2-65話:英雄の帰還
「なっ……」
魔族の男は、動けなかった。魔力を練り上げる一瞬、強者ゆえに生まれる慢心の隙を、正確に射抜くような一撃。 左頬につーっと伝う熱い感覚。それを手で拭い、指先を見る。
「……血、だと?」
自分の知らない「強者」の気配。魔族のプライドを粉砕する戦慄が、戦場を支配した。
王都の方角から、土煙を割って四人の男女が歩いてくる。
「おい、なんだこのざまは? 王国騎士も冒険者も、大したことねぇじゃねえかよ! お前ら本気で国を守ってんのか!?」
鋭い罵声を飛ばしながら先頭を歩くのは、茶髪の短髪で長身の男だった。一見すらりとした細身だが、その身体には伝説級の武器を制御するためのしなやかな筋肉が、がっしりと張り付いている。
「――戻れ」
男が短く命じた刹那。地平線の彼方まで突き抜けたはずの槍が、放たれた時と同等の、いや、それ以上の殺意を伴う速度で逆飛来した。
ドォォォォォン!!
大気を引き裂く衝撃音。槍を受け止めた瞬間、男の足元の地面がクレーター状に陥没した。凄まじい反動をその細マッチョな肉体で完璧に中和し、男は鼻で笑った。
「……ふん。ようやくお出ましなわけね。来るのが遅いわよ! まったく……」
ライラが呆れたように、しかしどこか安心した表情で毒づいた。その後ろからは、地面を一切踏まず、優雅に空中を滑るように移動する美女が続く。
「あらあら、死体ばかりで敵か味方か分かったものじゃないわね。そこの子、変に動くと危ないわよ?」
浮遊魔法で常に身を浮かせている魔法使いの女が、レオに冷徹な視線を投げた。
「やれやれ、急いで来たからいいけどさ。これ、もう少し遅れてたらヤバかったんじゃないの?」
頭の後ろに手を組んで、飄々とした態度で続くのは、背中に大弓を負った少年。
「皆さん、旅で疲れているのは分かりますが、少し言葉が過ぎますよ?」
最後に、聖母のような微笑みを浮かべた神官が仲間を窘める。そして彼女はライラを一瞥すると、弓使いの少年に合図を送った。
「あっ! そうそう! これ、お土産だよ!」
少年が背中の弓を手に取り、矢先に「何か」を括り付けて無造作に放った。 シュンッ! と放たれた矢は、魔族の足元、わずか数センチの地面に突き刺さる。魔族が不審げにその矢先を覗き込むと、そこには別の場所で暗躍していたはずの同胞の「耳」が、無惨に括り付けられていた。
「くっ……!」
同胞が「狩られた」事実を突きつけられ、魔族は顔を歪める。
「……今日はこのまま引き下がってやる。だが、次は無いぞ!」
逃げるように、霧が溶けるようにして魔族の姿は消え去った。
瞬間、張り詰めていた死の気配が霧散した。残った魔物たちも、槍使いの男が放つ圧倒的な威圧感に耐えきれず、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく。
「ふぅ……助かった……」
レオたちはその場に崩れ落ちた。初めてのレイド戦、そして本物の「死」を感じた恐怖。思い出すだけで肌が粟立つ。
「ったく、来るのが遅いのよ! この筋肉バカ!」
「相変わらず口の悪い王女様だ」
槍使いの男がライラに向き直る。しかし、彼女のボロボロになった姿を見た途端、いじわるそうに口角を上げた。
「しかし、なんだぁ? その格好。いつからそんな破廉恥な趣味になったんだ?」
「っ!? こ、これは、戦うために仕方なく……!」
赤面するライラを、神官が優しく包み込んだ。
「こら! ジーク! 聖女様に向かって何てこと言ってるの! ……聖女様、私の粗末なものですが、場繋ぎにどうぞ」
神官が自分の羽織っていた上質な布をライラに着せると、ライラは「ありがとう、セレス」と小さく微笑んだ。
「見たところ、お前たちがなんとかこの場を保たせていたのか?」
ジークが、地面に座り込むレオに声をかけた。
「いえ……全然、そんな気はしなかったです。ただ、なんとしてでも守らなきゃって……無我夢中だったので……自分たちがやったかどうかは……」
「無我夢中、か。……フン、いいじゃねぇか。それで」
