2-54話:ドワーフネネリ、里を出る
昨夜の宴は、レオの予想通り、地響きのような喧騒と共に朝方まで続いた。 ドワーフたちの酒宴はもはや伝統芸能に近い。ジョッキがぶつかり合う音、豪快な笑い声、そして際限なく運ばれてくる度数の高い蒸留酒。前回の訪問でその恐ろしさを身を以て知っていたレオとアリーシャは、あまりの熱狂に目を回し、魂が抜けかかっていたミレイユを連れ、適当なところで戦線離脱して宿屋へと戻り、泥のように眠った。
翌朝。山の隙間から差し込む朝日が、まだ酒の匂いが漂う街を照らす。 レオたちは工房へ向かう道中、文字通り「そこら辺」で酔い潰れている弟子たちを器用にまたぎながら進んだ。
「……ある意味、戦場より過酷な光景ですね」
アリーシャが苦笑いしながら、道端でイビキをかくドワーフを避ける。 ようやく辿り着いたネネリの工房では、主であるネネリが、まるで酒など一滴も飲んでいないかのような涼しい顔で金槌を磨いていた。
「おはようございます、ネネリさん。昨日は……その、盛大な歓迎をありがとうございました」
レオが代表して礼を言うと、ネネリは豪快に鼻を鳴らした。
「おう、おはよう! こちらこそ礼を言うぜ。ワイバーンの件は街の救世主扱いだからな。さて……挨拶はこれくらいにして、さっそく『仕事』の話をしようじゃねぇか」
ネネリの鋭い視線がミレイユに向けられる。いよいよ、彼女の運命を変える新装備の打ち合わせが始まった。大きな机に厚手の紙を広げ、炭でサラサラと図面を描き始めた。ミレイユ本人にも細かな要望を聞いていく。
「お嬢ちゃん、武器の形はどうしたい? 扱いやすさなら剣や短剣だが、あんたの魔力量を考えりゃあ……」
「……杖、がいいです」
ミレイユは少し緊張しながらも、はっきりと答えた。
「でも、ただの杖じゃなくて……その、長さを自由に『伸縮』できる機能が欲しいんです」
「伸縮?」
レオは思わず首を傾げた。魔法を放つための媒体である杖において、長さを変える必要性がどこにあるのか。近接戦闘を想定しているのか、あるいは移動時の利便性か。ミレイユはその理由を詳しく語ろうとはしなかったが、強いこだわりがあるようだった。 ネネリは「ふむ」と一つ頷き、迷わずペンを走らせる。
「いいだろう。本人の要望が一番だ。ギミックはこちらで仕込んでやる」
レオも横から覗き込み、意匠についてのアイデアを出した。
「ネネリさん、杖の先端はどうする予定? せっかくエルゼと作った特別な魔晶石を使うんだ。見た目もこだわりたいな」
「ああ。先端にはその魔晶石を据えるが、ただ固定するんじゃ芸がねぇ。……よし、ワイバーンの爪を使おう。四本の竜爪が、宝玉を力強く掴み取っているようなデザインだ。どうだ、カッコいいだろ?」 「竜が魔晶石を掴んでいる意匠か……。それはいい、最高に決まってる!」
レオの脳裏に、勇壮な杖の姿が浮かび上がる。
しかし、問題は「材質」だった。
「だがな、レオ。普通の木材じゃあ、お嬢ちゃんの無限に湧き出る魔力に耐えきれねぇ。一発放てば杖が内側から爆ぜるだろうよ。……こいつを作るなら、『深淵の魔喰樹』の木材が必要だ」
「アビス・イーター? なんだい、それは。聞いたこともない魔木だけど……」
「王都の北東にある、不帰の森に生息してる魔物だ。普通の樹木に擬態して獲物の魔力を吸い尽くす恐ろしい木だが、その心材はどれほど膨大な魔力を流しても焼き切れねぇ、最高級の導体になる」
ネネリの説明を聞き、レオは地図を思い浮かべて落胆した。
「北東の森……。遠い。遠すぎるよ……。ここから取りに行って、またこの山に戻ってくるなんて、どれだけ時間がかかるんだ……」
肩を落とすレオを見て、ネネリは呆れたように笑った。
「何を変なこと考えてやがる。今回は、私がついて行ってやるよ!」
「えっ、ネネリさんがついて来てくれるの!?」
