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3-7話:アイゼン・ガルド強襲

 聖王国の北門は、まだ夜の静寂が完全には晴れぬ黎明の空気の中にあった。本来であれば、旅慣れた冒険者たちが緩やかに門をくぐる時刻だが、今日は違う。そこには、聖王国の頂点に立つ男、アーサー・レギウス・クレスヴァーデンの姿が、数人の近衛兵を伴って直々に現れていた。


「私も現場へ駆けつけ、そなたらと共に死力を尽くしたいところだが……この国の立場上、そうはいかん。どうか、北の砦を……この国を頼む。この通りだ」

 

 静寂の中、王の言葉が重く響く。そして、一国の王であるはずの男が、若き冒険者であるレオたちに向かって深く、深く頭を下げた。


「えっ!? いえ! 頭を上げてください、陛下!」


 レオは顔を真っ赤にして狼狽えた。いくら辺境伯の息子とはいえ、王が自ら頭を下げるなど、儀礼上では考えられないことだ。


「そうだぜ。一国の王がそんな簡単に頭を下げねぇ方がいいと思うぜ? 威厳が台無しだ」


 ジークがいつもの不遜な態度で肩をすくめるが、その瞳には王の覚悟への敬意が微かに宿っていた。


「そうよ、お父様。私が行くのですから、何の問題もないわよ」

 凛とした声が響いた。アーサー王は「そ、そうだな……」と頷きかけ、ふと違和感に気づいて言葉を止める。


「……ん? 今、なんて?」


 王が恐る恐る隣を見ると、そこには先ほどまでの麗しいドレス姿の王女はいなかった。代わりに、動きやすさを重視したモンクの戦闘着を身に纏い、その両手には鈍い光を放つ武具――フィストを装備したライラが、不敵な笑みを浮かべて立っていた。


「ら、ライラ!? お父さんは許してないぞ! ライラに何かあったら私は……私はっ!」

「さ、レオ、お願い!」

「了解です! 皆さん、行きますよ!」


 王の悲痛な叫びを無視して、レオが錬金銃を引き抜く。蒼い輝きを放つ「アクセル・バレット」が全員の足元に撃ち込まれた。瞬間、レオたち一行の身体を強烈な蒼い魔力が包み込み、重力を置き去りにするような浮遊感が全身を駆け抜ける。


「じゃあ! そういうことで行ってくるわね!」


 ライラは、呆然と立ち尽くす聖王に手を振り、砂塵を巻き上げて爆発的な速度で走りだした。


「では、我々も行ってきます!」


 レオが軽く礼をして後に続く。あとに残されたのは、娘が砂煙を上げながら小さくなっていく姿を、涙目で見送ることしかできない聖王の姿だけだった。


「ら、ライラ~~~!!」


 王の絶叫が朝日の中へと虚しく吸い込まれていった。

 王都を離れ、アクセル・バレットによる超高速移動が始まって数分。景色は凄まじい速度で後ろへと流れていく。風を切り裂く轟音の中、レオは隣を走るライラに声をかけた。


「……ライラさん、あれでよかったの?」

「いいのよ。お父様は私に甘いし、どうせ後でセバスに宥められるわ」


 ライラは事も無げに言うが、レオの表情は晴れない。


「でも、命の危険だってあるんだよ? 王女様にもしものことがあったら、聖王国そのものが……」

「あら?」


 ライラが不意に速度を落とさず、レオの顔を覗き込むようにして意地悪そうに笑った。


「もしもの時は、レオが助けてくれないのかしら?」

「そ、そんなことは……もちろん、全力で助けますけど!」


 赤くなって俯くレオを見て、後方から並走していたジークが豪快に笑い声を上げた。


「ふっ、レオ諦めろ! ライラはそういう性格なんだよ、昔からな!」

「な、なによ! うるさいわね! 私だってあんな箱詰め生活なんて、性に合わないのよ!」


 ライラがフィストを突き出しながらジークに毒づく。


「一国の王女様がそんな暴言吐いていいのかねぇ、お転婆お姫様?」

「な、なんとでも言うがいいわ! ったく……」

 

