3-2話:聖女の片手に握られし凶器
ライラとレオ、そしてジーク一行を乗せた聖王国の客船は、照りつける黄金の太陽の下、鏡のように穏やかな海面をゆっくりと滑るように航行していた。夏の季節真っただ中、デッキを吹き抜ける心地よい潮風が、これまでの激戦の疲れをさわやかに洗い流してくれる。
レオたちはライラに招集され、船内の豪華な会議室へと集まっていた。マホガニーの重厚なテーブル、座り心地の良すぎる革張りの椅子。レオは慣れない贅沢な空間に、少し落ち着かない様子で腰を下ろしている。
全員が揃ったのを確認し、ライラが凛とした表情で口を開いた。
「みんな集まったわね。では、さっそくだけど……」
これからの作戦、あるいはプロット大陸の情勢についての重要な話が始まる――。誰もがそう身構えた瞬間、その言葉を遮るように「コホンッ」と、背後に控えていた初老の執事が、わざとらしく、かつ絶妙なタイミングでせき込んだ。
「……なによ、セバス。これから大事な話をしようとしてるのに、腰を折らないでもらえる?」
ライラが眉をひそめ、少し不機嫌そうに振り返る。ギルドで見せていた「威厳ある聖女」の仮面が、身内である執事の前では少しだけ剥がれ落ちている。
「ライラ様。少々言葉使いが荒うございますな。皆様の前であることをお忘れなきよう」
セバスと呼ばれた執事は、眼鏡の奥の瞳を細め、静かに、だが一切の妥協なく注意を促した。その鉄壁の礼儀作法に、ライラは「はぁ……」と深いため息をつく。
「……わかったわよ! もとい、わかりましたわ。気をつけますわね、セバス」
不機嫌さを隠しきれてはいないが、渋々と、しかし確実に令嬢らしい言葉使いを意識し直すライラ。その様子を見て、ジークが「ぷっ」と吹き出した。
「では、本題に入りますわね。ただいま、我々は聖王国クレスヴァーデンに向かっておりますが、その途中の島で、この後の長旅に備えた物資補給を行います。そこでは一日停泊いたしますので、皆様、あらかじめご了承くださいませ。
――それと、先ほど魔石通信で受けた情報によると、聖王国があるプロット大陸全土では現在、各領主たちが集まり会議中とのことです。おそらく北にある『アイゼン・ガルド砦』に軍を集め、魔族と徹底抗戦を行うつもりだと考えております。
ですので、レオ、ジーク一行は聖王国へ到着後、私率いる聖王国騎士団と共に戦場へと向かってもらうことになると思います。皆さんはそれに備え、事前準備をお願いしますわ」
ライラの言葉に、会議室の空気が一気に引き締まる。プロット大陸全土を巻き込む大戦がいよいよ現実味を帯びてきたのだ。だが、その緊張感をぶち壊す男が一人。
パチ、パチ、というゆっくりとした拍手の音。見れば、ジークがふんぞり返るように椅子に深く腰掛け、足を組みながら、いかにも馬鹿にしたような態度で拍手を送っていた。
「いやぁ、素晴らしい演説だったぜ、聖女様。猫を被るのも大変だなぁ?」
「……っ!」
ライラのこめかみに青筋が浮かぶ。彼女の堪忍袋の緒が、音を立てて弾け飛んだ。
「このっ……! 調子に乗ってんじゃないわよ!!」
ライラは叫ぶやいなや、自身の右足から高級なピンヒールを素早く脱ぎ捨てた。それを片手に鷲掴みにし、今にもジークの額めがけて全力投球しようと振りかぶる。
「な、なりません! なりませんぞ、ライラ様!! それは王家の誇りにかけても、淑女の振る舞いとしても断じて許されませんぞ!!」
セバスが顔を真っ青にしてライラの腰にしがみつき、必死の形相で止めに入る。しかし、ライラの本職は聖女であるが、レオ同様に並々ならぬ努力を経て、一級のモンクとしての技術も兼ね備えている。その華奢な体からは想像もつかない剛腕が、老執事を引きずりながらジークへと向かっていく。
「離しなさいセバス! こいつの面の皮をこのヒールで突き破ってやるんだから!」
「お、おやめください! ああ、私の眼鏡が……!」
揉み合う二人。セバスの眼鏡は無惨にずれ、額からは滝のような汗が流れている。対するジークは、余裕の表情で「おーおー、怖い怖い。聖女様が化けの皮剥がして鬼婆になってやがるぜ」とさらに油を注ぐ始末だ。
「ジ、ジークさん……もうそのくらいに……」
レオがオドオドしながら仲裁に入ろうとするが、激昂したライラの迫力に一歩も近づけない。ようやく、セレスが「……ジーク?」と冷ややかな声を放ったことで、騒動は収束した。
その後、ライラは何とかセバスによって別の部屋へと連行(避難)されたが、残されたジークにはさらなる地獄が待っていた。
「ジーク、あなたという人は……。少しは自分の立場と、相手の気持ちを考えなさいと言ったはずですよ?」
セレスによる静かな説教が始まった。会議室の片隅で、あの豪放磊落なジークが、ぐうの音も出ない様子で小さくなって座っている。
「……わりぃ、ちょっと揶揄いすぎた」
「言葉だけでは足りません。なぜライラ様がああまで必死に……」
説教は止まらない。15分、30分、そして1時間が経過しても、セレスの「愛の鞭」ならぬ「愛の説教」は終わる気配を見せなかった。カイトは早々に逃げ出し、レオも助け舟を出そうとしたが、セレスの背後に漂う黒いオーラを見て、そっと扉を閉めた。説教は1
1時間以上続き、解放された頃にはジークは精魂尽き果てたような顔で壁に手をついていた。
夜、客室へと戻る廊下で、レオはジークと出くわした。
「ジークさん、大丈夫ですか?」
「……ああ。魔族と戦うより疲れたぜ。あの女、怒らせると本当に怖ぇな」
苦笑いするジークだったが、その目はどこか楽しげでもあった。
夜、窓の外には月明かりに照らされた銀色の海が広がっている。聖王国への旅路は、まだ始まったばかり。 だが、この仲間たちとなら、どんな荒波も越えていける――レオはそう確信しながら、深い眠りへと落ちていった。
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