2-64話:空を裂く深淵の胎動
「私も、負けてられないわ!」
レオたちの神がかった連携を目の当たりにし、ライラの闘争心に火がついた。彼女は自身の拳と拳をガシッと力強くぶつけ、気合を入れる。だが、その瞬間に手に触れた感触が、彼女の動きをピタリと止めさせた。
「……あっ」
ライラは自分の両拳をまじまじと見つめ、情けない声を漏らした。
「……フィスト(甲手)、馬車の中に忘れてきちゃった……」
彼女は背後の、はるか遠くに見える馬車を振り返る。あんなに啖呵を切って法衣まで引き裂いた手前、今さら「忘れ物しちゃったから待って」と引き返すことなど、プライドが許さなかった。
「し、しょうがないわね……。素手で魔物を殴るのは、感触が気持ち悪いから嫌だったんだけど……背に腹は代えられないわ!」
ライラは覚悟を決め、腹の底から魔力を汲み上げる。
「ふんっ!!」
短い呼気と共に、彼女の両拳から爆発的なエネルギーが噴出した。それは黄金の炎となって両手を包み込み、周囲の空気をジリジリと焼き焦がす。
「はあああぁぁぁぁ!!」
ライラは地を蹴った。『アクセル・バレット』による加速も相まって、その姿は一筋の光の矢と化す。襲いかかるオークの棍棒を、紙一重の体捌きで回避。返す刀――ならぬ、返す拳がオークの喉元を貫いた。
「――『聖王破弾拳』!!」
ボォン!! と肉体が内側から破裂するような衝撃音が響く。ライラの闘気は、対象の防御を貫通して内部から破壊する、極めて攻撃的な聖属性魔法の一種だった。
「ライラさん……それ、本当に聖女の戦い方ですか!?」
『ツイン・レゾナンス』を掃射しながら、レオが思わずツッコミを入れる。
「職は聖女よ! でも、聖女だからって祈るしかできないなんて、誰が決めたのよ! 努力すれば、案外これくらいできるようになるものよ!」
ライラは宙を舞い、グリフォンの首を掴んで地面へ叩きつけながら吠えた。その言葉が、レオの胸を鋭く突いた。
(努力すれば、案外できるもの……か)
ライラの言葉に、レオの脳裏に古い記憶が蘇る。それはヴァレンタイン家で過ごしていた幼き日。厳格な父による、過酷な剣術の稽古だった。
『レオ、なぜ剣が振るえん! それでもヴァレンタインの血を引く者か!』 父の怒声。剣を持っても魔力が乗らず、ただの鉄の棒を振り回すことしかできなかった自分。 『無能のそしりを受けたくなくば、他人の倍、三倍努力しろ。お前に残された道はそれしかないのだ』
あの時の父の言葉は、今のレオにとって「呪い」ではなく、確かな「肯定」へと変わっていた。魔力がなくても、剣術の基礎を叩き込んだからこそ、今のガンブレードの身のこなしがある。魔法の神託がなくても、独学で錬金術を学んだからこそ、魔導銃という新しい力を生み出せたのだ。
「……そうですね。俺も、無能って言われて……でも、足掻き続けたから今ここにいます!」
レオは叫び、『グラビティ・アンカー』を放つ。
「だったら、もっと足掻きなさい! 未来なんて、自分の手で掴み取るものよ!」
ライラの激励を受け、レオたちの連携はさらに鋭さを増していく。ミレイユの広域魔法で削り、アリーシャが鎖で縛り、ネネリが粉砕し、ライラがトドメを刺す。レオはそれらすべての「歯車」が狂わぬよう、精密な射撃で魔力と速度を供給し続けた。
戦場は、完全にレオたちのペースへと塗り替えられていた。王都の騎士たちが、呆然とその様子を見つめている。
「な、なんだ、あの数人は……。魔物の大群を、まるで子供扱いしているぞ……」
勝利の予感が、防衛線に漂い始めた――その時だった。
「――ッ!?」
突如として、世界の「色」が反転した。 寒気、などという生易しいものではない。レオたちの全身に、鋭利な刃を突きつけられたような「死の感覚」が張り詰め、一瞬にして血の気が引いた。
(う、動けない……!)
金縛りではない。敵のスキルによる拘束でもない。ただ純粋に、生存本能が「死」を確信し、体が硬直して拒絶しているのだ。心臓の鼓動が耳障りなほど速くなり、呼吸の仕方を忘れてしまいそうになる。
だが、この極限状態の中で唯一、その呪縛を跳ね除けて動ける者がいた。
「……っ! マスター、下がってください!」
ガィィィン! と重厚な音が響く。アリーシャが盾を構え、震える膝を叩いて前に出た。この場にいる者の中で唯一、過去に魔族との実戦経験を持つ彼女だけが、辛うじて戦意の灯を消さずにいた。
襲いかかろうとしていた魔物たちの動きがピタリと止まる。 静まり返った戦場の奥から、ざっ、ざっ、と乾いた地面を蹴る足音が聞こえてきた。
土煙の向こうから、ゆっくりと歩み寄ってくる人影。
頭から二本の禍々しい角が生え、青みがかった肌を持つ男。その背後には、蝙蝠のような不吉な翼が畳まれている。
「王国の冒険者はいかほどかと思いましたが……。まぁ、案外……予想以上に……」
男は立ち止まり、レオたちを見据えて口角を歪めた。
「弱かったですねぇぇぇ!! あははははっ!!」
狂気に満ちた笑い声が木霊する。男がその瞳に昏い光を宿して睨みつけた瞬間、レオの全身に再び激しい寒気が走った。 ツイン・レゾナンスを握る指先が、自分の意志とは無関係にカタカタと震える。喉の奥がカラカラに乾き、視界が歪む。圧倒的な「力の差」という暴力が、レオの心を折りにきていた。
「まぁ、見たところ少しは骨のありそうなのが数人混じっていますが……出る杭は早く潰しておいた方が、後々楽ですしね。いいでしょう、私が特別に手を下してあげましょう」
男が右手を掲げ、底知れぬ闇属性の魔力を練り上げる。空間が歪み、光すら飲み込む漆黒の渦が形成されていく。レオは必死に銃口を向けようとするが、腕が鉛のように重い。
(ここまで、なのか……)
レオが死を覚悟し、瞳を閉じかけたその時。 彼らの背後――王都の方角から、空気を、そして絶望を切り裂くような「咆哮」が轟いた。
「――貫け、ゲイボルグ!!」
シュンッ!!
刹那。レオの頬を熱風が掠め、一条の光が「音」を置き去りにして射線上の魔物を文字通り蒸発させながら通過した。
「なっ……!?」
魔族の男が驚愕に目を見開くのと、銀光が彼の頬を裂き、背後の大地を消し飛ばすのは同時だった。 遅れてやってきた凄まじい衝撃波と、天まで届くような砂煙が、戦場の絶望を力尽くで吹き飛ばしていく。
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