3-5話:聖王国クレスヴァーデン
ステラ島を離れて数日、聖王国の豪華客船はついに「プロット大陸」の土を踏もうとしていた。レオたちが想像していたのは、大陸の端にある活気ある港町への入港だったが、聖王国はその広大な領土の一部を海に面しており、王都に直結する軍港へ直接入港するという。
視界に飛び込んできたのは、陽光を反射して輝く白亜の防波堤と、そこを埋め尽くす銀色の甲冑の群れだった。船がゆっくりとドックへ滑り込むと同時に、一斉に天を突くようなファンファーレが鳴り響く。それは、単なる王女の帰還を祝うだけではない、国家の威信をかけた荘厳な旋律だった。
巨大な錨が轟音と共に下ろされ、船体が固定される。タラップが架けられると、先頭に立ったライラが、いつもの快活さを封印し、一国の王女としての気品を纏って歩き出した。レオ、アリーシャ、ミレイユ、そしてジークたちがその後に続く。船の後方では、手際よく騎士団が馬車や荷物の移動を開始していた。
港の最前方、豪華な天幕の下には、圧倒的な威圧感を放つ一人の男が立っていた。 ライラがその前で足を止め、淑女らしい完璧な所作で頭を下げる。
「あ、お父様。お出迎えありがとうございます」
その言葉に、レオたちは弾かれたように片膝をつき、深く頭を垂れた。目の前にいるのは、この国の頂点に立つ男――聖王アーサー・レギウス・クレスヴァーデンその人であるからだ。
「ライラ、よく戻った。長旅、さぞ疲れたであろう。まずはゆっくりと休むが良い」
王の声は、穏やかながらも腹の底に響くような重みがあった。王は次に、レオたちの隣に控える男に視線を向けた。
「ジーク、久しいな。この度も世話になる」
「はっ! お久しぶりでございます、陛下! 私のような若輩者をお選びいただき、身に余る光栄にございます。期待に応えられるよう、この命に代えても全力で挑んでまいる所存です!」
レオは隣で聞こえるジークの声に、思わず耳を疑った。 あの、口が悪く不遜で、セレスに追いかけ回されている「残念なSランク」の面影はどこにもない。背筋を伸ばし、淀みない口調で忠誠を誓うその姿は、数多の王侯貴族と渡り合ってきた「超一流」の風格に満ちていた。
(これが……プロの、Sランクの振る舞い……!)
レオがそのギャップに戦慄していると、アーサー王の鋭い、しかし慈愛に満ちた眼差しが自分へと向けられた。
「……して、そなたは?」
レオは緊張で喉が張り付くのを感じながらも、アルケミストとして培った自制心で声を整え、辺境伯の息子としての礼儀を呼び覚ます。
「はっ、お初にお目にかかります。私は王都の北に位置しております、ヴァレンタイン辺境伯の三男――レオ・ヴァレンタインと申します。後ろに控えておりますのが、私の仲間であるアリーシャ、ならびにミレイユにございます。この度、ライラ様よりお声をかけていただき、馳せ参じました。若輩者ではございますが、陛下のご期待に沿えるよう、精一杯頑張らせていただく所存です」
レオの完璧な挨拶を聞き、アーサー王は「ほほう」と少し意外そうに目を細めた。
「これは、予想以上に若い冒険者よのう。……大丈夫なのか? ライラ」
王の言葉に、ライラの空気が一変した。彼女は冷ややかな、それでいて射貫くような視線を父親へと向けた。
「お父様……。私の目が曇っていると、そう仰りたいのですか?」
「い、いやぁ! そんなことは言ってないんだよ!? お父さんは、あまりにも若い冒険者だったから、つい『大丈夫かな~?』なんて思っちゃっただけで……!」
先ほどまでの威厳はどこへ行ったのか。ライラのあたりの強い態度を前に、聖王は狼狽え、まるでお気に入りの玩具を取り上げられた子供のようにオドオドし始めた。この国最強の男も、最愛の娘には形無しらしい。
「ゴホンッ」
その場に響いた、鋭い咳払い。聖王の側近である老執事、セバスが冷徹な声で割って入った。
「聖王様。冒険者の方々も長旅で疲れておりますゆえ、この場を変えて話をされた方がよろしいかと。……他の兵たちの目もございますゆえ」
セバスの視線の先には、威厳溢れる王の姿を期待して整列していた兵士たちが、困惑した表情で「えっ、うちの王様、あんな感じなの?」とざわつき始めている光景があった。
「う、うむ。それもそうだな。では、後ほど城へ来るがよい」
アーサー王は、逃げるようにライラと共に城へと戻っていった。王宮へと向かう馬車の列を見送りながら、ジークがポツリと、しかし確信に満ちた声で呟いた。
「おい、あれ……だいぶ『キテる』な!」
ジークは親指で聖王が去った方向を指し、ニヤケ面を隠そうともしない。いつもの「ダメな兄貴」に戻った瞬間だった。
バシーン!!
「いっ!?」
乾いた衝撃音と共に、分厚い聖書がジークの後頭部を直撃した。衝撃でよろめくジークが恐る恐る振り返ると、そこには、顔から完全にハイライトが消えたセレスが立っていた。
「本当に……あなたは言っても全然わからないようですね。陛下に対してなんという無礼を」
「せ、セレス……いや、これはだな……」
「ほら、さっさと宿に行きますよ!」
「いててて! ちょっと待ってくれって! ちゃんと歩くから!」
セレスは問答無用でジークの耳を掴み、そのまま引きずるようにして歩き出した。Sランク冒険者が、一人の神官に耳を引っ張られながら情けなく叫んでいる姿に、港の兵士たちも再びざわめき出す。
それを見たレオは、冷や汗を拭いながら心底思った。
(僕は……ああはなりたくないな。絶対に気を付けよう……)
「……何か言いました?」
背後から、アリーシャとミレイユの二人の声が重なった。振り返ると、二人はにこやかな、しかしどこか圧のある笑顔でレオを見つめていた。
「な、なんでもないよ! ほら、僕たちも行こう! ははは……」
レオは乾いた笑いを浮かべながら、プロット大陸での新たな戦い、そして聖王国内で待ち受けるであろう波乱を予感しつつ、力強く歩き出した。
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