2-55話:受付嬢のまなざし
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「おっと、いけない。すっかり忘れてた!」
ネネリと新装備の設計理論――魔力回路のバイパス構造や伸縮ギミックの流体力学――について熱く議論を交わしていたレオは、ふと足を止めた。 ネネリの歩幅は短いが、その足取りは力強い。しかし、王都までの距離を考えれば、このままのペースでは日が暮れてしまう。
レオは『ツイン・レゾナンス』を抜き放つと、迷いなく全員の足元へ向けて銃爪を引いた。
蒼い光の粒子が四人の体を包み込む。
「あん? なんだこりゃ、体が妙に軽いぞ。酒でも飲まされたか?」
ネネリが不思議そうに自分の足を見つめる。
「支援弾――速度増加」
「僕の支援弾です。一定時間、移動速度を大幅に引き上げるんですよ。ネネリさん、少し走ってみてください」
「ほう、どれどれ……うひょおおおおお!! こりゃあ、すげぇ!!」
ネネリが地面を蹴った瞬間、彼女の体は弾丸のように前方へと射出された。ドワーフ特有の強靭な脚力にバフが乗算され、その加速はもはや生物の域を超えている。
「あっははは! 風が見えるぜ、レオ! 先に行ってるからな!」
ネネリの声は一瞬で遠ざかり、街道の先には彼女が巻き上げた猛烈な砂埃だけが残された。
「……あ、ネネリさん! 一人で勝手に行かないでください!」
「私たちも急ぎましょう、マスター!」
レオ、アリーシャ、そして体力が回復したミレイユも後に続く。 街道を走る四人の姿を遠くから見れば、それはもはや人間の移動ではない。まるで巨大な魔物の群れが突進しているかのような、凄まじい砂煙が荒野に一直線の線を描いていた。
その速度は以前の比ではなかった。日が暮れる前に、王都の巨大な城壁が視界に飛び込んできたとき、レオは自分のスキルの成長を改めて実感していた。
王都へ着いた一行は、まず報告のために冒険者ギルドへと向かった。 重厚なドアを開けると、そこには懐かしい喧騒と、煮込み料理と古い紙の匂いが混ざり合った「ギルドの空気」が漂っていた。
バタバタと忙しそうに書類を捌いていた受付嬢のリサが、ドアの開く音に顔を上げる。
「あ、レオ君! 久しぶりね、元気だった……」
リサの言葉が、そこでぴたりと止まった。 彼女の視線がレオの隣に立つ面々を一人ずつスキャンしていく。
凛々しく立つ美しき騎士、アリーシャ。 不思議な雰囲気を纏った儚げな美少女、ミレイユ。 そして、豪快に笑うドワーフの美女(?)、ネネリ。
「……お帰り、レオ君。どうりで予定より遅くなるわけよねぇ。へぇ……また新しい『女の子』を連れてきたんだ?」
リサの口元が完璧な営業スマイルのまま、ピキピキと引き攣っている。その眼鏡の奥の瞳には、言葉にできない「圧」が宿っていた。
「あ、いや、リサさん、これには深い事情が……」
「いいのよ、別に責めてないわ。ただ……レオ君って、本当に『女難の相』が出てるっていうか、収集癖があるっていうか……ね?」
「収集癖!? 人聞きが悪いですよ!」
レオは冷や汗を流しながら、これまでの経緯を必死に説明した。 エイトリでの出来事、ミレイユとの出会い、そして山道での死闘。
「――それで、バジリスクの涙を回収して北の山道途中で、ワイバーンに出くわして。なんとか討伐してきました」
「えええっ!? ワイバーンを……倒したの!?」
リサの叫び声に、ギルド内の一同が静まり返る。 驚愕のあまりリサの眼鏡がズルリと鼻先までずれ落ちた。
「レオ君、あなた……バジリスクどころか、空の覇者まで仕留めたっていうの? しかも、その人数で?」
「ま、まあいいわ……証拠を見せて。話はそれからよ」
リサは掲示板からバジリスクの依頼書と、誰にも見向きもされていなかったワイバーンの高額依頼書をひっぺがし、3番窓口へレオたちを促した。
レオが収納からワイバーンの巨大な尻尾と、バジリスクの涙を取り出すと、ギルド裏の査定室がにわかに騒がしくなった。
「うわっ、本物だ……。断面の魔力残滓が異常に高いわ」
リサは冷や汗を拭いながら、奥で小走りに動き回る受付嬢たちに指示を出す。金貨の勘定をするジャラジャラという音が絶え間なく響き、数分後、カウンターの上に置かれたのは――。
見たこともないほど巨大な布巾着だった。中には金貨がぎっしりと詰まり、ずっしりとした重みでカウンターが軋んでいる。
「……こ、こんなに?」
「当然よ。ワイバーンはAランク相当の難敵。その報奨金に、部位の買い取り価格を加えたら、普通の冒険者が一生遊んで暮らせる額だわ」
アリーシャが「マスター、これ……持ち歩くのは物騒ですね」と耳打ちする。
「そうだね。ちょっと待って……」
レオは目を閉じ、魔力を練り上げた。『ディメンション・ドロウ』の空間拡張をイメージする。 「――収まれ!」 シュンッ! 目の前にあったはずの、抱えるほど大きな金貨の袋が、音もなく消失した。
「えぇっ!? 今、何したの!? 魔法? それとも手品?」
リサがカウンターから身を乗り出して驚く。
「旅の途中で覚えたスキルですよ。便利でしょ?」
「便利すぎるわよ! 泥棒泣かせね……。で、レオ君、次はどうするの?」
レオはネネリを振り返り、力強く宣言した。
「次は、北東の森……『魔喰の静寂』へ行きます。そこに住まう『深淵の魔喰樹』を討伐するために」
「わかったわ。あ、レオ君、見てる場所が違うわよ。そっちじゃなくて、もっと上」
リサが指さした掲示板の先を見て、レオは目を見開いた。
「えっ……? Aランク……!?」
そこには、最高難度に近いAランク依頼として、アビス・イーターの名前があった。
「もうレオ君たちは、その域に達しているわ。ワイバーンを倒した功績で、今回の依頼を成功させれば、パーティーランクを正式にAランクへ昇格させる予定よ」
「……Aランク。俺たちが……」
呆然とするレオ。そんな彼の背中を、隣にいたネネリがバァァン!! と豪快に叩き飛ばした。
「ガハハハ! 当たり前だろ! 私が目利きした男が、いつまでも低ランクでくすぶっててたまるかってんだ! 私の打つ武器を使えば、Sランクだって夢じゃねぇぞ!」
「いたたたっ……ネネリさん、力が強すぎますって……」
レオは背中の痛みに悶えながらも、心の奥で熱いものが込み上げるのを感じていた。
「……リサさん。行ってきます。Aランクの冒険者として、相応しい仕事をしてきますよ!」
「ええ、期待してるわ。……あ、でもレオ君。これ以上、新しい女の子は連れてこないでね? 私の胃に穴が空きそうだから」
リサの半眼の釘刺しに見送られながら、四人は東門へと向かった。
再び『速度増加』を使い、砂塵を巻き上げて森へと急ぐ四人。 その背中は、もはや駆け出しの冒険者のものではなかった。 次なる獲物は、魔力を喰らう巨大な樹。 ミレイユの「真の力」を覚醒させるための試練が、北東の深い森で待っている。
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