レオたちが驚愕の声を上げる中、一番驚いたのは工房の片隅で作業をしていた弟子たちだった。
「あ、あねさん! 里を空けるなんて、そんなの長老たちが黙っちゃいませんよ!」
「あぁ? 私が決めたことに文句があんのか。……おい、マロムはいるか? ちょっと連れてこい!」
ネネリの怒声に、一人の弟子が慌てて奥の部屋へ消えた。数分後、その弟子が肩に担いで持ってきたのは……。 縄でぐるぐる巻きにされ、口を粘着テープで塞がれた若いドワーフ、マロムだった。
「(……どう見ても誘拐事件の現場なんだけど)」
レオたちは引き攣った笑いを浮かべて沈黙する。ネネリは構わず、マロムの口からテープを「バリッ!」と剥がした。
「いいかマロム。私は今から里を離れる。私がいない間、お前が族長代理をやれ!」
「えぇ!? 俺が!? 無理ですよ!俺なんてまだ下っ端で――」
「あぁん?」
ネネリが凄むと同時に、傍らにいた巨漢の弟子がマロムの胸ぐらを掴み上げた。
「おいマロム……姉さんの言葉に文句があんのか? あぁん!?」
「ひっ、ひぃぃぃ! や、やります! やらせてください!」
涙ながらに叫ぶマロム。ネネリは満足げに彼の肩を叩き、「そうかそうか、泣くほど嬉しかったか!」と豪快に笑う。
「(がんばれ、マロム……)」
三人の心は、一瞬にして哀れな代理人に同情の念を捧げた。 ともあれ、これで里の最高技術者であるネネリの同行が決まった。王都の鍛冶屋を借りれば、彼女の腕なら装備を打つことは十分に可能だという。
移動の準備を進めながら、もう一つの懸案事項であるミレイユの魔力抑制アクセサリーについても詳細が詰められた。
「お嬢ちゃん、次はアクセサリーだ。こいつの目的は、あんたの無限の魔力を『漏らさない』こと。だが、指輪やネックレスじゃダメだ」
ネネリが図面に円を描く。
「指輪のような小さいサイズじゃ、魔力を一時的に蓄える『コア』を埋め込むスペースが足りねぇ。あんたの魔力は洪水と同じだ。小さな排水溝じゃ溢れちまう。だから、少し大きめの『ブレスレット(籠手)』型にする」
ミレイユのために考案されたアクセサリーの構想は、以下の通りだ。
•形状: 腕を覆うような幅広のブレスレット、あるいは太ももや腕に装着する手甲型。
•構造: 中央にレオの錬金術で精製した制御コアを配置し、その周囲に複数の補助石を埋め込む。
•機能: ミレイユの魔力をこのブレスレットが一時的に「吸い上げ」、杖へと流す際の「調整弁」として機能させる。
「腕に着けるか、あるいは太ももに着けるか……。どっちが魔力のバイパスとして効率がいいかは、武器を作った後の相性を見て判断する。だが、基本は『太めの回廊』を作るイメージだ」
ネネリの解説は非常に論理的だった。単に魔力を抑えるのではなく、体を巡る魔力の「流れ」をコントロールするための人工的な経絡を作る。それは、レオの精密な錬金術と、ネネリの堅牢な鍛冶技術が合わさって初めて成し遂げられる神業だった。
「よし、方針は決まったな! 荷物をまとめろ、出発だ!」
ネネリの号令の下、一行はエイトリの地底都市を後にした。 ネネリという心強い(そして少し恐ろしい)職人を仲間に加え、旅は再び王都へと向かう。
移動中も、レオはネネリと熱心に議論を交わした。
「ネネリ、アビス・イーターの特性を活かせば、伸縮ギミックに魔力圧を連動させられるんじゃないかな?」
「ほう、面白いことを言うな。お前の錬金回路で木材の膨張率を制御すれば、思い通りの長さに瞬時に変えられるかもしれねぇ」
二人の技術者が語り合う横で、ミレイユは自分の手を見つめていた。 自分のこの「呪い」とも呼べる魔力が、二人の力で「翼」に変わろうとしている。
「……レオさん、私、頑張ります。この力を、誰かを守るために使えるように」
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