玉座の間を震わせるような声で宣言した。
「これより、北のアイゼン・ガルド砦防衛線の準備に取り掛かる! 各々、最善を尽くせ!」
「はっ!」
レオたちは一斉に頭を下げた。 着いて早々、一時の休息も許されない強行軍。しかし、レオの瞳には迷いはなかった。 水晶の光が消えた後も、網膜に焼き付いた「紫色の霧」。それが何を意味するのか、レオは自分の目で確かめなければならなかった。
母の遺した本が、心臓の鼓動に合わせて熱を帯びているような気がした。
「……行こう。僕たちにしか、できないことをするために」
レオの声は、静かだが確かな決意に満ちていた。
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