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2-58話:激震の王都

 バレンの地下工房に響いていた心地よい槌音が、遠い夢のように感じられた。 重厚な鉄の扉を開け、レオたちが王都の地上へと這い出した瞬間、肌を刺すような緊張感と、鼓膜を震わせる喧騒が彼らを迎えた。


「な……なんだ、この騒ぎは……!?」


 レオは思わず言葉を失った。 つい数日前まで穏やかだった王都のメインストリートは、今や鉄と馬の嘶き、そして人々の悲鳴に近い怒号に支配されていた。 王国騎士団が部隊ごとに整然と、しかし恐ろしいほどの速度で隊列を組み、東門を目指して行進している。鎧が擦れ合う金属音と、石畳を叩く軍靴の音が、これから始まる凄惨な事態を予感させていた。


「地下にいたから気づかなかったが……ただ事じゃねぇな、こりゃ」


  ネネリがバトルハンマーを握り直し、険しい表情で周囲を見渡す。


「とりあえずギルドへ行きましょう! 情報が一番集まっているはずです!」


  レオの号令で、一行は逆流する群衆をかき分けるようにして冒険者ギルドへと走った。

  ギルドの重い扉を蹴破るようにして中に入ると、そこは戦場さながらのパニック状態だった。 掲示板の依頼書はすべて剥がされ、代わりに緊急招集の赤い羊皮紙が壁一面に貼られている。受付嬢たちは走り回り、普段は奥の部屋から出てこないギルドマスターまでが、ホールの中心で怒鳴り声を上げていた。


「リサさん! 何があったんですか!?」


  山積みの書類を抱えて走り抜けようとしたリサを、レオが必死に呼び止める。


「あっ! レオ君! ちょうど良かった、無事だったのね!」


 リサの眼鏡は今にも落ちそうにズレ、その瞳には明らかな動揺が走っていた。


「緊急事態なの! 東側の草原で魔物の群れ――『スタンピード』が発生したわ! 規模は数千、今この瞬間も王都に向かって進軍してる!」

「……スタンピード」


 その不吉な単語に、アリーシャの表情が凍りついた。


「マスター……これは、以前の戦いと同じ……いえ、それ以上の規模かもしれません。もしかしたら、背後に魔族が絡んでいる可能性もあります」


  過去の凄惨な記憶が脳裏をよぎったのか、アリーシャの手がわずかに震えた。


「それで、僕たちはどうすれば……!」


レオがリサに詰め寄ると、その背後から地響きのような野太い声が響いた。


「君がレオか。……Aランクへの昇格、おめでとうと言いたいところだが、初陣がこれとは災難だったな」


  現れたのは、熊のような体躯を持つギルドマスターだった。彼はレオの目をじっと見据え、重々しく宣告した。


 「王国から緊急要請が出ている。Cランク以上の冒険者は強制参加だ。準備ができ次第、すぐに草原へ向かってくれ。王都の存亡がかかっている」

 「マスター、行きましょう。野放しにはできません」


 アリーシャがレオの前に膝をつき、騎士としての誓いを立てる。


「この戦に勝たなければ、王都に未来はありません。かなり苦しい戦いになりますが……私がこの命に代えても、必ずマスターをお守りします!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、レオの胸の中に熱い、そして鋭い感情が沸き上がった。彼はアリーシャの肩を掴み、その瞳を真っ直ぐに見つめ返した。


「いや、アリーシャ! それは違う!」

「え……?」 「守るなんて言わないでくれ。アリーシャは、アリーシャ自身を大切にするんだ。……僕は、君に死んで欲しくない。生きて、一緒に帰るんだ。それが僕の……主としての、最初の命令だ」

 

 レオの真剣な眼差しに、アリーシャは一瞬だけ呆然としたが、すぐにその瞳を潤ませ、優しい笑顔を浮かべた。


「……承知いたしました。その命令、必ずや果たしてご覧に入れます!」


  彼女は自分の胸に拳をドンと打ち付け、騎士の礼を取った。

 次に、レオは隣で新しく完成した杖を抱きしめている少女へ向き直った。


「ミレイユ、無理はしないで、できることを頼む。……冒険者になりたてなのに、いきなりこんなことに巻き込んでごめんね」

「いえいえ! 私、自らついて行きたいと言ったんです。それに……」


  ミレイユは、左太ももに装着されたガータータイツの魔力回路の感触を確かめるように、スカートの上からそっと触れた。


 「今は、これがありますから。レオさんが作ってくれたこれがあれば……私、もう怖くありません」


  杖の先に宿る魔晶石が、彼女の決意に応えるように淡い光を放った。

 最後に、レオはネネリを見た。


「ネネリさん。……なんだかバタバタさせてごめん。なんとか無事に里へ戻って……」

「おいおい、何を言ってやがる。なんで私だけ帰るんだよ?」


 ネネリは不敵に笑い、巨大なバトルハンマーを軽々と肩に担いだ。


「作ったばかりの武器の性能、この目で見届けるまでは死ねねぇからな! それに……ここでおめおめと逃げ出しちゃあ、王都に被害が出たとき、師匠に合わせる顔がねぇってもんよ!」


 ドワーフの誇りを胸に、彼女の瞳には戦士の火が灯っていた。


「……ありがとう、みんな」


  レオは仲間たちの顔を一人ずつ確認し、深く頷いた。 かつては追放され、居場所を失っていた自分。だが今、ここには信頼し合える仲間と、守るべき約束がある。


「よし、行こう! 東の草原へ!」

 

 王都の門を抜けた先には、地平線を埋め尽くすような黒い土煙が舞っていた。 迫りくる絶望の波に対し、レオは新しく錬成した支援弾を銃に装填する。 彼の指先には、バレンの工房で培った確かな感触と、仲間たちの想いが宿っていた。

 王都を揺るがす咆哮が遠くから響く。 レオたちの、Aランク冒険者としての初陣が、今ここに幕を開けた。


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