2-57話:伝説の槌音とミレイユの装備
王都へ帰還したレオ一行は、冒険者ギルドでの手続きを早々に終わらせた。バジリスクとワイバーンの同時達成という、受付嬢リサの眼鏡が三回は吹き飛ぶような衝撃の報告と引き換えに、レオたちの懐には膨大な報奨金が転がり込んだ。しかし、今の彼らにとって金以上に必要なのは「場所」だった。
「こっちだ。足元に気をつけな」
ネネリの案内でやってきたのは、冒険者ですら立ち入らない、地図の空白地帯のような路地裏だった。ネネリが古びた残骸をどけると、人一人がようやく通れるほどの、地下へと続く急な階段が姿を現す。 湿ったレンガのトンネルをくぐり、複雑な廊下を抜けた先。重厚な扉を開けた瞬間、熱気と鉄の匂いがレオの全身を包み込んだ。
「……誰かと思えばネネリか。久しいな」
広く、整然と並べられた鍛冶道具の奥から、一人の老ドワーフが姿を現した。
「師匠、お久しぶりです!」 あの傍若無人なネネリが、見たこともないほど深々と頭を下げた。
「し、師匠……!? あのネネリさんがぺこぺこしてる……」
レオが驚愕する中、ネネリはこれまでの経緯と、ミレイユの特殊な事情を説明した。老ドワーフ、バレンは、設計図と素材をじっくりと検分すると、静かに口を開いた。
「ほう、それは難儀な仕事になりそうじゃな。よかろう、役に立つかわからんが、この老いぼれも手伝うとしようかの」
「ありがとうございます!!」
ネネリの顔がパアッと明るくなった。その様子を見たレオは確信した。この老人は、ただ者ではない。
「あ、あの……バレン様」
アリーシャがおずおずと前に出た。バレンが「ん?」と視線を向けると、彼は一瞬だけ目を細めた。
「おぉ! もしや、あの時の子かな?」
「覚えていただいてましたか。あの時、あなた様にこの盾を作って頂きました」
アリーシャが差し出した大盾を見て、レオの心臓が跳ね上がった。
(え……アリーシャの盾を作った人!? というか、アリーシャが子供の頃から生きてるの!? ドワーフってそんなに長生きなの!?)
レオの驚きを察したのか、バレンはふぉっふぉっふぉ、と枯れた声で笑った。
「いやぁなに、ただ寿命が終わらないだけさね。明日死ぬか、明後日死ぬかはわからん。ただ、毎日『今日は生きた。今日も生きた』と考えることしかできんよ」
悟りを開いたようなその言葉に、レオは畏怖を覚えた。だが、バレンの眼光はすぐに職人のそれへと戻った。
「さてさて、昔話はここまでだ。さっそく大がかりな武器と装備を作らんとな! あぁ、それとお嬢さん。その盾を貸してごらん」
アリーシャから盾を受け取ると、バレンは愛おしそうにその表面をなでた。
「ふむ、だいぶ使い込んでるみたいだね。作業の合間で、この盾も調整してあげるさね」
「あ、ありがとうございます!」
「ほれ、これはお前がやれ」
バレンがネネリにアビス・イーターの心材を渡すと、ネネリは「はい! やらせて頂きます!」とハキハキとした、まるで新人のような礼儀正しい返事をした。
(なんか……あんなネネリさん、嘘みたいだ……)
レオは心の中でそう毒づきながらも、その師弟関係の深さに打たれていた。
「次に……君かな? この魔導回路は作れるのかな?」
バレンの指先が、杖の核となる複雑な回路図を指す。
「正直、これほどの密度は初めてですが……頑張ります!」
「なに、急がず正確に。それを守れば大丈夫だよ」
バレンがレオの背中をバンバンと叩く。その掌は驚くほど厚く、温かかった。
そこからは、時間の感覚が消えるほどの集中が始まった。 炉の火が赤々と燃え、金属を叩く音が地下工房に反響する。 ネネリはワイバーンの爪を削り、アビス・イーターの木材を極限まで滑らかに研ぎ澄ます。その動きには一切の無駄がない。 レオは自身の錬金術を全開にし、エルゼの魔晶石と杖の芯を繋ぐための、髪の毛よりも細い魔力回路を編み込んでいった。
ミレイユは、自分のために汗を流す三人の姿を、祈るように見守っていた。 しばらくして、レオが荒削りだが形になった杖を彼女に見せた。
「ミレイユ、こんなイメージだけど、どうかな?」
杖の先端で、竜の爪が魔晶石を鷲掴みにしている。荒々しくも美しいその造形に、ミレイユは目を輝かせた。
「……これが、私の……」
見とれる彼女の反応に、レオとネネリは確かな手応えを感じ、互いに拳を小さく合わせた。言葉は不要だった。職人たちの魂が、そこで一つに繋がった。
作業は佳境を迎え、ついにその時が来た。 ミレイユの杖――『竜爪の魔杖』の完成だ。 さらに、バレンの提案により、魔力抑制装置は当初のブレスレット型から大幅な変更が加えられていた。
「素材はワシが持っておった秘蔵の物を使ったが、我慢してくれ。やはりブレスレット程度では、お嬢さんの魔力には耐えられんと判断してな」
バレンが作り上げたのは、左太ももに装着する『魔力バイパス・ガータータイツ』だった。 しなやかな黒革に、レオが編み上げた銀の魔導回路が走り、その中心には魔力を吸い上げるための補助魔石が美しく埋め込まれている。 レオには正直、ミレイユの魔力の微細な「漏れ」までは感知できていなかった。しかしバレンには、それがはっきりと見えていたのだ。
(やっぱり、この人はただ者じゃない……)
「ど、どうでしょうか……!」
アリーシャの盾の裏に隠れて着替えてきたミレイユが、少し恥ずかしそうに姿を現した。
短いローブの裾から覗く白く細い太もも。そこに、黒いガーターと鈍く光る魔導石が装着されている。その「少女の危うさ」と「兵器としての冷徹さ」が混ざり合った姿は、あまりにも魅力的だった。
「うん、バッチリ似合ってるよ! ミレイユ、すごく強そうに見える!」
レオが素直な感想を伝えると、ミレイユは顔を真っ赤にし、大きな三角帽子をぐいっと深く被って顔を隠した。
「あ、ありがとうございます……レオさん」
帽子に隠れた唇が、小さく、だが幸せそうに綻んでいた。
バレンは完成した杖をミレイユに手渡しながら、満足げに頷いた。
「さて……。道具は揃った。あとはお嬢さん、お前さんがこの力をどう使うかだ」
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