 ジークに軽口で返しても無駄だと悟ったライラは、ふいっと顔を背けた。その横顔には、王女としての責務以上に、仲間と共に戦場へ赴く武人としての高揚感が滲んでいた。


「とりあえず……現地到着後の動きを確認しませんか?」


 レオが強引に話題を軌道修正すると、ジークの目が一瞬で鋭い「Sランク」のものへと切り替わった。


「そうだな。遊びはここまでだ」


 ジークが指示を飛ばす。


「まず、到着と同時に俺は跳ね橋の戦場まで一気に駆け抜ける。レオ、お前も来い。アリーシャもだ。そこで一気に前線を固める」

「はいっ!」

「承知いたしました!」

 

レオとアリーシャが同時に応える。


「後衛組――カイト、エレナ、ミレイユは砦の城壁へ。上から戦場全体を把握し、情報の共有を頼むぜ」

「了解~! 目にモノ見せてやるよ!」


 カイトが余裕の笑みを見せる中、セレスが静かに口を開いた。


「私はどう動けばよろしいですか?」

「ん~、後ろすぎたら回復が届かねぇしな。かと言って、前線は……」


 ジークが言いかけたその時、ライラが眉を吊り上げて割り込んだ。


「ちょっと! 私もいるんですけど!? 無視しないでちょうだい!」

「あ、忘れてたわ」

「っ!? このっ……! どこまで性格が悪いのよ、あんたは!!」


 激怒するライラ。一触即発の空気を察して、レオが素早く代替案を出す。


「なら、僕とライラさん……様? の位置を入れ替えましょう。僕の後ろにセレスさんを配置するのはどうでしょう? 僕も一応、近距離対策はできていますし、ライラさんが前線に出てくれた方が突破力が増します」

「……そうだな。その方が安牌だ」


 ジークが納得の意を示すと、ライラは少し落ち着き、レオをじっと見つめた。


「レオ。私のことは呼び捨てでいいわ。戦場に上も下も、立場も関係ない。始まれば同じ戦友よ。そうでしょ?」

「……わかりました、ライラ!」


 レオが力強く頷くと、ライラは満足げに微笑んだ。一方、後衛組ではエレナがミレイユに視線を向けていた。


「ミレイユ、貴女……魔法は上位まで使えるのかしら?」

「はい、一応一通りは……訓練してきました」


 ミレイユの答えに、エレナの瞳に微かな驚きと、確かな信頼の色が宿る。


「あら、それは凄いわね。では、着いたら私と交互で撃ちましょうか。その方が、大規模魔法の詠唱ラグをカバーし合えるわ」

「わかりました! よろしくお願いします、エレナさん!」

「大丈夫だよ! 僕が完璧に支援するから、ミレイユちゃんは任せておいて!」


 カイトが明るくフォローを入れ、チームとしての連帯感が急速に高まっていく。

 数日かかるはずの道のりを、アクセル・バレットの加速により僅か一日で走破したレオたちの視界に、ついに巨大な建築物が姿を現した。


「あれが北の砦、アイゼン・ガルドよ!」

 

 ライラの叫びと共に、砦に近づくにつれ、空気が重く、濁っていくのが分かった。 鼻を突くのは、独特の異臭。 魔物のどす黒い血、人間の流した鮮血、そして必死に戦う者たちの汗と砂埃が混じり合った、戦場の「死の臭い」だ。


「……さぁ、ここからが本番だ! 行くぞお前らぁ!!」


 ジークが咆哮し、先行して砦の門へと駆け抜ける。 その先に待ち構えていたのは、巨大な跳ね橋。 そして、その橋の上で繰り広げられていたのは、記録映像を遥かに凌ぐ惨状だった。

 数多の騎士たちが血に染まり、地の底から這い上がってくるような魔物の咆哮が大地を揺らしている。 レオの目に映った光景は、もはや「防衛」と呼べるものではなかった。 そこにあったのは、ただひたすらに命を削り合う、終わりのない蹂躙の記録。

 レオは走りながら錬金銃のボルトを引き、新たな弾丸を装填した。


「……僕たちの力で、この絶望を終わらせるんだ」


 複数の蒼い光が、地獄と化したアイゼン・ガルドの戦場へ向かう。


読んでいただきありがとうございます。評価、ブックマーク、リアクション等を付けて頂けると非常に励みになりますのでぜひともよろしくお願いします!次話も読んでいただけると嬉しいです!

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