ジークの不器用な肯定にレオが戸惑っていると、大弓使いの少年が横から笑った。
「ジークはね、言葉が汚いし足りないからね~。今の、君のことを褒めてるんだよ?」
「うるせぇぞカイト! 余計なことを言うな!」
そんな騒がしい男連中を余所に、魔法使いの女がスーッと空中を滑り、ミレイユの元へ近づいた。
「あらあら……それにしても、すごく気になる子がいるわね」
ミレイユを舐めるように見る魔法使いの女。
「私、エレナって言うの。貴方のその瞳、『竜眼』でしょ? まさかと思うけど、あの事件の生き残りかしら?」
「……っ」
ミレイユが警戒するように一歩下がると、ジークが口を挟んだ。
「おい、エレナ。ちょっかい出してんじゃねぇぞ」
「あらあら、怖いこと。……わかりましたよ」
エレナは肩をすくめ、ミレイユから離れた。ジークたちは状況が収まったことを確認すると、悠然と王都へ歩き出す。
「おっ、そうだ。そこの小僧……。俺は先にギルドに行ってるからな。せいぜい精進しろよ」
そう言い残し、伝説のSランクパーティー『銀翼の旅団』は戦場を後にした。
「ふぅ……私もこんな姿だし……」
ライラが身なりを気にしていると、前方の砂塵の向こうから聖王国騎士団の馬車が駆けてきた。
「ライラ様! お迎えに上がりました!」
「ありがとう……」
馬車に乗り込むライラだったが、中では侍女たちが悲鳴を上げた。
「ライラ様! なんてボロボロな姿に!? ああ、今すぐにお着替えを!」
「いや、ちょっと待って! まだそこに殿方が寝てるのよ! その前で着替えなんてできませんわ!」
馬車の中から聞こえる賑やかな声に、レオは思わず苦笑いした。
「……アルフォンス兄様、まだ寝てたんですね」
去り際、馬車の窓からライラが身を乗り出した。
「レオ!?」
「は、はい!」
「私も先に王都へ行ってるわね。王様への報告もあるし……。またあとで」
「またあとで……? へ?」
レオが呆けている間に、馬車は王都へと走り去っていった。
「マスター! 体は大丈夫ですか? どこか怪我は!?」
アリーシャが心配そうにレオの体をチェックする。
「大丈夫だよ! ほら、この通り」
レオは笑顔で応えるが、ふと、横に立つミレイユを見て息を呑んだ。
そこにいたのは、かつての幼い面影を完全に脱ぎ捨てた「大人のミレイユ」だった。 豊満な胸元を強調するようなローブ、むっちりとした太ももに食い込むガータータイツ。その肢体はあまりにも妖艶で、暴力的なまでの色香を放っている。
「私も、大丈夫ですよ。レオさん」
しっとりとした声で微笑むミレイユ。だが、レオの視線は泳ぎまくっていた。あまりにもギャップが大きすぎて、どこを見ればいいのか分からない。
「そ、その『竜眼』、大丈夫なの?」
レオは、彼女の瞳から微量に溢れ出す、美しくも禍々しい黄色の魔力粒子を指差した。
「ええ、この装備のおかげで制御できているみたいです。ほら……」
ミレイユがすぅっとローブをめくり、タイツに刻まれた術式を見せようとしたその瞬間!
バッとアリーシャがレオの目を覆った。
「ミレイユ!! それはちょっとマスターに刺激が強すぎます! 気を付けてください!」
「あら……そんなつもりはなかったのですが」
天然なのか、計算なのか。ミレイユは妖しく微笑むばかりだ。
「おう、それよりレオ! さっさと素材回収しときな!」
ネネリの言葉に我に返り、レオは周囲を見渡した。そこには魔族の影響で凶暴化した魔物たちの死体が山を成している。
「なるほど、わかった!」
レオは魔力を練り上げ、自身のスキル『ディメンション・ドロウ』を発動。戦場に散らばる膨大な素材を一瞬で空間に収納していく。
周りを見れば、生き残った騎士や冒険者たちも、互いの無事を確かめ合いながら帰還の途についていた。
「よし、僕たちもギルドへ戻ろう!」
初めてのレイド戦。絶望と希望、そして「世界の頂点」を垣間見たレオたちは、噛み締めるような勝利の余韻と共に、夕日に染まる王都への一歩を踏み出した。
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