3-4話:絶槍の猛威と、涙の王女
ステラ島の影が水平線の彼方へと消え、聖王国の豪華客船は西の海へと進路を取っていた。数日間の航海は、驚くほど平穏で、それゆえに若き冒険者たちにとっては退屈な時間でもあった。
「マスター。久しぶりに剣の稽古をしませんか?」
不意に声をかけてきたのは、アリーシャだった。彼女もまた、この凪いだ時間に身体を持て余していたらしい。レオはその提案に目を輝かせる。これからの戦いがより苛烈になることは明白だ。
「ぜひ!お願いします!」
レオの快諾に、アリーシャは満面の笑みを浮かべた。
「承知しました!ライラ様から木剣を借りてきますね!」
その足取りは軽く、大好きな主を独占できる喜びに溢れていた。だが、レオは彼女の背中に声をかける。
「あ、待って、アリーシャ。今回は実剣でやろう。僕も『ツイン・レゾナンス』のガンブレードモードをもっと使いこなしたいんだ。実戦に近い感覚を掴んでおきたい」
アリーシャはその言葉に一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに凛とした表情で頷いた。
「……わかりました。マスターのその覚悟、私も真剣に応えさせていただきます」
広い甲板には爽やかな青空が広がり、心地よい海風が吹き抜けていた。だが、二人の間に流れる空気は真剣そのものだ。 レオが愛銃を構え、念じる。
「ツイン・レゾナンス、ガンブレードモード――起動!」
ガチャン!という重厚な金属音。二挺の錬金銃が瞬時に変形し、鈍く光る二刀のショートソードへと姿を変える。
「行きます!」
「はい!いつでも!」
レオが鋭く踏み込む。キンッ!ガキィィン!と鋭い金属音が甲板に響き渡る。魔物との実戦さながらの緊張感が漂う中、その「男」は現れた。
「先客がいたか」
槍を肩に担ぎ、不敵な笑みを浮かべて現れたのは、Sランク冒険者――『絶槍』のジークだった。一人で身体を動かしに来たようだが、この光景を見て黙っていられるタチではない。
「おもしれぇことしてんじゃねえか!俺も混ぜろやぁ!」
ジークは槍を風車のように旋回させながら跳躍した。
「わっ!?」
レオが咄嗟に身を翻してかわすと、ジークの獲物はアリーシャの盾を強襲する。 ギィィィィン!という耳を劈く衝撃音。盾で受け止めたアリーシャの身体が、その反動だけで数メートル後退した。
「ほう、あれを受けるか。面白い!二人でかかってこいやぁ!まとめて稽古つけてやる!」
ジークの身体から、Sランク特有の圧倒的な威圧感が噴き出す。レオは息を呑んだ。目の前にいるのは、先日の大規模戦闘の時、投擲で魔族を追い払った本物の怪物だ。
「アリーシャ、絶好の機会だ。Sランク相手にどこまで通用するか、連携で行こう!」
「はい!ワクワクします!」
レオがジークに向き直る。
「ジーク、一ついい?僕の『支援弾』を使っても大丈夫かな?」
「構わねぇ。手加減は死を招くぜ?それがてめぇのスタイルなら、全力で来い!」
「いくよ、アリーシャ!」
レオの指がトリガーを引く。
「アクセル・バレット!ブースト・バレット!ガード・バレット!」
アリーシャの身体を数々の強化魔法が包み込む。同時にレオ自身にも同様の強化を施した。
アリーシャが爆発的な踏み込みを見せる。だが、ジークの間合いはあまりに広い。
「甘ぇ!」
ジークの槍が、無数の銀光となってアリーシャに降り注ぐ。一突きが岩をも貫く威力の突きを、アリーシャは盾を必死に構えて耐え凌ぐ。 横からレオが物理弾を叩き込み、ジークの注意を逸らす。一瞬、槍の猛攻が弱まった隙を、アリーシャは見逃さなかった。
「シールド・バッシュ!!」
重量級の衝撃がジークを襲う――かに見えたが、ジークは地面に槍を突き立てると、それを支点にひらりと空へ舞い上がった。
「そんな簡単にやられるかよ!次は俺の番だ――『槍雨連撃』!!」
空から降り注ぐ無数の刺突。アリーシャは盾を頭上に掲げ、火花を散らしながら耐える。 「逃がさない!グラビティ・アンカー!」 レオが空中のジークを狙い撃つ。ジークの周囲に超重力が発生し、彼は地面へと叩きつけられた。
「ぐっ……思ったより、重ぇな。だが、ゲイボルグを使いこなすなら、これしきィィ!」
信じられない光景だった。支援魔法もなしに、ジークは重力波を力任せに撥ね退け、立ち上がったのだ。
「マスター、危ない!!」
アリーシャの叫びと同時に、ジークが突進してくる。
「『牙突槍撃破』!!」
目にも止まらぬ速さの槍撃。レオは全集中力を振り絞り、ガンブレードでそれを受け流すが、槍の後に続く「衝撃波」がレオの身体を硬直させる。
(これが……Sランク……) レオが死を覚悟したその瞬間。
「シールドチェイン!!」
魔力の鎖がジークの動きを縛り上げる。だがジークは止まらない。凄まじい筋力で鎖を引きちぎろうとし、逆にアリーシャがじりじりと引き寄せられていく。
「マスター……大丈夫……ですか……っ!」
アリーシャの魔力消費が激しい。レオは咄嗟にエーテルバレットを彼女に撃ち込み、魔力を補給した。
「さあ、どうする?このまま来るか?」
ジークの不敵な笑み。レオは恐怖を押し殺し、一気に距離を詰める。
「うあああああ!!」
「おらあああ!『闘気覇断拳』!!」
ジークが拳を地面に叩きつけた瞬間、半径2メートルの聖域が発生し、シールドチェインが霧散した。
「奥の手は最後まで取っておくもんだぜ……『夢槍』……」
「そこまで!!」
鼓膜を震わせる大声が響き、二人の間にライラが割って入った。レオとジークは反射的に攻撃を停止させる。
「あのね……もうちょっと考えてやってよ!!」
ライラはジークを指さし、激昂していた。だがその声は次第に震え始める。
「見て、このありさま!なんなのこれ!!」
彼女が指さす先には、かつての美しい甲板の姿はなかった。重力弾で凹み、槍の牙突でボロボロになった無惨な鉄板。
「あのね、この船、王族専用の客船なの……わかる!?それをこんなにして……私、お父様にどう言えばいいのぉ……」
ライラはその場に崩れ落ち、涙目になって訴える。そのあまりの悲しみように、レオも「ご、ごめんなさい……」と俯き、アリーシャも申し訳なさそうに盾を下ろした。ジークさえも「ちょっと盛り上がっちゃってよ……すまなかった」と頭をかく。
だが、ライラは顔を上げると、今度はジークを鋭く睨みつけた。
「しかも……ジーク!なんで私の技を使えるのよ!?あれ、いつ覚えたの!!」
「い、いやぁ、前に王女様が使ってるのを見て便利だと思ってよ。見様見真似で練習したんだわ」
ジークが冷や汗を流しながら弁解していると、彼の背後からこの世のものとは思えない「鋭い殺気」が立ち昇った。
「ジーク……? なぜ聖女様がこんなに悲しまれているのか、説明してくれるかしら?」
そこには、これ以上ないほど不穏な笑みを浮かべたセレスが立っていた。一歩、また一歩と、影を纏いながらジークへ歩み寄る。
「あー……ジーク、ご愁傷様……」
レオとアリーシャは、ジークがライラとセレスに徹底的に問い詰められる姿を見届けながら、嵐が過ぎるのを待つように、静かにその場を後にするのだった。
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